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近所の桜が咲きました!東京渋谷区。 [2016]

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近所の桜が咲きました!東京渋谷区。









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「バットマンVSスーパーマン」は今の日本の政界だ!? スーパーマンは民進党? ワンダーウーマンが共産党? [映画感想]

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バットマンVSスーパーマン」は今の日本の政治だ!

 よく分からなかったという声を聞くが、これは日本人が一番分かりやすい物語だと思う。

 バットマンはバットマンなりの正義がある。(いろんな野党)

 スーパーマンにはスーパーマンの正義がある。(民主党)

 何だかんだいっても守りたい存在は同じ(マーサ)=(国民)

 本当の敵は別にいるのに(自民党)

 つまらぬことで、嵌められて争うはめに

 そこにワンダーウーマンが登場(共産党)

 みんなで怪物(自民)をやっつけよー!という物語。

 日本人には分かりやすい。






 
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ランチ [2016]

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 久々にカレー。






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【なぜ、人は人を批判するのか? 自分が知らないことにまで口出しするのか?】 [【再掲載】]

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(昨年2015年12月の記事。この13日後に休止したのかー)

【なぜ、人は人を批判するのか? 自身に関係のないことまで口を出してくるのか?】

Twitterではときどき攻撃的なリツイートをしてくる人がいる。「向日葵の丘」の映画館情報をツイートしたら「どーせ、下らない映画なんだろ?」とかリツイートしてくるヤツがときどきいた。

ハンドルネームは嘗めたものだし、アイコンはアニメキャラ。念のためにその人のツイートを確認するが、世間への文句ばかり。これは即ブロック。ツイートを欲求不満のはけ口にしているタイプだ。

その点Facebookは相手の身元が分かる。

 と思っていたのだが、そうでもない。「基本データ」を調べると、住所も、年齢も、仕事も記載されていない。顔写真は動物ーネコとか犬とか。名前も本名かどうか?分からない。そんな人があれこれ首を捻るコメントをしてきたり、勘違いなダイレクトメールを出してくることが多い。

僕の生活面や記事に対して叱咤してくる人が時々いる。が、相手がどんな人か?分からない。年上なのか? 若い人なのか? どんな仕事をしている人なのか? 例えば医療の話で、それを指摘して来た人が、医療関係なら少しばかり失礼なコメントでも読むべき意味はある。でも、何の知識もない人なら、真剣に受け取る必要はない。つまり、相手は覆面をして、顔を見せず、素性も年齢も、住んでいる場所さえ分からない。そんな人に説教されたくはない。

では、そんな人たちはどう考えてコメントしてくるのか? 彼らの立場に立ち考えてみた。僕のFacebookを見る。履歴や職業は「基本データ」を読めば分かる。「この人は映画監督か...そこそこ映画も撮ってるけど、どれも聞いたことないなあ。何だか偉そうな文章を書いているけど、そうとは限らないだろう? 何か勘違いしてんじゃないの? 誰か注意してやらないと、調子に乗って大変な目に合うよ〜。よし、俺がいってやろう」と思ったりしてコメントしてくる。

あの構図と同じ。

 テレビ番組を見ていて文句をいう人たちと同じなのだ。「この子、アイドルグループのメンバーというけど、可愛くないじゃん。これでアイドルなんて笑える。私の方がまだ可愛い。なのに、可愛子ぶってムカつく。テレビ見ている人はみんなそう思うよ。こんなの出してる局って分かってないねえ。一言注意してあげるか?」とクレームの電話したり、メールを出したり。

つまり、ネット上で「お前誰?」という文句をいってくる人というのは、テレビを見て文句をいう感覚でネットを捉えているのだろう。特に僕の場合は映画監督業という仕事なので、テレビに出ているタレントたちと同じ感覚で認知されてしまう。ネット世界の有名人も同じ。だから、攻撃されやすい。一般の人が相手でもネットで接すると、テレビタレントと同じ感覚に陥り平気で酷いことがいえる。

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実際に会うと控えめな僕の友人も、

 ネットでは無意味なオヤジギャグを連発する。これも同じで、よく知らない人に対して「馬鹿じゃねえの?」とは言えないけど、芸人がテレビに出ていると「バカだな〜」といえるのと同じ感覚。でも、テレビに映っている芸人に声は届かないが、ネットの相手を批判すれば、届く。考えれば分かることなのに、無意識にテレビ感覚になっている人が多い。

つまり、現実に人と会えば「この人とは初対面。年上だ。それなりの立場の人だ。***に関して詳しい」とか、考える。さらに「僕は若い、その分野は詳しくない、単なる一市民だ」とか自身のことを顧みて、相手に意見する立場ではない。「年上の人に説教すべきではない」「知らないことを反論すべきではない」と考える。それがパソコンに向かうと、そんな発想はなくなりテレビ感覚で、番組に出ているタレントを批判するように、何でも言えてしまう。

だが、その種の人たちに悪意はない。

 テレビに向かって悪態をつくのも憂さ晴らしであり、誰にも迷惑をかけない。テレビ局に電話をかけても、反論されずおとなしく聞いてくれる。ただ、それをネット上でやってしまうと問題が出て来る。相手を怒らせる。ブロックされる。反論される。友達がほしくて、始めたFacebookでも「友達」ができない。ということになる。そんな可哀想な、或いは不器用な人たちなのだ。ただ、この人たちを優しく受け止めると大変。

勘違いに気づかず、当て外れな批判を続ける。「あんたのために言ってるんだよ」という気分のまま、慣れ慣れしく、上から目線でコメントやメッセージがくる。こちらからすると、やはり覆面をしたヤツにあれこれ、思いつきで批判されているとしか感じない。「僕のことを思ってあえて、厳しい提言をしてくれている」とは解釈できないし、実際にそうではない。でも、相手は気づかない。

結局、その種の人たちの多くは自分の立場を把握せず、コミニュケーション能力に少し欠け、「憂さ晴らし」であるのに本人的には「親切」と思い込んで、他人をあれこれ批判、説教しているのが実情だろう。そんな人は無視するか? 削除するしかなくなる。だが、そう書くとまた別の人から「心が狭い!」「冷たい」「その人も寂しいのだから優しくして上げたらいいのに」「本当は監督と仲良くなりたいかもしれないですよ」とかいうコメントやメールが来る。だが、僕は問題児学級の先生ではない。

1人2人ではない無礼なコメントに対して

 毎回「本当はいいヤツだ。分かって上げよう!」という対応はできない。返事するだけでも、時間を取られる。状況の理解を求めるだけでも、かなりな時間と労力が必要。さらに、相手は「親切でいっているのに!」と逆上して、さらに揉める可能性もある。

仕事でやるべきことは山ほどあるのに、それはできない。僕の仕事は映画製作だ。いや、誰だって同じ、相手にしたくない。だが、日本人にはそんなタイプが多く「大きなお世話」ということが好き。それはいい面でもあるけど、現代社会に置いては意味をなさないことも多く、むしろ事態を悪くしているだけのことが多い。そんな人たちの多い現代社会で、どのように対応し、生きて行くべきなのか? 考えてしまう。


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ランチ [2016]

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 ガストのスタンドでハンバーグ定食

 400円

 でも、さすがに少なく満腹にならない。







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僕がFacebookをやめた理由⑦ 意外に拡散力がない? [【再掲載】]

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 僕がFacebookをやめた理由⑦ 意外に拡散力がない?

 さて、このことを一番最初に書かなければならなかったのだが、一番最後に分かったことなので最後になってしまった。そもそも、Facebookを始めたのは新作映画宣伝のため。そのためには、毎日何度も記事を書き、アップした。「友達」を増やすことが大事。より多くの人に映画の存在を伝えるためだ。

 4年ほどで「友達」が3000人ほどになった。

「いいね」は記事の内容によるが30〜100くらいもらう。本当にたまに1000をもらうことがあるが、それは社会的なネタや事件であることが多い。「シェア」は「いいね」よりも少ないが、必ず5人ほどはしてくれる。

 「友達」は3000人いても、FacebookのラインもTwitterと同様で流れて行く。時間帯によっては僕の記事はかなり下の方にあり、それを探して読むのは面倒。朝しかFacebookを読まない人。ランチタイムのみ。仕事が終わり帰宅してからという人もいるだろう。そこで映画公開中は1日3回、同じ記事をアップした。

 これなら3000人の「友達」の多くが記事を目にするはずだ。ま、3日に1回、週1回しか観ない人もいるだろうが、80%くらいは見るはずだ。「シェア」してくれる人が10人いたとして、それぞれの「友達」が200人いれば、さらに2000人が記事を見ることになる。3000人+2000人で50000人に映画の存在が伝わる! それも無料。毎日、記事を書く私は大変だけど。意味ある宣伝だ。

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 そう思って、この4年Facebookを続けて来た。先に記事にしたように「野菜足りません」事件、勘違い&無神経コメント、その他いろんな事件もあり、何度かもう止めようと思ったことがあるが、続けて来たのは、大きな宣伝効果があるからだ。「友達」が増えれば、さらなる宣伝力となる。そのために映画以外の記事も書き、「映画」に興味のない人も僕のFacebookを見てくれるように努力した。

 それとは裏腹に感じるものがあった。

 本当に1日=5000人近くに映画情報が伝わっているのか?もし、そうなら5000人の1割=500人。いや、1%である50人から何らかの反応があるはず。「映画、見に行きます」とコメントが来たり「感動しました。大阪で見ました」とメッセージが来たりするのではないか? が、そんな反応は極々、身近な「友達」からしか来ない。

 「野菜足りません」事件以来、僕はうるさく言うので、コメントし辛く。映画の存在を知っても気軽にコメントできないということはあるかもしれない。しかし、情報が5000人に広がっているという実感はなかった。もしかしたら、多くの「友達」は映画に興味がないのか? もちろん、いろんなタイプの「友達」がいるが、一番多いのは映画が好きな人。なので引っかかるものがあった。

 最近になり、ある情報通から確かな情報としてこんな話を聞いた。Facebookは頻繁に交流のない「友達」には自身の記事が届かなくなるというのだ。「いいね」「シェア」したり、「コメント」をすると繋がりが深くなり記事が届くが、それらをしない「友達」には記事が届かない。この話は他の人からも聞いたことがある。

 では、なぜ、そんな裏設定があるのか? 

 それがFacebookの目的でもあるからだ。このメディアは「人の交流」を目的としている。「友達」と頻繁に交流させることで活性化するが、そうでないと疎遠になる。つまり、「友達」にはなったが、何ら交流を持たない人は交友関係が狭くなり、交流を持てば交遊関係は広がる。努力せねば広がらないというシステムなのだ。


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 努力しない人は次第に送られてくる記事は減る。

 Facebook側も余計な労力を省けるというメリットもある。そう聞くと、とても納得できる。毎日、いくつもの記事を1日3回に分けてアップしても、5000人に届いている実感を持てなかったのは正解ということ。

しかし、3000人も「友達」がいると、もう名前さえ分からない人が多い。毎日、もの凄い量の記事が流れて来る。その1人1人の記事を読むのは不可能。「いいね」もしない。そうなると、僕の記事はその人たちのタイムラインには流れなくなって行くのだ。

つまり、3000人いても、実際に記事が届いているのは1000人だったり、500人だったりするのだろう。「交友関係」を続ける努力をしない僕の記事はそうして、多くの人には届かなくなっていたはず。だから、反応があまりなかった。企業側としては「努力しない」人の記事を、労力をかけて全員に届けなくてもよくなる。

 そう聞くと納得だ。

 なぜ、3000人もいるのに?と思ったが、記事が届いていないとなると、実感できる。「友達」が僕の記事を「シェア」してくれても、その友達とも繋がりの薄い人には、僕の記事は届かない。そうなると、1日に5000人に記事が届いてると思っていたが、500人とか、200人くらいにしか届いていなかったのだろう。

「友達と繋がるため」というFacebook側の目的からしたとき、努力(?)する人は繋がりが継続するが、努力しないと疎遠になる。目的に即した対応だ。が、それによって企業側の労力を減らすこともできる。いろんなことを節約できる。しかし、それを知らないユーザーは「友達が300人になった!」と喜び、記事を書き続ける。実際は自分が書いた記事は全員に届いていないことを知らずに、Facebookを使い続ける訳である。企業側は利用者が頻繁に使用することで、広告収入が取れる。

 んーーーまんまとそれに乗せられ、

 4年も使い続けてしまった。もちろん、効果0ということではない。200人であっても情報は伝わっていただろう。だが、親しい友達以外にも映画情報が届くからこそ、拡散できるからFacebookを使っていたのだ。それが実際は親しい「友達」にしか情報が届いていなかったのだ。それに1日の大半の時間を費やしていた。んーーー。

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実際、Facebookはアップした記事を何人が読んだか?は分からない。ブログのように集計はでない。「いいね」が目安だが、読んでも「いいね」しない人がいる。それが先日の「休止します」宣言で少し分かった。あの記事を出したとき、1時間で100「いいね」が着いた。1日で約200「いいね」たぶん、記事を読んだ多くの人が「いいね」してくれたと思う。「お疲れさま」「残念です」「復帰を待ってます」等の思いを込めて「いいね」してくれたと感じる。

 最後の「いいね」が200。

 ここから僕の記事を毎日、読んでくれていたのは200人ほどだと思える。「友達」総数の1割弱。それが現実の数だと思える。これは情報拡散のメディアではなく、やはりお友達との交流メディアなのだろう。ま、もともと、それが目的で作られたのがFacebookであり、それを宣伝活動に使えないか?と思い、スタートしたのだが、まさかの裏設定があり、実は情報拡散ができないように設定されていた。

多くの人が「友達」を増やす為に毎日更新するが、それだけでは交遊関係は広がらない。ある意味で踊らされているようなものだ。皆、友達全員に自分の写真や記事が届いていると信じているのだから。それも「密な交流をしていない」という理由で、その相手に記事や写真が届けていない。それを知らずにユーザーは「友達」を増やそう!とFacebookを使い続けているのだ。企業として広告収入が上がるが、「友達」全員に記事は届けていない。

「友達」の上限が5000人というのも、同じような裏の意味がある。これはまたいつか説明するが、そのような設定では宣伝活動には相応しくない。労力をかけても、それだけの成果が上がらない。その意味で「宣伝ツール」として使うことに大きな意味がないと思える。

ただ、限られた数であれば情報を伝えることはできる。その中での活用があれば、続けることもできるだろう。でも、そのヘンを考えるために、しばらく休止しようと決めた。さて、休止して、そろそろ1週間。禁断症状(?)が出て来た。その辺の話もまた記事にしていく。


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映画評論家 永田よしのりさんの感想(1)悲しみの放列の中で [DVD発売ー再掲載]

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 BY 永田よりのり

 5月12日

 ロサンゼルスジャパンフィルムフェスティバル2013映画祭で上映された、
 
 原発災害によって故郷を破壊され、

 それまでの平穏な生活を失いながらも

 家族としての絆を再確認していく平田家四人を中心とした物語。

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 原発事故を題材にした映画、と聞くと、

 短絡的に〃反原発映画〃として取り上げられてしまう側面もあるかもしれない。

 しかし、本作に描かれていくのはあくまで〃人〃の姿。

 もちろん、僕らは2年前の3月11日に起きた東日本大震災と、

 その後の福島原発事故のことを忘れてはいない。

 あの時の地震と津波だけの被害だったら、

 現在の復興はもっと早く進んでいたに違いない。

 そういう意味では福島原発事故は人災と言ってもいいかもしれないのだ。

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 映画では太田監督がチェルノブイリや、各原発問題、被災者たちの現状など、

 綿密な取材によって構築された、原発事故の実情も描かれていく。

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 そして、その原発事故によって壊されていく、

 被害を受けた場所に住んでいた人々の生活や心情の変化、

 実害などがクロース・アップされる。

 その描き方は、ある種冷徹でもある。

 冷徹に描かなければならない理由。

 そして、冷徹に描くことでしか立ち上がってこない本当の恐ろしさ。

 目に見えない放射線という対処しようのない怪物。

 そこに立ち向かうには、ただ自分の心でしかない現実。

 映画は、いくつも露になってくる悲しみの放列の中で

 「幸福とは何だったのか」

 を鮮烈に問うてくる。

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 (つづく)





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参考に「バック・トウ・ザ・フューチャー」見直す [映画感想]

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 参考に「バック・トウ・ザ・フューチャー」見直す

 よくできている!





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今、この本を読んでます! [読書]

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今、この本を読んでます!

昨年、一昨年と観せてもらった仲代奈緒さんの朗読劇の

原作

同時に、奈緒さんのお母さんが亡くなる前に書かれた自伝でもあります。



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安保法制を理解せずに支持する国民が多い?だからマスコミが本当のことを報道すると圧力がかかる [安保法案]

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その1

安保法制を支持する人。

TVインタビューを見ても、僕のまわりでも、

その内容を理解している人がまずいない。

「戦争を抑制するため」という言葉を鵜呑み。

集団的自衛権と個別的自衛権の違いも分からない。

本当の意味を伝えようとしたマスコミに圧力がかかったのは、

彼らに無知のままでいてほしいから?

その2

「安保法制について国民には丁寧に説明していきたい」と言っていたあの人。

なのに強行採決以来、丁寧な説明なんてしていない。

なぜか?

ーだって丁寧に説明すると「戦争法案」だということバレちゃうから? 

本当のことを伝える局には圧力。

多くの人が「戦争を抑止する法案」を思い込んだ。




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