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「過去を振り返らず、前向きに生きること!」は間違っている!? [【再掲載】]

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業界の先輩から連絡が来た。

 「太田! お前のブログを読んでいると、愚痴ばかり書いているが、もっと前向きに考えないと駄目だ!」

 そんな指摘をされた。はあ?何? 「愚痴? どこが?」先輩の文章をよく読むと、過去の映画であった大変なエピソードや事件をブログで紹介したことを言っているようだ。

愚痴? 前向きに考えないと? 

 意味が分からない。しばらく考えて、やっと分かった。先輩は過去にあった悔しい事件や情けないできごとを語ることを「愚痴」と解釈しているのだ。だから、「いつまでもクヨクヨ悩んでいないで、過去のことはさっさと忘れて、前向きに生きろ」といっているのだ。

 先輩以外にも似たようなことをいう友人はいる。「終わったことをいつまでも言っていても仕方ない。前に進もう!」一見、正しい意見のように思える。どうも日本にはそんな発想が正しいという思いがあるようだ。

 実際、歌謡曲でも「立ち止まるな 振り向くな」とか

 「Don't look back」とか似たような発想のものが多い。一般的に考えても、後ろ向きより、前向きの方が好感を持たれ、支持される。「過去は忘れて前に進もう」は正しいと思われる。しかし、僕はそうではない!と昔から思っている。

 というのは「終わったことをいつまでも言っても仕方ない。前へ進もう」とよく言う友人。一見、前向きながんばり屋のように思える。でも、実際は彼が目指したこと、志したことは何も実現していない。なぜか? 何年も注目していると分かった。

 彼は「終わったことを言っても仕方ない!」と考えて

 「なぜ、失敗したのか?」「どこに問題があったのか?」「どうするべきだったのか?」は考えず。次のことを始めてしまうのだ。そして似たような理由で失敗。また、次のことを始める。

 「終わったことを言っても仕方ない!」というと、サッパリとしていて男らしいと思えるかもしれないが、彼の場合は「反省しない」「原因を調査しない」「問題を分析しない」ということ。彼にとって「終わったことをいっても仕方ない」というのはそういう意味なのだ。学生時代から友人たちを見ていても「愚痴っても仕方ない」「後悔しても何も変らない」という奴に限って、同じ失敗を繰り返し、結局、目標を達成していない。

 僕は失敗したら、こう考える。

 「原因は何か?」「誰に責任があるのか?」「その人をなぜ起用したのか?」「問題は彼の実力のなさか? 責任感のなさか? それとも家庭の事情か?」「僕自身に責任はないか?」「人を見る目が自分になかったのではないか?」「では、あの場ではどうすればよかったのか?」

 全ての関係者の状況を再確認し、僕自身がどう判断し、対応するべきだったか? それもあらゆるケースを考え直す。さらに、人だけでなく、予算、時間、天候、等の影響はないか? 何がどうすれば、問題を収拾し、乗り越えることができたか?改めて想像する。

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 もし、似たような事件が起きたら、

 そのときに考えた方法論を実践する。でも、うまく行かなければ、そのときと、次のときと何が違ったか?また分析、把握して次に繋げる。事件直後だけでなく、何年経っても事件のことを思い出し、時間が経ったことで冷静に見つめ直すことができるので、また分析する。

 もし、単に「**君のせいで大失敗した。許せない〜」と言っているだけなら、先輩が指摘するように、愚痴だ。でも、それだけではなく。その状況を分析し、次の反省に繋げるならば、それは愚痴ではない。なのに先輩は「過去の失敗談」や「苦い話」を書くだけで「愚痴をいうな」といっているのだ。

 付け足すと先輩は「人のせいにするな!」

 とすぐにいう。責任転嫁はいけないが、本当に問題があったのは誰か?を客観的に分析し、なぜ、その人が問題を起こしたか?を理解し、僕らに何かできなかったか?を考えることが必要。だが、先輩は過去の失敗を話すと「愚痴をいうな」問題ある人物の話をすると「人のせいにするな」と怒り、話を終わらそうとする。

 先輩にしろ、友人にしろ、意味をはき違えている。失敗を反省すること。分析することは「愚痴」ではない。それをしないこと前向きというより、愚かなだけ。責任が誰にあるか?を明確にすることは「人のせいにすること」とは違う、同じ失敗を繰り返さないために大切なことだ。

 8月が来る度にマスコミは「終戦記念特集」をするが、

 あれは「愚痴」だろうか? 二度と悲惨な戦争を繰り返さないために、当時の日本は何を間違い、なぜ戦争に参加し、どんな悲劇を起こしたか?を分析、反省するためのものだ。

 同じように僕は、よりよい映画を作るために、機会あるごとに過去に起きた事件を再分析し、反省し、同じ失敗を繰り返さないように自分を戒めながら、その種のエピソードを書く。そのことを学んだのは実はスピルバーグ監督である。

 映画監督というのは傲慢な人が多く。自分は絶対に正しいと思い込んでいる。が、彼の映画を見ると以前の反省に立った演出がかなりある。完成後に問題点を分析して、次はこうしよう!とか考えていることが分かる。

 日本では「終わったことをいつまでも言っていても仕方ない。

前に進もう!」というと、正しいと思われがち。だが、それは違うと考える。何度でも反省して、問題点を把握した上で、同じ失敗を繰り返さないようにすること。日本という国自体が過去の愚かな失敗を繰り返そうとしている現在。そのことを余計に感じてしまう。大事なのは反省と分析。過去の愚行は忘れてはいけない。前へ進むのは、それからではないか?




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