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原発事故の悲劇を描いた映画「朝日のあたる家」感想ー元気でふる里に戻ってきて欲しい。そう願わずにはいられません。 [観客の感想]

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朝日のあたる家」感想ー和歌山県の男性(50代)からの手紙

 昨日、市内のTSUTAYAで「朝日のあたる家」のDVDを借りてきて、本日見せて頂きました。冒頭の空と雲、海、山、家並み、桜や菜の花、お寺の屋根・・・懐かしさがこみ上げてきました。

 まさに美しい日本の原風景。 だからこそ、我がふる里の風景にも似ていて、おそらく見る人たちすべてが「そこは日本の遠いどこかではなく、自分のふる里のようだ」と思える懐かしさを抱かせてくれます。 

 これから起こる出来事は、もしかしたら自分の町で起こることかも知れないのです。優れた映画は私たちに、日常では体験できない特殊な世界=非日常を楽しませてくれますが、同時にそれがどこまで普遍性を持つかが、作品のリアリティーを高めるものだと思います。

 リアリティーがなければ「所詮は映画の中での出来事。実際にはあり得ない」と思えるでしょう。特に原発の怖さを描いたこの作品では、リアリティーが命です。

 「わたし(あかね)」のナレーションを聞きながら、魚港に帰ってくる漁船のエンジン音を耳にすると、「ストロベリーフィールズ」の冒頭のシーンが甦ってきます。「ポンポンポン」という優しい鼓動は、物語の始まりを前にした胸の高鳴りのようですね。

 原発事故による放射能汚染の怖さは、それが目に見えないからいっそう恐ろしいですね。まるで「プレデター」みたいです。


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 真実を伝えない政治家やマスコミ、住民たちが事実を知らないことの恐ろしさ、それ以上に事実を知らされないことの怖さ、防護服を着た男達の不気味さ、事故後の町の様子(人っ子ひとりいないまるで「ゴーストタウン」のような・・・あっ、この言葉でどっかの政治家が非難されていましたね)、枯れた畑、父のいちごハウス(あんなに丹誠込めて新鮮ないちごが実っていた緑濃かったハウスが荒れ果て、天井が破れ、一面無残に茶色になったーあの風景はどのようにして撮影したのでしょうか?)

 体育館に集められた住民が被爆線量を測られる風景は、アウシュビッツを思わせました。 地域住民への説明会の様子〜おそらく一般市民の人たちでしょうがとてもリアルで、まるで報道番組を見ているような臨場感や緊張感がありました。

 まいが「幸せってなんだろうね。」と問いかける。まさに太田監督が描きたかったテーマですね。食事のテーブルを囲む家族のごく当たり前の会話、差し込む朝日。 思いっきり外で遊べること。 胸いっぱい空気を吸い込めること。

 清らかな水面に踊る光。 鳥のさえずりまで・・・当たり前の日常がどれほど得難いものであるか。 どれほど幸せであるか。(それだけに当たり前のささやかな幸せは、こわれやすいものであるのですね。 意識して、努力して、感謝して、大切にしなければ、簡単に失われるものなのですね。)

 家族が再び戻ってこれるように、独りで必死になって除染をする父の姿は本当に痛々しかったです。 並木さんの演技に胸が詰まる思いでした。 その努力も空しく、故郷を去らねばならない日、車の中からなつかしいふる里に別れを告げるシーン。 

父は「お前たちのふる里をもう一度見ておこう。ここがお前たちのふる里だ。」

母が「こんなにきれいなのに、放射能で汚れているのね。」

と言う。 改めて放射能という見えない「悪魔」に戦慄を覚えました。 それでもあかねやまいは、「ありがとう。ありがとう。」と繰り返す。 やり場のない、何とも複雑な感情が溢れました。

 彼女たちが再び、美しいふる里に戻って来れる日は来るのだろうか。 たとえそれが、十年後、二十年後でも、たとえその時はもう、母親になっていても、いい歳のおばちゃんいなっていたとしても、元気でふる里に戻ってきて欲しい。 そう願わずにはいられません。


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 死んだと思ったブルースがちゃんと生きていた。 汚染され、誰もいなくなったふる里に、ただ一人(ただ一匹)、きっと彼女らの帰りを待ちながら、その日の来るのを信じて、生き続けるに違いない。 さりげなく挿入されたほんの数秒のブルースのシーンは、監督の用意した一つの「救い」(もしかしたら「祈り」)だったのかも知れませんね。

 大好きな「星の王子さま」の有名な台詞を思い出します。「大切なものは目に見えないんだ。」 放射能の怖さは「目に見えない」ものです。 だから、気づかぬうちに忍び寄る。 そして、環境を汚染し、健康を、ついには命をも脅かす。 すぐには現れず、いつ顔を出すか予測がつかないのもやっかいです。 でもそれを克服するのもまた、「目にみえないもの」なのですね。

 人間の英知だったり、「NO!」と言う勇気だったり、家族の絆や愛だったり、人と人の連帯だったり。 福島の原発事故は眠っていた世論を揺すぶり起こしてくれました。 特にノンポリと評される若者たち、学生たちを覚醒させました。 国会前の大きな反対行動はマスコミや、一部の政治家をも動かし始めました。 映画の最後に挿入されたそのシーンもまた、この映画の一つの答えであり、若い世代への監督からのエールのように思えました。

 「子どもたちに伝えたい大切なこと」という監督の映画作成の目的は、この映画では「子どもたちに伝えねばならない大切なこと」という使命感のような切実な動機に変わっていたのではないでしょうか。 舞台挨拶で山本太郎さんがいみじくも言っておられましたね。


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 「この映画は人々の支援だけで作られました。みんなの祈りみたいな映画です。テレビや新聞で伝えれないこと。それがこの映画では描かれています」

「朝日のあたる家」で監督が描いた「大切なこと」とは「原発をめぐる真実」ということだと思います。太田監督だから描くことのできた真実が、この映画にはあります。

 オバマ米大統領は広島演説で、「私たちは戦争の苦しみを体験しました。 共に平和を広め核兵器のない世界を追求する勇気を持ちましょう。」と述べました。 まさにこの言葉を借りるなら、「私たちは原発の怖さを体験しました。

 共に脱原発を広め、原発のない世界を追求する勇気を持ちましょう。」ということですね。 太田監督の勇気ある行動が、この映画を私たちに届けてくれました。 心からの感謝と深い敬意を申し上げます。 ありがとうございました。 そしてご苦労様でした。

 どうか健康に留意されて、これからも素晴らしい映画を私たちに見せて下さい。


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