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ジャーナリスト安田純平さん解放ニュースに思うこと=情報を持たない人たちが貧しい想像力で批判している。 [2018]

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ジャーナリスト安田純平さん解放ニュースに思うこと=情報を持たない人たちが貧しい想像力で批判している。

サウジアラビアの記者殺害事件は連日、詳細な報道するのに、日本人ジャーナリスト安田さんが囚われの身であるのにマスコミは触れようとしない。どういうこと?と思っていたら、安田さんが解放されたというニュースが入ってきた。

イスラム国に拉致、殺害された後藤健二さんの事件があっただけに、無事解放されたことは本当によかった。が、Twitterを見ていると、その安田さんを批判する意見を数多く見かける。代表的なのは

「危険なところに行った本人が悪い。自己責任なのに政府に頼るな!」

的なものだ。また「自己責任」か.....と思え呆れしまう。同時にジャーナリストという仕事があまりにも理解しておらず、知らないくせに当て外れな批判をしている人が多い。映画の仕事をしていてもそうだが、当て外れな批判をよく受ける。まず、仕事として認識されていない。趣味の延長。

「あいつらは好きでやっているんだ....自己満足だよ」

と言われる。つまり、学生時代は好きで自主映画を撮ったりする。バンドを組んでライブをする人たちもいる。演劇サークルで芝居をする。でも、卒業と共に辞めて会社員になる人が多い。

会社や工場に通うのが仕事。映画や演劇は遊び!と考えるようになり、大人になってプロとして続けていても「趣味の延長」と思ってしまう。

「お前らは好きで楽しくやってんだろうけど、こちとら仕事なんだよ」

こちらも仕事だ!ということが分からない。そして好きでやってはいるが、楽しい訳ではない。撮影は本当に過酷だ。また、地方映画の場合。つまり、地元の人々がスポンサーの場合。撮影が終了。ギャランティを要求すると関係者から

「お前ら、金取るの? 金のためにやっているの? 呆れたねー」

と言われたこともある。やはり趣味でやっていると思われていたのだ。あるいは

「俺たちだって金もらわずに、ボランティアで撮影の手伝いをしたんだよ。お前らだけ金取る気か?」

と怒鳴られたこともある。が、こちらは仕事として映画を作っている。市民の方々に手伝ってもらったのは、限られた予算でよりいいものを作るためだ。街をよりアピールする良質な作品にすることが目的。なのに他県から来たスタッフを、企画意図に賛同して参加したと解釈したのだろう。

要は映画製作という仕事が分かっていない。趣味の延長とか、好きでやっているとか、解釈をしてしまう。しかし、彼らは映画関係者とは生まれてこの方、会ったことのないことが多い。地方ならロケが来ることすらない。そんな街で町おこし映画を作るとなったとき、

「プロがこんな街に来ないよな」「賛同して来てくれた人たち」

と思い込んだのだろう。そんなことはありえないが映画のプロがわが町に来るということにリアリティが持てなかったおだ。おまけに自分たちは会社が終わってから、あるいは仕事を休んでお手伝いをしている。一緒に撮影現場でがんばった。

「なのに、なぜ、あいつらだけ金をもらうのか?不公平だ!」

と思ったのだ。スタッフは特別のスキルを持ち、そのために何年も経験を積み、機材を使いこなせるようになった人たち。それと会社帰りに手伝う自分たちを混同。何より、映画製作は街のためだ。オジさんは自分ががんばったことしか、考えていない。

これも映画人の仕事が分からないから起こる誤解。同じように、ジャーナリストがどんな仕事をしているか?多くの人は知らない。なのに、一般常識を押し付けて批判する。例えばサファリーパークでバスからライオンを見るツアーなのに、勝手にバスから降りて撮影するのはダメだ。それと同じように危険なところに勝手に行った奴が悪いという発想で、安田さんを批判しているのだろう。

ジャーナリストはサファリーパークの客ではない。特に安田さんは政府も情報を持たない戦闘地域に行き、現状を取材。それを世界に発信している。危険を顧みず行動している。それがジャーナリストという仕事だ。ジャーナリストほどではないが、僕は一時期ライターをしていた。

取材のときは自腹。借金で予算を準備。現地では自分で写真を撮る。戻ったら原稿を書き。出版社に持ち込む。ボツになることも多い。費用は全て借金として残る。原稿料が出ても、取材にかけた費用は全部回収できない。でも、伝えたいことがあり書いていた。

ジャーナリストもある意味同じ。特に海外に行くには費用がかかる。交通費だけでもかなりなものだ。危険が伴う。それでも報道したい!取材したい!という思いで出かけて行く。死も覚悟する。拉致され、3年も監禁。後藤健二さんの場合は殺害された。それを思うと無事帰って来れたことを喜んでも批判する必要はないだろう。

映画の仕事をしていても、撮影が終わると一般の人は「映画は完成した!」と思いがち。そこから3ヶ月以上の編集作業があることを知らない。朝から晩まで作業。精神状態がおかしくなるギリギリまでの戦い。ようやく完成。こう言われたことがある。

「お前、3ヶ月も何してたんだ? 撮影はとっくに終わってんだよ。映画監督って仕事しないて聞いてたけど、やっぱ遊んでたんだろ? さっさと上映しろよ!」

殴り倒そうか?と思った。だが、多くの人は映画がどんなふうに作られるか?知らない。知らないくせに聞きかじったこと。当て外れの想像。自分の仕事を当てはめて批判する。それも「俺はよく分からないけど」という躊躇や遠慮はなく、知らないのに強く決めつける。そして自分の業界のルールで批判、怒り出す。

映画監督というと女優と付き合ったり、飲みに行ったり、いい目をしているチャラい奴と思っている人もいる。そう決めつけて飲み屋で絡んで来る輩もいる。今時の女優は貧しい監督なんて相手にしない。よくあるのは監督は金持ちということ。それはハリウッド監督の一部だけ。現実も知らず、羨んだり、妬んだり、絡んだりする人がいる。

安田さんを批判する人々も同じだろう。ジャーナリストが偉いというのではない。それぞれの仕事にはそれぞれの苦労があり、どんな仕事でも命がけの人はいる。ただ、知らないことを安易な想像で批判するべきではない。自分が持たない情報はいかに真実を見誤るか?ということでもある。大切なのは貧しい想像で批判することではなく、情報を集め、真実を見抜く目を持つことだと考える。


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