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「境界性パーソナリティ障害」の記事へのコメント紹介 [パーソナリティ障害]

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「境界性パーソナリティ障害」の記事に対して、
ある方からこのブログに経験談を頂いたので紹介させて頂く。

(匿名の方より)

 一昨日別れた親友がまさにボーダーライン人格です。私は今思い返せば洗脳されていたような、支配され操られていた感覚です。 10年の間、

(19歳)から彼女のドラマティックな、(私には2人の霊がいるの、でも私の体を治していなくなった、悲しい。私は小説家になる、あなたのためだけの物語をかく。夢に向かって頑張る→いつの間にか違う仕事→男。意味不明な嘘たが、何故か疑わない)

 虚言、狂言に振り回され、10年の間に何度も別れを告げられました。その度に行かないでと泣きすがりました。そして彼女はどんどん私の中で教祖と化しました。 まるで彼女がいないと生きていけないかのような。 LINE前は夜中の電話、メール返信の自由なんてなく、自分の感情等必要なく彼女の機嫌取りでした。 2年前には副腎疲労を発症。

 でも、自分の何がストレスかもわからない状態。自分がわからない。彼女は私の体調不良に喜んでましたね。 半年前にやっと彼女の異常なことに気づき始めました。でも、彼女を攻める事は出来ません。教祖を責められない感じです。攻めたら私は生きれない。彼女しか周りにいませんから。肉体、友人関係壊されました。

 でも、彼女と離れました。連絡を少しづつ返さなくしました。 そしたら、世界が一変しました。自分を否定されないことに感激の涙の日に溢れました。友人は戻りませんが、新たな友人と出会いやすらぎ始めます。 でも、肉体はまだ彼女の恐怖で熱。体は彼女を拒絶していたのに心は彼女を責めない。彼女からの電話には出ない。自分がわからない状態が二ヶ月。 最後に彼女の方からさよならを言われ、私もそれに答えました。

 はじめて教祖に自分の考えを伝えました。教祖に意見した体は最後の力でした。苦しみ、病院へ母に担がれました。 彼女はそのさよならに戸惑ったのでしょう。長文を送り付けました。ただ、行かないででは言わないです。私に言わせようとしますね。次は詩を送り付けましたね。世界は美しい、涙で潤んでいても。頭の異常さがひしひしと。 今まで何でこんなやつに振り回されたんだ!そう思ったら二年苦しんだ副腎疲労はその日に治り、開放感で満ち満ちてました。

  10年を棒に振りました。ボーダーライン人格とわからなかった自分が悔しい。時間、精神、お金、友人、、返して欲しい。長くなりました。悪魔のような病気、、病気と言う異常者です。この記事の通り、次のターゲットに彼女は向かってます。私は無くしたものだらけなのですが、これから自尊心とか自信を取り戻していきます。


 注)境界性パーソナリティ障害は「ボーダーライン人格障害」ともいいます。






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境界性パーソナリティ障害から考えるーなぜ人は簡単に騙されるのか? [パーソナリティ障害]

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 久々に境界性パーソナリティ障害について書く。以前にシリーズで記事を書いたら大好評。毎回かなりのアクセス数をもらい、17回の連続となってしまった。

 この病気(正確には病気ではない)僕も知らなかったが、かなり患者は多い。40人に1人と言われる。実際、記事を書くと身の回りの友人からも、「身近にいる」「以前の彼女がそうだった」「あの人もそうかもしれない」「そのことで今、困っている」という話を聞いた。やはり、数多い病気(正確には病気ではないが、表現がむずかしいので分かりやすいように病気と表現する)であることを痛感した。

 どうしても精神病というのは、テレビ新聞で詳しく説明し辛い事柄。差別だ。人権問題だ。という批判が出て来る。しかし、その事実や症状を伝えないことで、被害が拡大したり、問題がねじれたりする。健康問題や病気についてのテレビ番組はいろいろあるが、それらも決して精神病に触れない。せいぜい、鬱病くらいなもの。

 そのことで境界性パーソナリティ障害の存在も、多くの人が知らず、知らないが故に大きな事件となり、患者も関係者も傷つくのである。詳しくは以前に連載したので、知りたい方はそちらを読んでもらいたい。

 こちら=>http://cinemacinema.blog.so-net.ne.jp/2016-01-11

 今回はその症状ではなく、そこから考えたことを書いてみたい。


(以下はあとで書きます! 今はここまで)






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境界性パーソナリティ障害 ⑰ー人間業ではない?神との対峙を感じる [パーソナリティ障害]

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【境界性パーソナリティ障害 ー神か悪魔との対峙を感じる】 

今回は映画作家としての意見を中心に書かせてもらう。僕のまわりにも何年か前。患者がいた。あまりにおかしいので、精神科の先生に相談したら、典型的な症状だと言われて驚愕。えーーーまさか、僕のそばにそんな人がいたなんてー。と思い。勉強を始めた。

 他にもこれまで、友人たちの中に精神病と思える人が数人いた。統合失調症。双極性障害。合わせると5人ほど。不思議なもので、それらの病気の症状にぴったりの行動や言動をするものなので、素人でも勉強すると分かって来る。だが、そんな話を友人にするとこう言われる。

「俺のまわりには精神病なんて1人もいないなあ。太田はおかしいから変な奴が寄って来るんだよ」

 それはおかしい。彼は「まわりにいない」というが、精神病とはどんな症状なのか?を知らない。そう聞くと「頭がおかしくなって、包丁を持って暴れるような奴だろ?」という。やはりステレオタイプを上げるだけ。自分が知らないものを「まわりにいない」と断言するあたり、とても危険。でも、多くの人はそう思いがちだ。

 だから、患者とのトラブルに巻き込まれても、まわりの人は単に揉めているだけとしか考えず。患者の問題点を指摘しても「その人のFacebook見たけど、変じゃなかったよ」と言う。ネットで「死ね。死ね。死ね。死ね。死ね」とか書いていると思ったのだろうか? その意味で世間の理解は低い。だから、当事者は大変なのだ。

 そんな精神病。境界性パーソナリティ障害を勉強していて、いろんなことを考えた。病気というと、やはり「病原菌に犯されて体の不調を訴えるもの」と思いがち。精神病というと=気が狂う=知能が下がる=常識を失う=錯乱する。というふうに考えがちだ。が、パーソナリティ障害だけではなく、他の精神病も、それには当てはまらないことの方が多いのだ。

 むしろ、狡猾。知能犯。といった言葉が当てはまることが多い。だが、決して悪意がある訳ではない。そして特にパーソナリティ障害の場合は、患者の所行と似たような行為は生物界、植物界にもある。

 ドンピシャの例ではないが、植物の実は色鮮やかで、いい匂いを発する。それは鳥や獣に実を食べてもらうため。そのあと捨てられた種が、新しい生命となっていく。そのための手段がおいしい実なのだ。だが、植物は自身で「いい匂いの実を作れば、動物が遠くへ運んでくれて、食べたあとに種を捨てる。そうすれば別の場所で、子孫が育つ」なんて考えてはいないだろう。でも、そうやって命を繋いで行く。

 患者も自分が生きるために必要な「愛情」や「認知」を得るために、最初は愛想良く、けなげなキャラで好感度を上げ、やがて暗い過去を告白して、相手の同情や共感を誘い、心に飛び込む。そうやって相手を自由に操り、求めるものを極限まで受けとろうとする。が、患者自身そんな手法を使えば、欲しいものが手に入ると思ってはいない。他で学習した訳でもない。なのに、多くの患者が同じ手法を駆使して、ターゲットに近寄り、取り憑く。

 そして患者は強い「愛情」や「認知」を求めるくせに、そこまでやったら相手は離れて行くだろう?ということまでしてしまう。ヤクザでも「今日はこのくらいにしといたるわ!」というように、追いつめたら逃げ出し、飯の種を失ってしまうので限度を考える。にも関わらず、患者は相手がボロボロになるまで離れない。それでいてターゲットを失っても、苦しまないで済むように、日頃から「種まき」をし、次のターゲットに狙いをつけておく。同じではないか? これをどう捉えればいいのだろう?

 例えば覚せい剤中毒になると、薬ほしさにどんなことでもしてしまう。それを利用して暴力団は若い女性を中毒にして、売春をさせたりという事件を聞くことがある。禁断症状になると苦しくて、何をしてでも薬がほしいと思うからだ。

 その状態と、患者の意識には近いものがあるのではないか? しかし、中毒患者は苦しさから逃れるために、薬を買うために金を手に入れようとする。そのために体を売る。金を盗む。法に触れる行為をするが、パーソナリティ障害の患者はそうではなく、見事な策略でターゲットを確保する。

 ヤク中患者は人としての思考をし、自分の経験や知識を駆使するが、パーソナリティ障害の患者は教えられてもいない手法や方法論を使い、驚くべき行動でターゲットを囲い込む。この辺の本能的とも言える行動が、人というより植物やウイルス。昆虫や動物。自然界の生き物に近い気がするのだ。
 
 残念ながら、専門書を読んでもそこまでは書かれていないので、以上は僕の想像でしかない。ただ、分かってもらいたいのは、植物や動物。さらには麻薬中毒やアル中の人たちに対して、理路整然と反論しても無意味なように、患者に対して批判しても同じだということ。それどころか反論、反撃を期待しているからこそ、想像もできない先制攻撃をしてくるのだ。

 その時点で患者の思惑に嵌っている。それに気付いても人はなかなか反撃を止められない。それは患者ではなく、人対神。人VS悪魔。そんな戦いであるかのようにすら感じてしまう。反撃するということは、自身で「怒り」を止められず、「耐える」ことができず、結果は相手に踊らされてしまうだけ。人間性を試されているようだ。まるで神から挑戦のように感じてしまう。



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境界性パーソナリティ障害⑯ ー患者の思惑に嵌ってしまった男性の話 [パーソナリティ障害]

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 「境界性パーソナリティ障害」の記事。

 好評で昨日も1日で300アクセスを超えた。今回は16回目。実際に聞いた話を書いてみる。

 A君は30代。とても真面目な奴。患者は女性。B子さん。同年代。Facebookを通じて知り合い、イベント等で実際に会い、意気投合した。交際が始まったが、次第に彼女の要求が大きくなり、A君は耐えられなくなる。あることで彼女が激怒。A君のことをFacebook上であれこれ、批判し始めた。

 患者B子はA君の大切な思いを、踏みつけにするコメントを毎日のように書き込む。最初は反論していたが、A君は精神病に詳しい友人からパーソナリティ障害のことを聞き、B子がそれだと気づいた。患者に反撃してはいけない。無視しろと言われていたので耐えた。

 だが、攻撃は続き、「これでもか!!」

 とAくんを怒らせようとするコメントが連日書き込まれる。よくよく読むと、B子のコメントにはおこがましいところ。上から目線。立場を踏まえていないことが分かる。が、共通の友人たちはまったく気がつかず、痴話げんか。2人は仲がいいというふうに思っていたという。

 そのコメント。よくこんなことが書けたな?というものだった。単なる悪口とか、批判ではない。本当に卑劣なもので、A君が大切にしている心の部分を踏みにじるものだ。

 ここに最初の悲劇がある。

 もし、2人が恋仲なら、Facebookという多くの人が見るメディアでB子がA君を批判するのはおかしい。ダイレクトメールでやりとりすればいいのだ。それをしないのはなぜか? これがもし、公人、政治家であるとか、芸能人をネット上で攻撃するのなら分かる。それらの人は国民から批判されても仕方ない立場だ。が、個人を、いくらカップルでも、恋人同士でも、ネット上で、名前を上げて批判するのは常識を逸脱している。もし、問題があるなら、特定の友人に相談するべきだろう。

 そう考えると、B子がA君の名前を上げて批判するのは、①常識がない。もし、常識があるのに、そんなことをするということは、②他に意図があるということだ。(相手が芸能人でも、政治家でも、有名人でも、自分の知り合いであるなら、ネットで批判せず、直接本人にいえばいい。恋人、ボーイフレンド、友達なら余計そうである)それをしないでネットで攻撃するということは、B子がまわりの人たちを巻き込みたい。自分がいかに辛い思いをしているか?を伝え、同情を集め、応援してもらいたいからと分かる。


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 だが、そこには誰も気付かず。痴話げんかと思っていたらしい。少し考えれば分かることだ。ネット上で批判するべきことでない。でも、意外に気付かない人が多い。いかにまわりの人たちは無神経で無責任か?が分かる。パーソナリティ障害はこんなことを背景に被害が拡大する。

 A君は何度も「友達」からB子を削除しようと考えたが、そうなるともっと大変なことになると考えて耐える。が、あるとき、A君がイベントで出会ったB子に会ってしまう。避けようか?と思ったが、決意して詰問。慢心の怒りを超えて聞く。「お前、よくあんな酷いことを言えるな? どーいうつもりだ!」だが、B子はこういう。

 「何いってんのー。 冗談ですよ。間に受けてどうするんですか?」

 もうイライラ限界だったのでA君はかなり逆上したこともあったが、それがこっけいに見えたのか?周りの人は大笑いしたという。コメントを読んでいた「友達」も冗談だと解釈していたのだ。ここで他人とはいかに無神経であるか?痛感する。真剣に読めば冗談でないことは分かる。が、まわりの人はそこまで考えない。だからこそ、B子の策略にまんまと乗せられたのだ。A君は「女性でなかったら、殴っていた」思ったという。あんな悔しいことはなかったと話すが、周りは理解しなかった。

 彼は我慢した。我慢したが、

 すでにB子の術中に落ちていたのだ。会場にいた人に聞くと、B子は満面笑顔で勝ち誇ったようだったという。何度コメントしてもA君にー無視されていたが、イベントで出会ったことで、激怒していることを確認したからだ。

 先の記事でも書いたが、愛情も批判も同じ。「私に関心があるんだ」と解釈するからである。B子は自分に関心があることを確認。さらにA君への攻撃を続け、自分は哀れな被害者を演じ続けた。次第に何人かの共通のFacebook友達が「B子ちゃん可哀想」「A君酷いよね」などとコメントするようになり、A君は悪者。B子は被害者という構図ができていった。だが、しばらくすると、B子からこんなコメントが来た。


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 「お久しぶりです。お元気ですか? その後、****はどうですか? 私の方はなかなかうまく行きません。また、次回、お会いしたときにいろいろ教えてくださいね!ヨロシク」

 A君は首を捻った。ついこの間まで、当てこすりや心を突き刺す批判コメントを送りつけて来たのに、何事もなかったようなコメント。これまでの言動は何だったのか? B子はパーソナリティ障害だと思っていた。が、もしかしたら違って、ここしばらくは体調が悪いとか、何か理由があったのではないか?そう思うようになった。

 もともと真面目で、優しいところがあるA君は彼女に電話した。そして、なんで、あんなコメントを何度も書き込んだのか?もう一度、問いただした。すると、B子はしおらしくなり、こう言ったという。

 「ごめんなさい。いろいろ辛いことがあり、あんたにしか甘えることができなくて、でも、無視されていたので、ムキになってしまった。信頼できるのはA君だけ.....」

 こうして、A君は再びB子と付き合いだした。

 まわりの友人たちは「やれやれ、喧嘩したり、仲直りしたり。忙しい2人だ」と思ったという。人は本当に無責任なものである。上っ面しか見ず、パターンに嵌めて理解しようとする。だが、その後、B 子は再びあれこれ無理な要求するようになり、A君を悩ませ始める.....。彼はまんまと、罠にはまったのだ。

 以上の展開。患者が凶悪で狡猾であることを説明した訳ではない。これが境界性パーソナリティ障害の症状なのである。それを病気でない一般人だと思って、常識を持って接するから、様々な軋轢やトラブルが起こるのだ。別の例で説明すれば、外国人が日本に来て、靴を履いたまま畳の上に上がるようなもの。それを激怒して「バカにしている」「常識がない」と批判するのに近い。


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 もっと言えば、麻薬中毒、アルコール中毒の患者

に近いと考えたい。自分を制することができない。いや、アル中の場合は「いけない」と思っていても、自分が止められないというが、パーソナル障害の書籍を読むと、自分を止めるという発想すら生まれないという印象を受ける。また、妄想や記憶の改ざんがあり、本人は至って常識的な行動や言動をしていると思い込んでいる。

 客観的に見ると、患者が全ての原因であると分かるのに、本人は「***さんが問題。裏切られた。許せない!」という発想で正義感さえ感じて攻撃をするという。これが演技とか、計算づくなら、どこかでバレて来るし、怪しまれるが、本人は真剣そのもの。だから、まわりの人が応援したり、巻き込まれたりして大変なことになる。

 A君も結局、B子に取り込まれ、

手中に落ちたのである。逆に、B子に反撃し、批判を続けたとしても同じ。一時期彼は「本当に許せない!」と激怒していたが、その段階で、B子の戦略に嵌っていたのである。この辺、映画作家としての意見だが、悪魔の戦略というべきものだ。通常は相手を怒らせないことが大事だが、怒らせることが目的。

 批判されても、攻撃されても喜びと感じる。互いに憎しみ合い、批判し合う状況を作る。誰も得をしない。そんな状況を望むこと自体。やはり、悪魔の所行と思えてしまう。

こんな風に一般の人は罠にかかってしまう。この文章を読み、「馬鹿だなあ」と思う人もいるだろう。でも、反撃に出て、延々と争ったとしても、それは戦っていることにはならず。患者の思惑に填められて、相手を喜ばせているだけだ。患者との対応。本当に愛があり、病気を治療してほしいという思いがなければ、対応できるのは「無関心」だけである。専門家にはそう言われた。

つづきはこちら=>http://cinemacinema.blog.so-net.ne.jp/2016-02-24





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境界性パーソナリティ障害 ⑮ ーなぜ、患者の卑怯ともいえる攻撃でも反撃してはいけないか?驚愕の理由 [パーソナリティ障害]

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 境界性パーソナリティ障害。

 患者が攻撃して来ても反撃してはいけないとの記事を前回書いた。説明が少し足りないので、補足する。患者はもう本当に腹立たしいことを言って来る。よくぞ思いついたということを批判してくる。或は「お前があれこれ言うべきことか?」「お前は何様だ?」ということをネットで拡散する。たいていの人はそれで激怒。「てめえだけは許せない!」と反論。反撃してしまう。が、それは無意味どころか、泥沼試合になるだけという話をしたい。

被害者に聞くと、その攻撃は本当に凄まじく、心のそこから激怒させられるものが多いという。自分が心の中で大切にしているものを踏みつけるとか、大事な存在を貶されるとか、人として許せないものが多いという。

 「だから、許せない!!」となるのだが、

 考えてほしい。なぜ、患者は今まで友好的な付き合いをし、信頼関係があり、尊敬や敬愛の念さえ持っていたのに、ふとしたことで攻撃してくるのか? ここからは僕がこれまでに専門家の本を読んだり、経験者に聞いたりしたしたことをベースに書いて行く。

 まず、境界性パーソナリティ障害の原因は幼少期に受けた親からの虐待が一因だといわれている。親から愛情を注がれなかったことで、心が抉れてしまう。その後、すぐに病気を発症する訳ではなく、あるとき、きっかけがあって発症するらしい。

 そして、幼いころに抉れた心の傷を癒そうと、たくさんの愛を受けとろうとする。こういうと可哀想な人であり、愛で癒して上げたいと思うだろう。以前にコメントをくれた人も、この原因を知り「愛を持って接すればいい」と言っていたが、現実は生易しいものではない。

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 一般の人でもそうだが、戦時中に貧しい子供時代を過ごした人が、大人になり、これだけ物資が溢れる時代になっても、食料をたべきれないほど大量に買い置きしていまうという話を聞いたことはないか? 或は若い頃にモテなかった男が、年取って仕事で成功して、女性に溺れるとか? それも同じで、子供の頃に満たされなかったものを大人になって満たそうとする心理である。しかし、子供のころに飢えていた愛を大人になって取り戻すのは大変。何十倍。何百倍にもなるようだ。

 幼い頃の傷が深ければ、より強い愛を求めてしまう。

 例えば、深夜に長電話をすることに繋がる。最初は「こんな私の話を聞いてくれてありがとう」と健気だが、愛を注いでくれることが分かると、相手の都合を考えず、自分の思いを延々と語り続ける。つまり、自分が満足するまで話を聞いてくれることが、愛されているという実感に繋がるのだ。深夜に「今から来て!」とタクシーで駆けつけさせるようなことを求め、それを受け止めてもらえることで愛されていると感じる。

 しかし、これは「愛」の問題というより、自己確認。つまり、アイデンティティの確認である。自分の存在が認められる。人から認知される。という、以前に別のシリーズ(Facebook問題)で説明したが、人はそれがないと苦しくて行きて行けない。「俺はそんなものを確認しなくても平気だけど?」という人もいるだろう。でも、それは気付かぬ内に認められているから平気なのだ。

 両親に愛を注がれて育ち、信頼できる友達や同僚がいる。そのことで充足しているのだ。が、患者はそれが欠落。心の抉れた傷を癒したいと考える。そのために愛。無償の、究極の愛を探し、傷を癒そうとする。そして、その相手。つまりターゲットを探す。ここからが不思議なのだが、誰に教えられた訳でもないのに、患者は日頃から自分の好印象をアピール。健気で元気ないい子であることを伝える。そしてターゲットを見つけると、「感動しました」「尊敬します」「応援させてください」というようなことを言って近づく。

 いきなり近寄ってくると人は警戒する。

「詐欺か?」「ぼったくりか?」と思われるが、自分のことを誉め称える相手なら悪い気はしないし、好意を持つ。そして患者の多くが女性であること。男性なら自分に近寄る女性を悪くは思わない。女性も相手が女性なら気を許すだろう。こうして患者は急速に親しくなる。以前にも説明したが、同時にターゲットのまわりの人たちにもアプローチ。「いい子」であることをアピール。もちろん、それが「取り巻き」作りである。

 何度も書いたことなので簡単に進める。つまり、患者は自分に愛情を注いでくれそうな相手を見つけると取り入り、まわりの友人関係も押さえて、簡単に逃げられないような環境を作る。そして、徐徐に注がれる愛情の分量を上げて行くのだ。最初は長電話。それが深夜になり。「今すぐ来て」になる。無茶な要求に応えてくれるほどに「愛」があることを感じ満足する。それは「自己確認」である。


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 愛という言葉を使うと誤解する人が出て来るので

気をつけなければならないが、幼少期の子供は親から愛情を注がれることで、人格形成をし、「自分は愛されている。生きていていいんだ!」と無意識に感じて成長する。でも、愛を受けずにいると、不良になり、悪さをする。これも同じ原理で、愛情が足りないから、悪い事をして親や教師。同級生の関心を引く行為なのだ。こういうと、患者が攻撃してくる理由も見えてくるだろう。

 説明が後先になったが、そんなふうに心の傷を癒す愛情を求める患者だが、並大抵な量では足りない。相手も仕事や付き合いがある。いくら愛があっても、できないことはたくさんある。でも、患者はより強い愛情、より深い愛を求める。それが無茶な要求なのだ。深夜に電話をかけてきて「今から来て」と言われても適わない。どんな愛があっても、そんなことが繰り返されたら溜まらない。でも、そんな要求をして、受け止めてもらう事=愛されている=自己確認。それをせねば患者は苦しくて生きていけなくなるのだ。
 
 それは「愛」というから混乱するが、

人が食べ物を食べないと生きていけないように、患者は自己確認をしないと生きていけない苦痛を感じると聞く。だから、相手のことを思いやる余裕もなく、自分の欲求をどんな手を使っても実現しようとするのだ。それはアル中が酒を求める。覚醒剤中毒患者がシャブを欲しがるのと同じ。自分を止めることができない。だからこそ性格が歪でいるということではなく、「病気」というカテゴリーに入るのだろう。

 患者は誰かに認めてもらわないと、愛されないと(愛される定義が間違っているが)「私なんか死んだ方がいい」と自暴自棄になると言われている。それを考えると、「今から死ぬから。さようなら」なんてメールや電話をかけてくるのも、単なる芝居だけではないと感じる。が、同時に、それを利用して自分に関心を持たせるという側面もある。苦しいから、どんな手を使っても、振り向かせる。注目させねばならないのだ。

 最初は愛情を注いだ。或は友情で応えていても、

患者の要求がエスカレート。耐えきれない。或は、それほどのこととは思わず、頼み事を断ると、激怒。攻撃が始まる。それが先に上げた、究極の腹立たしい批判の連続。まず、患者の心理を説明する。

外から見ていると、あれだけ好意的だった子がなんで急に憎しみをぶつけるのか?と思うが、患者は二元的な考え方をしてしまう。「敵か、味方か?」だ。要求を断ると一気に敵になってしまう。患者側からいえばこうだ。長電話を切ろうとするだけで「捨てられる! 私から離れて行こうとしている」「ダマされた」「裏切られた」「許せない」という発想に繋がる。その極端な思考もまた「病気」だからこそと感じる。

 ここが凄いのだけど。攻撃をすることで恨みを晴らすというより、関心を取り戻そうとするのである。「何で攻撃が関心になるの?」と思うかもしれない。考えてほしい。好意を持ち近づき、「いい子だ」とアピールして愛されるのも、口汚く批判して反論、反撃されるのも、いずれも「関心」を持たれることだからだ。どちらにしても、自分の存在を確認できる。

「好意」では応えてくれなくても、多くの人は攻撃されれば怒り、反撃する。反論する。それによって患者はアイデンティティの確認をするのだと思える。先に例を上げた不良と同じ。彼ら彼女らは人に迷惑をかけ、非行をする。そのことで注目を浴びようとするのだ。関心を持ってもらおうとする。不良は愛情に飢えた子供たちが走りやすい。同じ発想なのだ。そして両者共にそれを意識していないのも同じである。

 同時に、反撃を受けることで共通の友人たちには

「こんな酷い目にあっている。助けてほしい。あの人は本当に酷い」と被害者の振りをする。そのことで多くの人の同情を集めることができる。この辺、本当に見事としか言えない知能犯的な行動だ。なんで、そんな見事なシナリオが書けるのか? 不思議だが、患者の多くは同じ行動を取る。そこにあるのは幼い日に抉れた心を癒し、自分が存在すること。生きていていいことを確認したいという叫びにも似た思いなのだろう。


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 こう書くと可哀想な存在だが、それは野生動物と同じで、

空腹だからと人を襲って食べては適わない。同じように、本当の愛を求めるというより、自分の仕打ちに耐える人をターゲットにして、思うように操り、サウンドバックのようにボコボコにして、自分の心の傷を癒し、生きている実感を感じようとしているのである。

 そのためにターゲットとされた人だけでなく、患者のウソや妄想にダマされた人たちが互いに傷付け合い、絆がボロボロになる。「愛を求める」なんていう美しい言葉では表現できない事態となってしまう。もちろん、もの凄い愛を持ち、患者を立ち直らせようとする人もいて、治療を受け完治したという話もある。だとしても、まず、患者が病気であることを把握しないと何も始まらないのだ。

 専門家に聞くと、責任を感じても、とにかく避けて、距離を置け

と言われた。そして、攻撃を受けても反撃してはいけないとのこと。先にも書いたが、それは相手を喜ばされるだけ、思うつぼである。一番効果があるのは無視すること。無視されると、患者はどうしていいか?分からなくなるという。もちろん、しばらくは攻撃が続き、何とか反応させようとする。が、それでも反応してはいけない。無視した方がいいという。

 理由は先に書いた。愛されるのも、攻撃されるのも関心があるということ。関心をもたれないことが一番辛いのである。そうすると、自分に関心を持ってくれる人の方へ行ってしまう。そのために患者は日頃から「種まき」という行動で、次なるターゲットを探している。いつ逃げられてもいいように、次を用意しておくのだ。先の「取り巻き」が次になることも多いという。何ともやり切れない問題だが、それが大事だと言われた。

 前回、書いた「グリム童話」だったかのオチも同じだった。

旅人が可哀想だと思い、倒れていた老人を背負うと、首を絞めて降りようとせず。あれこれ命令される。その老人は妖怪で、人に取り憑くと死ぬまで離れない。でも、ひとつだけ方法がある。それは老人を他人の背中に移すこと。それしか助かる方法はない。やり切れない話だ。何だか、似たような話だと思えてしまう。

 長々と書いたが、患者に悪意はない。説明したように病気の症状なのだ。それを正常な人と同じように扱い、怒り心頭して泥沼のような戦いをするのは、患者の思うつぼであり、誰も救われない。対応はひとつ。悲しいけど無視すること。しばらく攻撃は続くが無視すること。本当に悲しい問題である。


 続きはこちら=>http://cinemacinema.blog.so-net.ne.jp/2016-02-23-4


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境界性パーソナリティ障害 ⑭ ーどんなに頭に来ても反撃してはダメ!?その意外な理由。 [パーソナリティ障害]

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 昨年より勉強している「境界性パーソナリティ障害」

  昨年より勉強している「境界性パーソナリティ障害」未だに病気とは思えない凄さを感じる。患者は「この人は私のために何でしてくれる」とか「私を理解してくれる」と思い込むと、「感動しました」「応援してます」と言って急速に接近してくる。その人をターゲットにして取り憑く。

 患者は女性であることが多く、被害者は男性になりがち(女性であることもある)「この人は私のために何でしてくれる」とか「私を理解してくれる」と患者が思い込むと「感動しました」「応援してます」と言って急速に接近。その人をターゲットにして取り憑く。

 例えば、毎日のようにFacebookにコメントを書き込んでくる。「お疲れ様」「がんばってください」「応援しています」最初は健気で可愛い子だと思うのだが、次第に深夜に長電話してきたり、仕事中に逢いたいと連絡してきたり、あれをしてほしい、これをしてほしいと、無理難題を押し付けて来る。最初は心良く応じていても、やがて付き合いきれなくなり、相手がいうことを聞かないと、批判や攻撃を始める。

 ネット上で相手を批判、中傷。ターゲットが務める会社の上司に苦情を伝え、さらに以前からアプローチして仲良くなっているターゲットの友達に「彼に酷いことをされた!」と言い触れまわり、被害者を演じ、そのことで、まわりからもターゲットを批判させる。

 患者は日常生活は問題なく送っていて、会話をしてもおかしくない。まず病気だとは思われない。まわりの人は気づかず、患者が被害者の振りをすれば簡単に騙されて「可哀想だ!」と一緒になってターゲットを攻撃。被害者の振りをする患者は女性。ターゲットにされるのは男性、それも一時は親しくしていた。様々な面で不利。仕事に支障が出て、友人関係も壊れる事態となる。専門家の意見を聞いたが、

「とにかく関わらないこと。反撃してはいけない」

と言われた。詳しいことは以前にこのブログでも書いたので省略するが、その種の人たちに関わると本当に大変なことになる。もちろん、悪意があり攻撃して来るのではなく、病気の症状。それを正常な人だと思って反撃しても意味がない。相手は二元化した考え方(敵か味方か)しかできないし、妄想を伴っているので、いくら理路整然と説明しても理解できない。


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 ここからは経験者に聞いた話だが、もう本当に、想像を絶する腹立たしい言動で批判、攻撃してくるという。「よくもまあ、そんなことが言えるな!」と激怒することを言う。でも、反論、反撃しては患者の思う壺。相手を怒らせて自分に関心を持ってもらうことが目的なのだ。

 患者の望みを適えているのと同じ。そして患者は「私こそが被害者。可哀想な存在」であることをさらにアピール。まわりの人の同情を誘い。更なる攻撃をしてくる。それに気付かなければ反撃によって患者は満足し続け、被害者は傷つくばかり。泥沼の戦いとなる。


子供時代に読んだ「グリム童話」とか「イソップ物語」

この病気を勉強していて思い出した話がある。道に倒れる哀れな老人。旅人が可哀想に思いおんぶして街まで連れて行って上げようとするが、我がままを言い出す。あれこれ無理難題を命令する。いうことを聞かないと首を絞める。背中から降りようとしない。それは人に取り憑き、苦しめることを喜びとする、その山に住む妖怪だった。いろいろあって、旅人は老人からどーにか逃げ出すが、妖怪はまた道に倒れて「助けてくれー」と次の旅人を待つという結末だったような気がする。

 これは童話だが、もしかしたら、その種の患者のことを書いた物語ではないか?と思える。当然だが、患者は妖怪ではない。悪意もない。全ては病気のせいだが、物語が書かれた時代はその種の病気の概念がなく、そんなふうに思えたことを作品にしたのではないか? そこには病気の特徴を指摘する鋭さも感じる。優しさが裏目に出て、酷い目に遭う。可哀想に思わせて近づく。自分の意のままに相手を動かそうとする。類似点が多い。童話を書いた作家はそんな怖さを物語にしたように思える。


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患者個人には責任能力がない。

問題なのは、病気であることを理解できない人たちが、常識的な対応をして、事態が悪化すること。患者の思惑通りのことをして泥沼化すること。また、当事者以外にはもっと分かり辛い。いくら精神病であることを伝えても「おかしいのは、お前じゃないか?」と言われたりする。また、人は精神病の話をすると、コメントを避ける。触れないようにする。知ろうとしない。だから、まわりからの理解や協力を得られない。

 本来、親しい誰かが、本人に病気であることを伝えるべきだが、それができない。いや、気づかない。こうして患者は同じ行動を繰り返し、まわりが迷惑するが、包丁を振り回して暴れる訳ではないので、第三から見ると、人間関係のトラブルにしか思われず、皆が傷ついて終わる。また、精神病の話をすると「差別だ。人格否定だ」と過剰に反応して、事実を知ることより、ふたをして忘れようとする人も多い。

 大切なのは、事実を把握することだ。

 なぜ、トラブルが起こるのか? 誰に原因があるのか? その人はなぜ、そんな行動や発言をするのか? そこで精神病の疑いを持つことで、背景が明確になることがある。病気のために暴走したり、他人を攻撃したりしていることがあるからだ。それを明確にすることが、本人のためでもあり、関係者のためでもある。

 現在、双極性障害を勉強中。症状を理解すると、患者は芸能界にも政界にもいることを痛感する。おかしな発言をするあの人もそうかな?と専門家に聞くと「そうですよ!」と言われた。でも、マスコミは指摘しない。できない。そこがむずかしい。

 続きはこちら=>http://cinemacinema.blog.so-net.ne.jp/2016-02-22-2


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「境界性パーソナリティ障害」⑬ ー現在、被害に遭っている方から質問。 [パーソナリティ障害]

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 境界性パーソナリティ障害の記事。

 相変わらず好評で、新しい記事をアップすると数時間で100件アクセスを記録する。「記事を読み。あの人はこれだったのか~」と痛感したというコメントをたくさん頂いていることからも、被害に遭っている方が想像以上に多いということだろう。

 質問や相談も何人かから頂いているが、時間もなく、個別にお答えすることがなかなかできない。また、僕は専門家ではないので、安易にお答えすることが危険とも思える。だから、文献で読んだ知識と、僕の考えとは分けて書くようにしている。

 一番多い質問は「被害に遭ったらどーすればいいのですか?」というもの。これまで患者の行動や思考は説明して来たが、では対応すれば?ということは、あまり詳しく書いていない。そこで今回はその点について書いて行こうと思う。

 危険な対応法を綴ったコメントは先日紹介。

 それがなぜいけないか?は説明した。しかし、これまでも繰り返し書いて来たが患者がターゲットを取り込む方法論は見事としかいえない。これなら誰も引っかかるし、先日も紹介したように、自殺をほのめかされては逃げることもできない。

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 そこでまず、専門医に聞いた話を紹介する。

 「いきなり関係を切ってはいけない」と言われた。そうなると、二元的な考え方しかできない患者は「裏切られた!許せない」と思い、攻撃を始める。「だから、少しずつフェードアウト」が大切だと言われた。

 相手を激情させないようにしながら、少しずつ離れて行く。いきなり電話番号を変えたり、メールアドレスを変えると、「捨てられた!」となるらしい。かといって、あれこれ言ってる来る相手にいちいち対応するのも大変。だから、毎回、真剣に対応するのではなく、少しずつ距離を置くということが大事なのだろう。

 次に患者から攻撃(メール、Facebook等での批判、中傷、デマ)を受けたとき。頭に来るからと反撃するのはよくない。これは以前にも書いたが、患者は自分を注目してほしいという気持ちが非常に強い。だから、深夜に長年電をかけて来て延々と話を聞かせたりする。それに耐えて話を聞いてくれることが嬉しい。でも、相手は溜まらない。明日は朝から仕事がある。電話を切ろうとすると患者は激怒。「裏切られた!」と攻撃を始める。あちこちで悪口をいう。妄想で作ったウソをいい触れ回る。

 こちらの気持ちを逆撫でし、反撃したくなる批判、悪口を言って来る。大切にするものを踏みにじり、黙ってはいられないことを指摘してくる。変な表現だが、これは映画作家として聞くと見事としかいえない。シナリオ書きでも気持ちを逆撫でするセリフを考えるのは本当に大変。なのに患者は見事なくらい腹立たしい言葉をぶつけて来る。

しかし、反論してはいけない。反論し、批判することで相手は「私の存在を認知している」ことを確認し、ある意味で喜ぶからだ。その罠にかかり「許せねえ!」と反論、反撃することは患者の思うつぼである。

 ただ、患者も苦手なものがある。愛情を示すと、もっともっとと無理難題を要求し、離れて行くと、批判、悪口、攻撃をし、反撃させて認知されていると感じる。が、無視されるのは苦手らしい。なるほど!と思った。愛を注がれるのも、憎しみをぶつけられるのも、相手を認知する行為。だが、無視というのは究極のゼロ表現。相手を認知していないということ。

 だからこそ、更なる攻撃をし、痛いところを突き、相手を逆上させ、自分に関心を向けようとするのだ。子供でも親の愛を感じられないと、わざと悪戯したり、失敗して関心を惹こうとする。もっと言えば不良はほとんどそれ。非行をして注目してもらおうという思いがある。それと同じ発想なのだ。


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 これは友人の体験談だが、

 あれこれ患者が言って来ても構わず、特に拒否はしないまでも、放っておくといつの間にか近寄って来なくなったという。ま、実のところは、他でターゲットを見つけて、そちらに力を注いでいたのだけど。また、関心を惹こうとあれこれ批判的なことを言って来た患者を完全無視した人の話も聞く。こちらもやがて、アプローチして来なくなったという。

 逆に、あれこれ言って来られて逆上。反論した男性もいた。すると患者は「ごめんなさい。いろいろ辛いことがあったの。わがままを言える人もいなくて、ついついあなたに当たってしまって....」と意外なことを言われ「あー、この子は寂しかったんだ」と感じて、仲よくしたら、また元の木阿弥。深夜に長電話がかかってきて....ということを繰り返し、逃げられなくなってしまった。

 これらから考えられるのは、初期段階で気づけば少しずつ距離を置きフェードアウト。でも、攻撃が始まってからだと、それも難しいかもしれない。ただ、反論しても相手を喜ばせるだけということになる。その辺でどーすればいいか?は、専門書にも書かれていなかった。

 ネットでいろいろ探していて、興味深いブログを見つけた。

 境界性パーソナリティ障害の患者から被害を受けた方が書いたもの。その方がいうには「とにかく逃げろ」「何をおいても逃げろ」「取り巻きにされるのはもともと、大した好意がない人たち。その人たちを含めて切り捨てて逃げろ」というようなことが綴られている。

 このブログ。僕は過去に遡り全ての記事を読んだが、いろいろな考え方、対応法、解説が書かれており勉強になる。専門医ではないが、経験者の意見はとても参考になる。もし、現在、被害に遭われている方がいれば、一読をお勧めする。




 「ボダ被害に遭わない、逃げ切るためのブログ」
        境界性人格障害者から被害を受けている方のためのブログです。

 こちら=>http://victim-of-bpd.hatenablog.jp/entry/2015/11/01/130011

 (ボダ=ボーダーライン人格障害の略。境界性パーソナリティ障害の別名)



  このブログの続き「第14回」は=>http://cinemacinema.blog.so-net.ne.jp/2016-02-22



 あと、僕が読んだ専門書で一番、分かりやすく、勉強になったのは以下の書籍。お勧め。

 
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「境界性パーソナリティ障害」⑫ ー誰もが驚愕する、患者からの究極の攻撃? [パーソナリティ障害]

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 「境界性パーソナリティ障害」について

何度も書いて来たが、大切なことを取り上げていなかった。それは患者は往々にして、相手の気を引くために、相手を思い通りに操るために、あることをする。これまで紹介した症状は馴染みがなく、「へーーーそうなんだ」と思った人。或いは「それって病気じゃなくて、性悪女ってことじゃない?」とか感じた人もいるだろう。

だからこそ、この病気は理解されずらく、問題や被害が拡大するのだが、これは聞いたことがある人が多いはずだ。患者は女性に多い。そして特定の相手をターゲットにして賞賛、応援して急速に近づく。親密な関係となると自身の辛い過去を告白する(妄想であることも多い)それで「明るい元気な子だと思っていたけど、辛い過去を抱えて行きているんだ」と感動、共感して、さらに深い関係に陥る。

 やがて、患者はあれこれ無理をいうようになる

深夜の長電話等に始まり、仕事中なのに「今すぐ逢いたい」と言いだしたり、それに応えないと、手のひらを返したように攻撃を始める。共通の友人(取り巻きを含め)にウソを交えた情報を流す。「彼に酷いことをされた」「信じていたのに裏切られた」等の自分が被害者であり、相手が加害者であるような騒ぎを起こし、まわりの人たちを味方につけて相手を追いつめる。その中で究極の手を使うことがある。

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 「今から死にます。さようなら」

という電話、或いはメールが来る。その頃、相手ははもう「こんな奴とは縁を切りたい!」と思っているが、自殺するとなると話は別だ。仕事中でも会社を抜け出して、深夜でも飛び出して患者の元へ行く。と、薬を出して飲もうとしているところだったりする。それは演技であることが多いが、中には本当に死んでしまうこともある。

 いくら鬱陶しいと思い、縁を切りたいと思っている人でも死なれると責任を感じる。だから、別れられない。別れたことで死なれると大変。結果、患者の要求を聞き続けなければならなくなる。死と引き換えに、自分の望みを叶えようとする究極の取引を迫る訳だ。これは映画ドラマなどでよく見る話だし、ワイドショー等の恋愛ネタではときどき聞く話だ。

 その全てが患者という訳ではないが、

境界性パーソナリティ障害患者の典型的な行動パターン。だから、別れられない。逃げられない。また、自殺未遂を共通の友人に伝え、「彼のことが忘れられなくて死のうとした」とかいうと、友人は「お前、愛されているんだから応えてやれ。彼女にはお前しかいないんだよ」と患者を応援する行動を取ってしまう。

 共通の友人は時間をかけて「取り巻き」に仕立てられており、その人たちに対して狂気の顔は見せない。健気で元気ないい子として認知されており、いつも被害者を演じる。加害者は当然、ターゲットとされた相手。でも、まわりからも追いつめられて、さらなる過酷な要求を突きつけられ堪え難いものになり、社会的地位や仕事も失うことに繋がる。

 細かな説明は以前に書いたので、初めて読む方はそちらを読んで頂きたいが、今回は「自殺」をちらつかす症状を紹介している。これも性悪女としか思えないが、多くの患者が見せる一面であり、この病気の特徴である。でも、まわりから見ると「愛」に思えてしまい、被害者(患者)を応援する。加害者である男性はまわりから「飽きたので捨てた。無責任」としか思われず、理解されない。


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 これをワイドショーで報じられたら、

国民のほとんどは「なんて酷い男だ!」と感じるだろう。だが、全て患者による計画。暴力も凶器も使わず、逃げられなくなってしまう。この記事を書いていても思うが完全にスリラー映画のシナリオだ。僕自身、これが病気?と思えてしまうが、これが症状なのである。だから、一般の人は理解できない。「あの子は病気」といっても分からない。むしろ、関係者は「取り巻き」にされて同情して、患者と一緒になり被害者を攻撃してしまう。

 このブログにも何通かのコメントが来たが、攻撃を受けた経験ある人は「あーーあの人は病気だったのか!」と気づいたというものも多いが、経験のない人は非常に無責任な発言をし、ちゃかしたり、きれいごとを並べたりする。僕もこの話を友人にしても、多くは理解できないようで、黙ってしまい、話題を変えようとする。「そんなことをいう監督自身が病気なんじゃないか?」と思っている友人も多いだろう。

 むずかしい病気であり、

まわりから理解され辛いものだ。患者も悪意で相手を苦しめている訳ではなく、結果、誰も救われない。罪のないまわりの人たちまで加害者となる。本当に悲しい。興味ある方。心当たりのある方はぜひ、バックナンバーを読んで頂きたい。

 つづきはこちら=>http://cinemacinema.blog.so-net.ne.jp/2016-02-21-2

 バックナンバー=>http://cinemacinema.blog.so-net.ne.jp/archive/c2305834655-2




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境界性パーソナリティ障害⑪ ー問題あるコメントを紹介 [パーソナリティ障害]

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 「境界性パーソナリティ障害」の記事にこんなコメントが来た。

 「患者は愛を求めています。だから、それには愛で応えるべきです。そうすれば安心して敵対心を持ちません。私のまわりにもその種の方がいますが、距離を置きながらうまく付き合っています。愛こそが大事だと思います」

  それに答えて別の方がこんなコメントを書き込む。

 「素晴らしい。それが最高の解決法です。傷つけ合っても何も得るものはありません。愛を持って接することが大切。私も見習いたいと思います」

 申し訳ないが、両方を削除させてもらった。非常に問題があり、誤解が広がるものだったからだ。コメント1の方。パーソナリティ障害を多少勉強されているようだ。が、拡大解釈して、きれいごとにしてしまっている。本当の大変さを知らない人が安易な解釈で無責任なことを言っているところがある。さらにコメント2の方が「素晴らしい」と思ったように、感銘を受けてしまい間違った考え方が広がってしまうのを懸念したのだ。


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 コメント1の方はそばにパーソナリティ障害の方がおり、うまく付き合っているように言うが、実はターゲットにされていないだけではないだろうか? 或いは「取り巻き」にされているのかもしれない。患者は誰に対してでも攻撃的という訳ではない。自分が取り憑き、コントロールしようとする相手にのみ攻撃的であり、周りの人や「取り巻き」に対しては好意的であり、健気な姿をアピールする。

 それをコメント1の方は「うまく付き合っている」と解釈してはいないか? そして、たいていの場合、一般の人はその人が「患者」だとは気づかない。問題が起きても「変な人」と解釈する。だが、コメント1の方は気づいた。病気の原因が「愛情の欠如」であることも知っていた。だから、距離を置いて付き合った。毛嫌いせずに交流をした。それを「愛」を持って接するといってはいないか?

 知識があるだけに「うまく付き合っている」と解釈。でも、「愛を持って」という言葉を使うが、コメントには「愛」を持って具体的にどう接しているか?は書かれていない。やはり、毛嫌いしていないことを「愛を持って」と表現しているように感じる。

 そういう表現をすれば美しいイメージが生まれる。だからコメント2の方は「素晴らしい」と書き込んだ。が、コメント1の方は患者だと認識しているので距離を置き、付き合っているだけかもしれない。それを賞賛する2の方。もし、それらコメントを読んだ人が、その種の人から攻撃を受けたときに、「愛を持つべきだ」と相手の要求を受け止めたり、優しさを見せれば大変なことになる。

 そんな誤解を生むコメントなのだ。だから、削除させてもらった。精神病について書くのはむずかしい。僕の記事にも「素人が分かったこと書くから、被害が広がるんだよ!」とコメントしてくる人もいる。(その人も専門家ではないことが多い)ある意味でその通りだ。

 そして僕も専門家ではない。だが、このブログで紹介することは、専門書を読み、そこから抜き出したことを出版社名と著者名を上げて紹介。その後は、僕が学んだことと断って、紹介している。そして、僕の意見の場合はそれらと混同しないようにして「意見」として書いている。何よりいけないのは精神病というと、避けて通るところがある風潮だ。先にような批判コメントが来ると、その種の記事を書くのを控えたりする。

 誰かに迷惑をかける。人権問題に抵触するとか考える。しかし、その考え方は「臭いものにはふたをする」的な対応にも感じる。僕自身、その種の方々と出会い、大変な目に遭ったことが何度もある。最初は悪意ある人たちだと思ったが、実は病気。悪意はない。ないからといって許せるものではないが、それを気づかずに争いを続けても不毛だ。

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 患者は間違ったことを信じ込んで行動、迷惑でしかないのに、どう説明しても理解しないことがある。でも、その人が病気だと分かれば、違った対応もできる。なのに、世の中、なかなか精神病とは何か?を知る機会はない。以前、みのもんたの番組ではいろんな「病気」について解説してくれたが、「精神病」はなかった。せいぜい「うつ病」。ゴールデンタイムの情報番組では「がん」「心臓病」「肥満」「冷え性」とありとあらゆる病気や症状を説明してくれるが、「パーソナリティ障害」の特集を見たことはない。

 それなら、僕が自身のブログで専門書を読んだ知識を紹介するという形で、説明するというのも意味ありか?と思えた。実際、凄い反響でいろんな方からコメント、相談を頂いた。が、僕は専門家ではない。診断はできない。ただ、知り得た知識や経験談を紹介することはできる。ただ、先のような問題あるコメントが来ることもある。それをコメント欄では紹介できない。なので、今回のように解説した上で紹介させてもらった。

 僕もまだまだ勉強したいが、聞きかじった知識で分かった気になり、間違った対応をすると大変なことになる。まして、それをネットで書き込みー特に僕のブログはその種の人たちの被害に遭っている方が多く読んでくれているー読者が誤解して、よりトラブルが大きくなるコメントは気をつけなければならない。「そうだ!やはり愛なんだ」と思って、患者からの攻撃を受け止め、愛情を注いでも事態は悪くなるだけなのだ。

 このブログを読み、感じるところがあった方は、ぜひ、以下の本を読んでほしい。いろいろ読んだ中で一番分かりやすく、具体的に書かれており参考になる。

つづき=>http://cinemacinema.blog.so-net.ne.jp/2016-02-19-2


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「境界性パーソナリティ障害」⑩ 知能犯ともいえる行動?ー病気と思えないから大変 [パーソナリティ障害]

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 「境界性パーソナリティ障害」の記事。

 10回近くに渡り連載してきたが、今だにアクセス数が高く、コメントも頂く。「まさか、あの人が! 考えてもみなかったけど、症状を知り納得です」というものが多かった。そう、多くの人が気付かないだけで、精神病の患者は身のまわりに存在する。統合失調症は100人に1人。パーソナリティ障害は50人に1人と言われる。

 だが、ほとんどの人は「私のまわりにはそんな人いないけどなあ」と言う。それは精神病とはどういうものか?知らないだけのこと。症状を理解すれば、「あーあの人。よく問題起こしたけど、そういうこか!」と分かってくるだろう。何度も書いたが、精神病というのは、頭がおかしくなり、理解不能なことを叫ぶものではない。日常生活も送り、常識的な発言をし、素人が見てもなかなか病気であることを見抜くのは難しい。

 以前、仕事でトラブルばかり起こす人がいて、

いろいろ調べると双極性障害の可能性が高いことが分かった。が、同僚たちからは「そんなことないよ。彼より監督の方がよほどヘンだよ」と言われた。そんな同僚たちは精神病について何も知らない。映画監督は僕を含めて非常識な人が多いが、それと精神病は別。計る尺度を間違っている。そして「自分のまわりに精神病患者などいるはずがない!」という強い思い込みを持つ人が多い。

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 精神病=見るからに変! 目つきがおかしい。

妙なことを口走る。そんな間違った印象を持っている。パーソナリティ障害も、大学出のサラリーマンにもいるし、有名人や芸能人にもいる。決して特別なものではない。特徴としては男性より女性の方が多い。そして、知能犯とも言える行動が多く。ウソもうまい。(正確にいうとウソを付いている意識はなく、妄想を信じているということらしい)だから、一般の人はコロッとダマされて、ターゲットにされたり、取り巻きにされたりする。

 最近もパーソナリティ障害の話を友人にしたが、理解し辛い面が多いようだ。やはり、病気というと、体調が悪い、頭が痛い。という思いがあり、精神病というと狂っている=日常生活を送れない。という先入観があるからだ。また、一言で説明できない。長々と説明しても、病気とは思えず。単なる嫌な奴。知能犯としか思われないことも理解し辛い点だ。

 ただ、この病気に関しては、ほとんどの患者が同じ行動パターンを示す。ターゲットを探して、急激に距離を縮め、相手の心に取り入り、取り憑く。逆らおうとすると、事前に取り込んでおいた「取り巻き」に攻撃させ、自分が犠牲者であるように振る舞う。ふとしたことで、あれほど親愛の情を示していた人が手のひらを返すように攻撃を始めるというのもこの病気の特徴。かと思うとまた親しげに寄って来る。僕も、その種の患者から被害を受けたことがあるが、同様の行動パターンだった。

 病気であることを認識して、

 対応しなければ、トラブルはどんどん拡大して行き、自身の社会的信用を失ったり、罪のないまわりの友人知人をも巻き込み、傷付けることになる。その意味で、僕が経験したケースも、早く気付いたことで最悪のケースを回避した。ただ、大事件にならなかっただけに、友人の中には「本当に病気だったのか?」と疑いを持つ奴もいる。精神科の先生にも確認したら「典型的な症状です」と言われたのに、それでも「とは限らないじゃん?」とか言っている。


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 ま、その友人こそ、患者により「取り巻き」に仕立てられていた1人なのだが、それにも気付いていない。やはり、自身が酷い目に遭わないと分からないのだろう。もし、あなたのまわりでも問題を起こす人がいたり、何か引っかかる人がいた場合は、精神病という方向でも考えてみてほしい。精神病にもいろいろあるが、そのどれかに該当すれば、それなりの対応ができるはずだ。

 患者には悪意はない。

 攻撃されて反撃しても日に油を注ぐだけ。全て病気による反応。そんなときはまずは、症状を把握して、該当するものがないか? 調べてみることをお勧めする。

 つづき=>http://cinemacinema.blog.so-net.ne.jp/2016-02-17

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