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今回の都知事選報道ーかなり酷い。裏で得するのは誰か?考えた [都知事選16]

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今回の都知事選報道。かなり酷い。裏で誰が得するか?考えた

テレビでは「主要三候補」といい、21名ほど候補者が出馬しているのに、その3名ばかりを徹底紹介。あとはフリップに書かれた文章を見せて「他の方々の公約はこちらです」という形で数秒間映し出すだけ。これって不公平ではないか? 主要三候補はプロフィール、政策、選挙活動等を詳しく報道。本人のインタビューも紹介する。なのに他の候補は極々僅かな説明をフリップ上の文章でするだけ。本人の肉声や動画すら公開されない。

もし、テレビ枠を候補者が買って自身の宣伝を流したとする。数百万から数千万円の費用が必要。それを主要三候補のみがテレビがその枠を押さえ、数千万円分の宣伝を行なっているのと同じ。他の候補は数十万円分? これを不公平と言わずにはいられない。

もちろん、番組枠から考えて21人全てを公平に紹介するにはかなりの時間が取られる。1時間番組では厳しい。主要でない候補の中には真剣に都知事を目指しているとは思えない人もいそうだ。その人を公共の電波で延々と紹介するのもどうか?と考える。だが、その線引きをどういう規定で決めたのか? 鳥越、増田、小池は知名度があるというのなら、4人目と言われるジャーナリストの上杉隆候補はどうか? 以前は地上波の全てにレギュラー番組を持ち、現在もMXTVにレギュラー出演。多くの支持者がいる。Twitterのフォロワー数でいえば、先の3人より上だ。そんな彼をなぜ外すのか?


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その上杉候補を始めとする候補者たちが、局に抗議をしたとたんに少しばかりの紹介をするようになった。といっても微々たるものだが、以前よりはマシになった。これは不公平であることを局自身が理解したのだろう。気付かなかったというはずはない。抗議がなければ「これでいいじゃん」と考えていたのだろう。

そして、主要3人に長い時間を費やしながら、肝心なことを報道しない。増田候補は東京電力の社外取締役。それが立候補前日に辞めているのに報道しない。東京電力の関係者であることが何かマズいのだろうか? 本人も隠すしマスコミも報道しない。さらに彼は岩手県知事時代に1.4兆円の借金を残している。これも報道されない。東京が同じ目に遭うかもしれないのに検証しない。小池候補も、問題が指摘されるある組織の一員であり、以前から過激な発言で知られている。が、やはり報道されない。


なのに、ジャーナリストの鳥越候補だけが、立候補したとたんに「週刊文春」でスキャンダルが報じられた。それも10年以上前の事件だ。「彼が都知事になってはほしくない勢力が裏で暗躍しているのではないか?」とさえ想像したくなる。前二者はあれこれ言われそうなことを隠し、テレビは報道しない。鳥越候補のみ週刊誌がスキャンダルを報じる。もうひとつ思い出してほしい。彼は311以降、原発問題を指摘し、現政権を批判している。そのせいか、気付くとテレビ番組を全て降ろされて、ここしばらく表舞台から姿を消していた。

さらに同じジャーナリストの上杉候補に関しては、いいも悪いも何も報じられない。無視といってもいい。彼も原発事故以来、マスコミが伝えないこと。政府や企業にとってマイナスになることも報じて、地上波のテレビ局全てから降ろされた人でもある。テレビ番組に呼んだ場合、何かヤバいことを言われないか? 言ってはいけない真実を言うのではないか? そのせいで圧力をかけられたくない.....そんなことにテレビ局は怯えているのでは? と想像してしまう。

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都知事選とはこんなふうに理不尽で偏り、不公平なものなのか? 特定の候補が得をする形になっているのではないか? そう考えると、得をする候補を支持しているのは誰か? どんな組織か? が見えて来る。ある党はその候補を支持する党員。家族であっても党員資格を停止するという。しかし、その候補は今もその党の党員である。

どういうことだろう? 以前に「**党をぶっつぶす!」と言った総理候補がいたが、それと同じ手法ではないか? 要はその党がその候補を支援しているということなのだろう。党公認の候補が落選すれば、そちらの候補に乗り換える。そういうことではないか?その党が嫌いな人たちの票も取り込むための作戦にも思える。

そんなふうに今回の選挙。おかしなことが多過ぎる。「やっぱり女性候補がいい」「元県知事で経験がある」とか、そんなことで決めてはいけない。マスコミも信用できない。大きな力のある組織が裏で組んで、自分たちに利益を運ぶ候補を押し、都知事選を征そうとしているのではないか? 本当に東京都民のために働いてくれる人を選ぶこと大事だと思う。


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テレビでは絶対に流れない上杉隆さんの演説。動画で紹介! [都知事選16]

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お待たせしました。

テレビでは絶対に流れない上杉隆さんの演説

戸越銀座

撮影 太田隆文(朝日のあたる家ー監督)




テレビは絶対!放送しない都知事候補・上杉隆さん演説!戸越銀座本日27日


①=>https://youtu.be/NoMGuT5SCTU 

②=>https://youtu.be/gxonA_sINqY

③=>https://youtu.be/mllTIGxapI8









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【正義を掲げ、他人を誹謗中傷している人。でも、悪意ゼロってなぜ?】 [【再掲載】]

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【正義を掲げ、他人を誹謗中傷している人。それに気づかないタイプ?】


イスラム国人質事件が話題となったとき。僕も何度か記事を書いたのだが、こんなダイレクトメッセージが来た。

Facebook子供も見ます。パッと目に飛び込んで来ます。残酷な写真が掲載されいると、子供はショックを受け、心に傷がつきます。ですので、イスラム国関連の記事はアップしないでください」

?????? おかしい! 僕は残酷な写真を掲載してはいない。次に「Facebookは子供も見ます」というが、記事は「友達」にならないと見れない。僕の「友達」で未成年はいない。子供が見るなら親のパソコンを無断で使って、Facebookを開き、僕のページを探さないと記事は読めない。

つまり、残酷な写真も使用せず。余程のことがないと見ることができない記事を「子供がショックを受ける」「書かないでください」というのだ。メッセージして来たのはどんな人なのか?と調べてみると、40代の主婦。顔写真も出ているし、名前も偽名ではないようだ。タイムラインを見てもごく普通の主婦である。これまで、僕の記事に対して「いいね」もくれている。他人の記事に対してあれこれいちゃもんを付けるタイプではない。

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では、なぜ、その主婦が「記事をアップしないでください」なんて、非常識なことを要求して来たのか?真相はこうだろう。その主婦は僕の記事を頻繁に読んでくれていた。賛同できる部分も多く、好感を持ってくれた。そんなとき、イスラム国事件。テレビでは放送されない残酷な写真がネットで流れた。それをアップするFacebook記事もある。そんな中、僕もイスラム国事件を記事にする。「ああ、監督まで、あの残虐な事件のことを書いている」ーーーここで、その残虐な写真を確認せずに「きっと監督もあんな写真を掲載しているはずだ」と思い込んだ。

そして、Facebookの機能も忘れて「もし、子供が見たらショックを受ける!」と考えた。子供が見る可能性は極めて低いのに、そう思い込む。「これはいけない。監督は気づいていない。教えて上げないと!」そう考えたのだ。つまり、実際に起こりえないことなのに「子供たちを守ろう」という責任感を感じてメッセージを送って来た。

その主婦に悪意がないのは分かる。が、僕はその人には会ったこともなく、個人的にメールのやり取りをしたこともない。そんな人から急に「***の記事はアップしないで下さい」といわれても、理不尽な要求にしか思えない。何よりその主婦が指摘する写真は使用していない。何より「写真を使うな」だけではなく「記事をアップしないで」と指示する。「御願いします」ではなく「**しないで下さい」と命じるメッセージだ。自身がどういう立場にいると考えているのだろう?

考えた。上記のことを説明する返事を出すのなら長い文章を書かねばならない。まず誤解ありきということ。また本業で忙しく、その人のために、時間を割くのは厳しい。その種のメッセージは頻繁に来る。ひとつひとつに返事していては、1日が終わってしまうので「返事は出せません」と日頃から記事内で説明している。

とはいえ、その主婦は自身が不快だからという訳だけではなく、子供たちへの悪影響を懸念したから。悪い人ではない。考えた末に説明しようかと、Facebookを開くと、その人から「友達」削除されたあとだった。



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「友達」が2000人を超えた頃からこの種の「友達」が出て来た。「監督のためだ!」「あなたは気づいていない」との思いで、いろんなことをコメントしたり、メッセージしてくる人が結構いる。ある時期は毎日のように、その種のコメントが書き込まれた。が、意見のほとんどが当て外れ。先の主婦と同じパターン。親切のつもりだろうが、こちらからすると中傷、嫌がらせでしかない。

繰り返すが,彼らに悪意はなく、むしろ親切な人たち。応援&心配してくれている。しかし、結果、助けにはなっていない。先の主婦も「この監督は駄目だわ。せっかく好意でいって上げたのに分からないみたいね」そう思って「友達」を削除したのだろう。悲しい構図だ。が、それでなくても映画監督はいつもやること山積み。仕事の連絡も常に返事が遅れ関係者に迷惑をかけている状態。多くの人の誤解を解き、お返事する余裕がない。

これはFacebookの問題だけではないだろう。選挙のときに***候補を支持する。「素晴らしい人だ。だから、あの人のために対立候補をディすろう!」という人たちも同じ。原発反対といいながら、原発に興味を持った若い人たちに「勉強不足だ!」と批判し、若者たちのやる気を削ぐオヤジたちも同類。正義を掲げて、他人を傷つけている姿をときどき見かける。結果、それは何のプラスにもなっていない。人は「自分は正しい」と思ったとき、残酷なことでも平気でできてしまう。自らの立場を忘れて他人に命令したり、攻撃してしまうところがある。そのこと考えてみたい。








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上杉隆さんからお返事を頂きました! [都知事選16]

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上杉隆さんからお返事を頂きました!







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真実を見つめるブレない人こそ選ばれるべき [都知事選16]

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映画界の先輩たちに

「原発映画だけは作るな!二度と商業映画が撮れなくなるぞ」

と言われ悩んでいたときに、

メルトダウンを誰よりも早く伝え、メディアからバッシングされた上杉隆さんの存在を知る。

それでも真実を伝え続ける彼の行動に励まされ

「朝日のあたる家」を製作。原発事故の真実を伝えた。

今回は都知事候補、上杉隆の応援。

真実を見つめるブレない人こそ選ばれるべき

多くの人にそのことを伝えたい。



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久々にテレビを見る [2016]

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 編集の仕事を頼まれているので、早々にかかりたいが、いろいろ溜まったことを片付ける。

 メールの返事。写真を御意見番らに送る。

 まず、溜まっているニュース。番組を見る。

 ここ1ヶ月ほど、情報に接していない。

 ニコニコ動画に出た上杉隆さんを見て、古館伊知郎の出ていない「報道ステ」を見て
 
 岸井さんも、膳場さんも出ていない「NEWS23」を見る

 以前に書いた小説を印刷。読んでくれる人に渡せるようにする。

 京極夏彦もビックリなほど長編なので大変。
 
 黒インクが切れていないのに、プリンターが「黄色」がなくなったとピーピー鳴り止まる。

 「関係ないじゃん?」エプソン。いろいろとめんどくさい。

 ポケモンGOというのがスタートしたらしいが、よく分からない。

 ゲームは高校時代のインベーダーゲームから乗れないでいる。

本日はさほど暑くなく、小雨がぱらつく。

 ランチはカレー。

 体調悪いので、辛いもの。

 昨日はかなり疲労困憊で、夕方に寝て、起きたら陽が暮れていた。

 ほっとしたので疲れが出たのか?








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都知事候補・上杉隆さんの本 ほとんど読んでいます! [都知事選16]

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都知事候補・上杉隆さんの本

ほとんど読んでいます!





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【我慢して仲良くすることが大切か? いや、価値観を同じくした同士が前に進むこと】 [my opinion]

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【我慢して仲良くすることが大切か? いや、価値観を同じくした同士が前に進むこと】

 映画製作はチームが肝心。

 映画界では黒澤組、大林組、市川組、山田組と監督を中心に実力あるスタッフが集まりファミリーのような形で映画を作る。監督が優秀であるだけではなく、スタッフもまた優秀でなければ、いくら監督が優秀でも、素晴らしい作品はできない。そして、ただ単に実力ある人たちが集まっただけでは優れた映画はできない。

 実力と共に価値観や方向性も問われる。新しい技法や方法論を取り入れて映画を作りをしようとする監督に、古い価値観やルールを重んじるスタッフがいると、監督のやり方を批判し、足を引っ張るだけとなってしまう。いくら技術があっても、方向性が分からなくては力にならない。

 まず、監督の意向を理解し、

 賛同できる人がスタッフとして参加しなければ、単なる抵抗勢力を抱えるだけになってしまう。監督デビュー直後は僕のまわりにもそんなタイプがいた。悪い人ではない。が、考え方が古い。過去の価値観を掲げて、新しい方法論を馬鹿にしている。なので、古くからの方法論、よくいえば伝統的な撮影、悪くいえば古めかしい撮影法が大事だと主張する。

 どんな主義でも、方法論でも構わない。だが、それを撮影現場で監督である僕や、他のスタッフに強要するのが問題だった。本人は新しい方法論が理解できない。「そんな訳分からない撮影法でいいものが出来る訳がない。太田はまだ新人監督だから、それが分かっていない。ベテランである俺が教えてやらなくては!」と技術部のスタッフが、演出や撮影の仕方に口を出し、あれこれ指示を始めたのだ。

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 だが、映画の世界では、

 それぞれのパートが別のパートの仕事に口を出すのは御法度だ。トラブルの元となる。撮影部が録音部に音の録り方をあれこれ指示する。照明部が演出部のやり方を指図する。これはもうアウト。もちろん、各パート同士で頼み事は出て来る。それをお願いすることはある。が、価値観や方法論を押し付けるのは大問題。

 会社でいえば、技術開発部が営業部に「その営業の仕方は違う! 俺の言う通りやれ」というようなものだ。それぞれのパートはそれぞれの分野のプロ。それを別の分野からあれこれ言われれば揉めるのは当然。そのベテランスタッフは「太田のために、俺が言わなければ!」と僕だけでなく、方針を理解し実践する他のパートにまで、「そんなことじゃロクな作品にならない!」と古くからの方法論を強要したのである。

 結果、そのスタッフは足を引っ張るだけの存在となってしまい、チームの空気を悪くし、作品クオリティを落とし、何をしにきたのか?分からなくなってしまった。が、そんな人はときどきいる。特に世代が上の人たちは、そんなタイプが多い。自分たちが若い頃から培った方法論や価値観を大事にし、若い世代にもそれを伝えねばならない!という責任感を強く持っている。


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 ただ、映画界はこの10年ほどで大きく変わった。

 フィルム撮影からデジタル撮影へ。10年前はまだフィルムで撮影される映画がほとんどだったが、今はほとんどがデジタル。映画館でもフィルム上映できるところは、非常に少ない。ほとんどがデジタル上映である。フィルムとデジタルはかなり違う。特性も方法論も違う。同じ武器でも刀とピストルが違うように、それぞれに使い方は別だ。

 映画も同じで、デジタル撮影になったにも関わらず、フィルム時代の価値観や方法論を未だに実践しようとする旧世代が、そんなふうに古いやり方を振り回してしまうことがある。そして、その方法論の意味を顧みれば、もはや無意味であることが分かるのに、彼らの多くはフィルム時代のひたすら古い方法論を信じて押し付けようとする。本人にとっては「これが正義だ!」という感覚なのだろうが、そんな人が1人いるだけでも撮影は大いに無駄な時間を費やしてしまう。

 本来、そのスタッフに悪意はないので、その辺のことを説明して上げられればいいのだが、ベテランの人たちは古い方法論が深く染み付いており、またそれらをプライドに思っていたりする。そんなタイプの人は同じ古い価値観を持つ監督と仕事をしてもらうしかない。

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 世代問題だけではない。

 若い人たちでも、テレビドラマを多くやっている人。CMを中心にやっている人。ドキュメンタリーをやっている人。それぞれの分野の価値観や方法論が染み付いている。それを映画の現場で頑に主張することがある。例えばドラマの人は「クオリティはいいから、早く撮らないと!」と思いがち。CMの人はスポンサーのことばかり気にする。そんなふうに、その業界の価値観が出てしまう。

 それでも映画の現場では映画の価値観で仕事をしてくれればいいが、なかなかできない。もし「俺はCMの価値観が大事だ!」というのなら、問題ではあるが理解はできる。だが、多くは「お前は間違っている!」という態度を取る。え、ここは映画の現場だぜ!というのに、CMの論理で仕事する。おいおいおい! と思える。

 だが、彼らの多くは「CMだ。映画だ。関係ない。これが正しいスタイルだ!」と思い込んでいて。映画の現場でCMの方法論を振り回す。若い頃から学んで来たことが、ひとつの世界の価値観でしかないのに、別の世界でそれを振り回していることに気づかない。アメリカ人が日本の家に入るとき、靴のまま畳に上がり「これがアメリカのスタイルですから」というようなものである。


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 分野だけではない。

 フリーのスタッフと会社に所属しているスタッフでも価値観が大きく違う。会社に属すスタッフというのはあまり聞き慣れないと思うが、カメラマンでも、照明部でも、技術部で、会社に所属している人がいる。或いは登録してあり、仕事がくれば派遣されてくる。フリーで個別にお願いするより、カメラ&照明込みでー安くなることが多いので、テレビの仕事はその種の会社にお願いすることがある。

 ただ、会社に所属しているスタッフは

 あれこれうるさい人が結構いる。「夜中まで撮影したくない」「危険な撮影はできない」「家が遠いので集合時間を遅くしてほしい」とか、事情は分かるものがあるが、映画はまず「やる気!」だ。低予算でも、時間がなくても「いいものを作りたい!」という思いを持つからこそ、素晴らしいものができる。なのに、あれこれ言って来る。

 会社員というより「やる気のない公務員」という感じなのだ。とにかく多くのエネルギーを使わずに、なるだけ楽して仕事をしたいという姿勢。「どーせ、たくさんある仕事の1本だしね」という思いがありありと伝わって来る。現場でもやる気が見えない。そう、役所にいけばよく見かけるタイプ。

 自分の仕事ぶり、クオリティは考えず「8時間働いたんだから、それなりの月給もらわなければねー」と思っている人。それに近いことがある。製作会社は人件費を安くするために、そんな社員スタッフを引き入れることが多い。そのために現場のテンションを下げてしまう。もちろん、社員でもやる気がある人もいるが、生活が保証されている人は「どーせがんばっても、給与は変わらないから!」という意識を持つことが多い。

 それに対してフリーは会社員ではないので、

 誰もカバーしたり、保護したりしてくれない。待っていれば会社が仕事を持ってきてくれる立場ではない。だから、一生懸命に仕事をして、また次も呼んでもらえるようにがんばる。いや、それ以前に映画愛がある人が多い。「この作品はギャラ安いけど、いい映画になるので絶対やりたい!」とか「ギャラはいいけど、本当に詰まらないアイドル売り出し映画だから断ろう」とか、自分が「やりたい!」という思いを大切にしている。よく知るチーフ助監督はこういう。

 「社員はほんと嫌だ。やる気ないし、文句が多いし。やっぱフリーだよね。社員がいると、それだけで現場の空気が悪くなる。現場の空気は大切だ。でないと、いいものは絶対にできないんだよ!」

 会社に所属しているスタッフも悪意はない。ただ、映画作りより、生活や安定を大事にする。そして必要以上のエネルギーを使わないようにする。そこがやはり会社員なのだ。なら、映画ではない世界で、或いは、それが許される組で仕事をしてほしいと思える。そんなふうにスタッフといっても、世代で、カテゴリーで、フリーか社員かで、価値観や姿勢が変わってくる。

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 いやスタッフだけではない。

 製作会社の存在も大きい。製作費を抜くだけ抜いて何もしない会社とか、社長の趣味で作品を歪めてしまうところ。誤摩化しと手抜きでスタッフのやる気をなくすところも多い。映画会社の体質も同じ。その会社が関わると映画が根本的にダメなる!という会社もある。その理由を書くと長いので、別の機会にするが、愛のない会社が絡むと素晴らしい映画はできない。

 こんなふうに考えて行くと、いい映画を作るためには、いい組で作らねばならないが、そのためには素晴らしいスタッフ、会社が集まらなくてはならない。その中に別の価値観を振り回す者がいれば、現場でトラブルが起こり、他のスタッフのやる気を削ぎ。ダメな会社が関われば、根こそぎアウトになる。なかなか、大変なことだ。だからこそ、名作と呼ばれる映画はなかなか出来ないのである。


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 少し映画を離れて考えてみたい、

 何かを成し遂げるには、やはり同じ価値観を持つ者が集まり、ひとつの方法論を信じることが大事なのだと思える。しかし、日本的発想では「みんなで仲良くやろう」とか「協調性が大事」とかいわれる。それは間違ってはいないのだけど、「みんなで仲良くやろう」は違う価値観を持った人が互いに妥協しながら我慢している状態ではないか?「協調性」も同じ。

 古い価値観が今も通用する分野もある。新しい方法論を用いなければ滅んで行く世界もある。カテゴリーによって、価値観やルールも違う。それを押し付け合うことでトラブルが起きているのではないか? 同じ日本人とはいえ、全く違う価値観や世界観を持っていることが多い。だからこそ、妥協して仲良くすることではなく、同じ価値観を持つものが集まることで、大きな前進ができると感じる。

 批判するヤツ。価値観が違う者。

 古い伝統を押し付ける人。いろんな人がいる。あれこれ主張する者同士が足をひっぱりあっている。だから、大手企業が不振なのではないか? 或いは、社内にいる新しい方法論を持つ人たちが古い価値観に縛られた人たちに足を引っ張られている。でも、集団というのは調和を大事にする。

 そこからも学ぶこと。主義主張の違う様々な人たち、価値観を押し付けるその種の人々と協調、仲良くすることより、理解し合える者同士が前に進むこと。この混濁の時代を乗り切る上でそれが大切なことではないか? と考えている。





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【ニコニコ動画で都知事候補の討論会を見るー待望の上杉隆登場!】 [都知事選16]

【ニコニコ動画で都知事候補の討論会を見るー待望の上杉隆登場!】

遅まきながらニコニコ動画の都知事候補者討論会を見ている。鳥越さんが欠席。上杉隆さんが出演して話題になったアレだ。冒頭、司会者よりそのことが説明されるが、気になったのは「番組の条件に合わないのでお声がけしていなかった」という説明。どんな条件があるのだろう。上杉さんそれに反することとは何なのか?

 ただ、司会者の意思で出演を依頼して実現したとのこと。そして、出演者全員の同意を得て出演するとのこと。少し前にTwitterで知事候補者2名が上杉さんとの共演を拒否していることで、彼はテレビに出られないとの情報があった。それが真実かどうかは分からないが、本当ならニコニコ動画に出演している増田候補、小池候補は拒否していないのだから、拒否したのは鳥越さんということになるのか?

同じジャーナリストとして、バッティングするし、都政に関しては上杉さんの方が詳しい。非常に不利になるから、敬遠しているのだと想像はできる。が、拒否したというツイート自体の信憑性は証明されていない。デマの可能性もある。とにかく上杉隆さんが登場。討論を見てみる。この番組は今もネットで見られるのでぜひ。


https://www.youtube.com/watch?v=CclYIBBAuEA


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【夜空を見上げながら考える。幸せはどこにあるのか?】 [my opinion]

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【夜空を見上げながら考える。幸せはどこにあるのか?】

「幸せって何だろう? どこにあるんだろう?」それが今の僕のテーマだ。前作「朝日のあたる家」あたりから、それを探している。その答えはなかなか見つからず、「向日葵の丘」でそのひとつを提示したが、今もなお答えを探し続けている。

金持ちになることか? それだけではないと思う。ただ、お金は生きて行く上で必要だ。必要だが、それに執着すると大切なものをなくしてしまう。友人の1人はかなり稼いでいるが、長時間労働。家に帰ると最愛の幼い娘はすでに寝ており、朝は友人より早く小学校に行ってしまう。

たまの日曜日は、彼自身が疲れ切っていて昼まで寝ている。娘と過ごせる時間は本当に僅かなのだ。それもそれでひとつの幸せかもしれないが、彼は仕事を減らしてでも娘と過ごす時間がほしいという。ただ、仕事がそれを許さない...。

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「有名になりたい!」という友人もいた。「俳優になって、スターになって、有名女優結婚したい」といっていた。結局、それは適わなかったが、有名になった俳優を見ていても幸せ感がない。皆が笑顔で寄って来る。誰が本当の友達か?分からないという。プライベートにどんどん入り込んでくる人たちがいる。もう、放って置いてほしいと嘆く。

「自分がやりたい仕事をすること」という友人もいる。彼はミュージシャンを目指していたが、挫折。故郷に帰り就職した。友人はいう「太田がうらやましい。お前は映画監督になりたいといい、本当になった。ラッキーな奴だ」でも、羨ましがられるほどのものではない。映画は毎年撮れる訳ではない。

仕事がないからと、昔のようにアルバイトもできない。50歳を過ぎて何をすればいいのか? 日本の監督業は過酷。ハリウッド監督のように金持ちには絶対なれない。退職金もない。家も買えない。いや、結婚すらできない。好きでやっているのだが、幸せ感はない。

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つまり、夢は適えばハッピーだが、監督になることは目標へのスタート地点。「監督になれて嬉しい!」ということではない。作った映画を見て観客がハッピーになるーそこで始めて僕の「思い」が果たされる。

そこが大事なのだ。職業として監督になることが夢を果たしたことにはならない。そうなると、観客が感動してくれる、どんな映画を作るか?が次のテーマになる。そのテーマこそが「幸せとは何か?」となのだ。

結婚して愛する人と生活することか? 子供の成長を楽しみに生きることか? 理解ある友人たちがいることか? 仕事の上で素晴らしい仲間がいることか? しかし、人は変わり、妬み、堕落して行く。詰まらぬことで争い、批判し合い、下らない優越感をひけらかす。

何を信じて、何を掲げればいいのか? 時代の風が吹き始めている。その風はどこに行こうとしているのか? 流れる夜空を見ながら、その答えを探している...。

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