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ランチもこれで! [2016]

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 朝ご飯。

 昨日の残り。

 ラッキー

 ランチもこれで!






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「朝日のあたる家」で描きたかったこと。「本当の幸せ」とは何か? [DVD化]

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「朝日のあたる家」で描きたかったこと。「本当の幸せ」とは何か?

「原発事故の怖さを痛感した!」

という感想をたくさん頂いた。それによって福島の人たちのいくらかは悲しみを伝えられたと思えた。でも、もうひとつ。大切なメッセージがあった。それは「幸せのかたち」を伝えることだ。

日々暮らしていると、幸せ感より、不満ばかりを感じる。お金がほしい。都会に住みたい。車がほしい。パソコンがほしい。そんなことばかり考えてしまい、自分は幸せではない。と思いがちだ。

が、待ってほしい。「幸せ」って何だろう? 上記の不満を集約してみると「金持ちになりたい」「物がほしい」というのが幸せだと思えてくる。なぜ? お金と物なのか? 日本人はなぜ、そう考えるのか? それは太平洋戦争で、日本が圧等的な物量を誇ったアメリカという国に負けたことに起因するように思える。

貧しい日本。豊かなアメリカ。

もの凄い物量を注ぎ込めた国に戦争で負けた。精神論では勝てないことを痛感した。だから、焼け野原となった街から立ち直り、幸せになるには、お金と物がたくさんあればいいと思えた。

アメリカという国の発想も影響した。アメリカンドリーム。貧しい青年が夢を掴み、富と名声を手に入れる。カーネルサンダースも70歳を過ぎてからKFCを創設し、大成功。ハリウッド映画を観ても、大金持ちになり、豪邸に住むことがサクセス・ストーリーだ。日本人も次第に、金を儲けて、物をたくさん所有することが成功者であり、幸せなのだと思い込んだ。

そうやって働き続けた日本人はバブル経済で大金持ちとなる。

物は何でもある。世界一の経済大国になった。多くの人が浮かれた。アメリカを追い抜いたと有頂天になった。が、何か満たされないものがあることに気づく。求め続けたお金も物も手に入れた。なのに、幸せ感がない。満たされた気持ちにならない。

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そしてバブルは崩壊。一部の人は「再びバブルを!」と願うが、

大切なものは別のところにあることを感じ始めた人も多いはずだ。何が足りなかったのか? それは戦前、日本にはどこにでもあったもの。当たり前のものだった。それを戦争に負けたとき、日本人はそれを捨てて、「お金」と「物」を選んだ。そちらの道を歩み始めたのだ。

それが、今になって、そこで捨てたものこそが「お金」より「物」より大切であることを感じだした。それこそが心を満たし、幸せを感じさせるものだった。それを映画「朝日のあたる家」で探してみた。原発事故で全てを失った家族。一時帰宅で、1時間だけ、家に戻る。大きなビニール袋一杯分だけの物を持ち帰れる。取材をすると、多くの家族が持ち帰ったのは、家族写真アルバム子供の卒業証書、子供が描いた絵等、お金を出しても買えないものが多かった。

そして、多くの人が、もう一度、故郷に戻り。

あの街で生活したい。と願った。そう、お金はまた働けば手に入る。物は買える。でも、思い出は買えない。故郷も買うことはできない。自分を育んでくれた故郷で、自分をよく知る隣人たちと、生活することが、かけがえないものであることを感じた。

友人と、同僚と、隣人と、そして子供たちとの絆こそが、何よりも大切であることを痛感する。そう、戦後、日本人が「お金」と「物」を選び、捨てたのが「絆」だった。でも、その「絆」こそが大事で、幸せを実感できるものだったのではないか? それを映画「朝日のあたる家」で描きたかった。

だから、貧しくても、物がなくても、

田舎で暮らしていても、長年生活した街で、近所には友達がいて、家族と朝ご飯を食べ、それぞれが会社に行き、学校に行き、夜また、食卓を囲んで夕食を取る。そんな平凡な日々こそが、幸せではないか? それを戦後の日本人は「お金」と「物」を手に入れるために、それこそが幸せだと思って、追い求め。気づくと、家族はバラバラになり、多くの人が都会を目指して古里を捨て、バブル経済に突入して行ったように思えてならない。

本当に幸せはそこにはない。本当に幸せはごく身近にあり、「お金」では買えないもの。人と人との「絆」にあるのではないか? それを描いたのが「朝日のあたる家」である。




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「週刊リテラシー」ゲスト・蓮池透さんー凄かった! [2016]

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昨日の「週刊リテラシー」凄かった!


拉致問題。原発事故。この二大問題の元凶が明快に分かった。

この番組が地上波であることが信じられない。

よくぞ放送してくれた。

ロンブー淳、上杉隆、蓮池透に拍手! 


動画はこちら=>https://www.youtube.com/embed/nMYyXEH-Zm8



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「拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々」をAmazonで注文! [読書]

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「拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々」

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ランチ [2016]

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ランチ





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何人もの方からコメント欄で質問や意見を頂いているが、御返事する余裕がない。 [2016]

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 何人もの方からコメント欄で質問や意見を頂いている。

 「朝日のあたる家」DVD化、

 「境界性パーソナリティ障害」、

 原発問題について、

 関心を持ってもらえるのは嬉しい。

 が、商売がら多忙で、お1人お1人に御返事する余裕がない。

 本業さえ遅れがちで毎日催促を受ける状態。

 ご理解頂けると、助かる。



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【講演会やトークショーは仕事なんだけど、ノーギャラで来てくださいと連絡してくる人たち?】 [映画業界物語]

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 【講演会やトークショーは仕事なんだけど、ノーギャラで来てくださいと連絡してくる人たち?】

 「太田監督は明るいし、性格は穏やで偉そうにしないし、皆から好かれるし、喧嘩するようなことってないでしょう?」

 と、知り合って長くない人にはそういわれる。が、長年付き合いのある友人からはこういわれることが多い。

 「また、やっちゃたの? 我慢するってことがあるだろ? でも、毎度のことだから、仕方ないかな。監督業やっている人はワガママだから!」

 これ両方。正解だ。つまり、知り合って間もない頃。相手が距離を置き、仁義を尽くしてくれれば、こちらも、同じ態度で接する。が、次第に親しくなり「この監督。無理いっても分かってくれる」と思うようになると、一線を越えてしまい事件になる。


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 むずかしいところだが、僕はめったなことでは怒らない。何か相手がやらかしても、厳しく叱ったり、抗議したりするより、どうすれば解決できるか?を先に考えてしまう。現実的にはその場で責任を追求しても何も解決しないので、大事なことだが、相手は「多少のことをやっても監督は分かってくれる」という解釈をしてしまい。あるときに一線を超えてしまう。

 そんなふうに思わせる僕にも責任があるが、

その限度が分かってもらえない人もいる。悪意がなくても、あれこれ要求が増えて行き「あ、勘違いしているなあ〜」と感じることもある。でも、相手は「監督はいい人だから、きっと受け止めてくれる。リクエストを叶えてくれる」と期待する。その要求が客観的に見ると、常識を超えていても、こちらの負担が大きいものでも、残念ながら気づかない人が多い。

 それは、やはり「映画監督」という職業が影響していると思える。僕は決して有名人ではなく、多くの監督と同じように経済的に大変な生活をしている。監督業で裕福なのは日本では数人だ。でも、ハリウッド監督が億万長者になった話をテレビで知る人たちは、何の疑いもなく、日本の監督も金持ちと思い込んでいることが多い。ブログのコメント等でも、よくこんなことが書き込まれる。

 「今度、うちの町で映画祭をします。太田監督の作品も上映します。ぜひ、来てください」

 映画祭の主催者ではなく、一般の観客からのコメントだ。好意的であり、応援してくれている人だ。が、真面目に考えると奇妙なところがある。通常、主催者からは招待されることはある。その場合は、交通費と宿泊費が出る。ギャラは出ないことが多い。食事代も出ないのが普通。結構、キツい。でも、自分の映画が上映され、多くの人が見に来てくれる。監督が行くことで観客が喜んでくれればいいと思い、お邪魔する。

 が、先のコメントの場合はどう捉えればいいのか? 

交通費、宿泊費は自腹だろう。主催者も呼んでいない。それで映画祭に行って何をすればいいのか? トークショーがある訳でもなし。入場料も払わなければならないだろう。そこで自分の映画を観て。どーすればいい? たぶん、コメントをくれた方は舞台挨拶とか、トークショーをすることを期待している。映画の話を一緒にすることを楽しみにしているのだろう。


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 それなら、僕ではなく、主催者に進言するべきことだ。そして映画祭のプログラムにイベントを組み入れて、観客との対話する時間やトークを企画する。それでこそ、観客と接する場がもてる。僕が個人で参加しても意味がない。以前、そんなコメントをする人に直接訊いたことがある。なぜ、来てほしいとコメントをしたのか?

 「ブログを読んでいると、監督はいい人だし、優しいし、お願いすればきっと来てくれると思えたんです。ブログの記事も面白いし、映画の裏話とか、観客が聞けば喜ぶと思ったんです」

 気持ちはとってもよく分かる。ありがたいことだ。でも、それを僕にいっても実現しない。例え自腹でその映画祭に伺っても、その人の思う展開にはならない。その前に僕が映画祭主催者に連絡して、「時間とってほしい。トークイベントをしたい」と告げなければならない。が、たいていの場合。スケジュールはすでに出来ていて、急に言われても変更できない。結局、個人で行ってもあまり意味がない。

 にも関わらず。ときどき「***の会にぜひ来てください」とかコメントやダイレクトメッセージが来る。こんなのもあった。「例え、5分でもいいから、集会でスピーチをお願いします」でも、その町に行くには電車で3時間。往復6時間。現地で5分だろうと、50分だろうと、同じなのだ。そして交通費はどうすればいいのか? これも訊いたことがあるが、「我々の会は貧しいので、交通費までお出しできません」と言われた。僕も遠方まで5分のために、6時間かけて、交通費まで出して行く余裕はない。だが、こうも言われる。

「でも、太田監督は優しい方だかたら、きっと来てくれると思いました」

 んーーーー、そう思われるのは嬉しいが、会ったこともない人であり、「来てくれ」という割には交通費がないことを最初に言わない。それは違うんじゃないか?と思える。講演会やトークショーは僕の仕事のひとつ。ギャラを頂いてやらせてもらっている。それを「無料」で来てほしいとよく言われる。交通費も宿泊費もなしで。理由は「いい人だから、来てくれると思った」ーーこれは違うと思う。

 でも、最初に書いたように、「監督は優しくて、穏やかだから喧嘩したりしない」と思われるようで、だから頼めば来てくれると感じるのだろう。悪意がないだけに困る。同じようにコメントで相談ごとや意見を求めてくる方もいる。それに応える余裕がない。本業の催促が来ている状態で、仕事を止めて、お返事したり、相談に乗ったりすることはできない。


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 なのに、返事をしないと「裏切られた!」

「優しい人だと思っていたのに!」とあちこちで悪口を書いて回る人がいた。これも勝手に期待しておいて、こちらは多忙で対応できないと、「無視された」「スルーされた」と怒り、批判してくるのである。ただ、その種の人は特に問題を抱えた人というのではなく、ごく一般な人が多い。そう思っていてあるtweetを見た。

 「若手女優の***。ファンで応援していた。この間、ある店で見かけたので手を振ったが無視された。お高くとまっていて幻滅。もう、応援しない!」

 なるほど。これと同じ構図なんだ。女優の***さん。とても好感触で、会えば凄く愛想よく応えてくれそうなイメージがある。芸能人ということを自慢する感じがない。が、だからといって、会ったこともない人に手を振られて、それもプライベートな時間に、笑顔で手を振り返す必要はないのだ。でも、コメントした人は、絶対に笑顔で手を振ってくれると期待した。だから「裏切られた」と思ったのだ。

 勝手にイメージして、それが崩れたから「幻滅」されたのでは溜まらない。もちろん、それでも手を振ってくれる芸能人もいるだろう。でも、それは本人次第。同じように僕も「監督なら交通費を出して、往復6時間かけて5分だけのスピーチのために、ノーギャラで来てくれるだろう」と思われていたのだろう。だが、それは寿司屋の大将に、「6時間かけてうちの街まで来て、寿司をタダで握ってください」というのに等しい。「だって、あの大将。いい人だもん!」では理由にならない。

 だが、そこで「交通費なしではいけない」と答えると

「結局、金かよ!失望したよ」と言われたこともある。しかし、交通費も払わずに来てほしいというのなら「金も払わずに、タダ働きさせるのか?」と言われてもおかしくない。けど、そんな発想はまず出て来ない。有名ミュージシャンがボランティアで被災地コンサートをするのと同じ発想でいる。映画監督業がどれだけ貧しいか? 分からないというのも誤解を生む背景のひとつだが...。ある街で映画を撮ったときも

「監督は映画撮れたんだから、ギャラもらわなくてもいいよね」

という地元の方がいて驚かされた。街に公園を作った土建屋さんに「公園作れたんだから、工事費いらないよね?」とは言わないだろう。それも映画=趣味の延長という発想なのだろう。好きでやってるんだからいいよね? でも、映画作りに1年近く専念して、そのあとどうやって生活して行くのか? それを想像せず、「好きなことをやっている」=「お金なくてもやるはず」と思われることが多い。

 いろいろ考えて行くと、映画&芸能関係に対する誤解。経済的に恵まれた人という錯覚。「いい人だから分かってくれる」という思い込み。そんなことがいくつも重なって、まったく悪意のない人たちが無理なリクエストや頼み事をしてくるのだろう。だが、ストレートに説明すると、ほとんどが「失望した」「裏切られた」という。それを少しでも傷付けないようにどう説明すればいいか? でも、それを説明するだけでも時間を取られる。

 そんな訳でFacebookやブログへのコメントひとつひとつにはお答えできないといつも書く。本業だけでも、時間が足りず、いつも返事が遅れて迷惑をかけるのに、その種の対応にまで手が回らないのが一番の理由だが、なかなかむずかしい。友人は「有名税」というが、僕は有名ではない。だったら、何の税だ? と思うが、むずかしい問題だぁ。

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体調悪いので、このところしっかり食べる! [2016]

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 体調悪いので、このところしっかり食べる

 ランチ

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小沢一郎著「日本改造計画」 [2016]

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 Amazonで探して買った

 野党共闘のキーパーソン

 どんな思いがあるのか知りたい。
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