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最近、考えていること。トランプ大統領は何をしようとしているのか? =余りにも嫌われている....そこが引っかかる? [トランプ問題]

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最近、考えていること。トランプ大統領は何をしようとしているのか? =余りにも嫌われている....そこが引っかかる?

「朝日のあたる家」を作るとき、かなり原発事故とその背景について調べた。専門家にも取材したし、被災者の方のお話も伺った。が、当時、まだ、事故がどれほど酷いものだったか?がそれほど知られておらず、一部の過剰に恐れる人と、多くの無関心な人に分かれていた。そんなときに友人に原発事故の現実。その背景にあるものを語ると、嫌な顔をされたことが何度かある。

今では多くの人が知っている事実であっても、当時は原発事故の恐ろしさを知らない人が多かった。さらに原発を取り巻く企業や政治の汚れた構図はあまり知られていなかった。そんなことを話すと、友人の多くは冷たい目になり、意見を言わなくなり、話を反らそうとした。

「そんなことある訳ないじゃん?」「頭おかしいのかよ? ヘンに刺激しないでおこう」

そんな表情。僕も取材を始めた頃は「マジかよーー」「ウソだろう」「国がそんなことしてたの?」「電力会社って何だよ!」と驚いたり、イラついたりの連続だった。が、まだ、映画の仕事をしている。多少の想像力があった。

さらにアメリカ留学をして、日本人が知らないこと、日本の習慣や常識にはないことがいっぱいあることを実感していた。自分が知っていることは全てではない。そんな経験があるので、自分の知識を超えていることでも、現実に存在する秘密や隠れた事実は存在するのだ。

それでも原発事故の背景は驚愕。それはのちに映画にするのだが、準備段階では多くが隠されて来た現実を知らなかった。しかし、考えてみると、先日書いた精神病の話も同じ。ある友人が病気であることが分かった。おかしな言動、奇怪な行動。理由を考えていた。といって錯乱して暴れたり、同じことを延々と呟いている、ドラマで出て来るような異常者とは違う。

本当に微妙。ただ、本人を昔から知っているので、その違いが分かる。調べてみると精神病だった。が、別の友人に話しても「昔からあいつはヘンだったからなあ」と言われる。さらに別の友人に伝えても「疲れているんじゃない?」と言われた。つまり、精神病の症状を知らないので、それが分からない。そして詳しく病気の友人の話をすると、のちに原発の話をしたときの友人と同じ表情になった。

「おかしいのは友人じゃなくて、お前じゃないのか?」

そんな感じだ。反論せず、黙って話を聞いているが、不安そうで、話題を変えたがる。友人でその反応だ。精神病や原発問題をさほど親しくない人い話すと明らかに拒否反応が出る。

「この人、何か特殊な団体の人?勧誘されるのかな? 怖い」

例えれば町を歩いていたときに、新興宗教の人に勧誘されたような感じ。関わりたくない。おかしい。揉めずに去りたい。そんな思いを感じた。まあ、僕は映画という仕事をしていることと、昔から「変わり者」と言われているので、友人たちもある程度のことなら、怖がらずに聞いてくれはする。が、もし、真面目な、例えば役所勤めの人が、その手の話しをしだしたら、「おかしくなった? 何があったんだろう」と思われるかもしれない。

原発のことは今ではもう、多くの人が背後関係も知っているが、事故直後は原発デモに参加する人は少しヘン。プロ市民。黒い奴ら。などと言われて忌み嫌われる部分があった。が、当時から、デモに行くと、一般の人が数多く参加しており、言われていることと違うこと感じる。怖いから行けないという声が当時何度か聞いた。そんな風に次第に事実は伝わり、広がって行くものなのだが、事故以前にマスコミは原発ムラについては伝えず。精神病に関しては今でもタブーである。

そんな知らない現実は、あり得ない現実。と一般の人は思い込む。マスコミはいつも隠し事をし、事実でなことを伝える。「真実を伝える」のがマスコミではなく、スポンサーに都合がいことを伝えるのがマスコミなのだ。そんな中、最近気になっているのがトランプ大統領という存在だ。

これも何人かの友人に話してみたが、過去と同じで皆、逃げ腰で聞いていた。が、その話は僕の推理というだけでなく、多くの関係者から聞いた話である。そもそものきっかけは、ある事情通から聞いた話。大統領選挙前だ。彼はいう。

「本当に問題なのはトランプではなく、ヒラリーだ。彼女が当選したら世界は大変なことになる」

マジですか? どう考えてもトランプよりヒラリーでしょう?だってトランプは「バック・トウ・ザ・フューチャー」のビフのモデルですよ? 見るからに悪そうだし。でも、思い出した。見るからに悪代官のようで、検察に陥れられた日本の政治家がいる。どれだけ調べても証拠が出ず、不起訴になった。その人についてもあれこれ調べていたのだが、マスコミがいう事実とは違った。彼の政敵こそが問題なのだ。

そこからトランプのこと調べてみた。といっても大したことはできないが、いろんな意見をネットで探す。その99.9%が批判だった。アメリカのどのメディアも彼を非難している。それを知ったとき、おかしいと思った。それだけ批判されるのはヘン。先の日本の政治家もそうだが、誰に訊いても「嫌い」「怖い」という。そのくせ「何が問題か?」と訊いて明確な答えをした者は1人もいない。マスコミによるイメージ操作?大々的な。それがあったことをあとで知った。

そんなことが現実に行なわれているのか?と思えたが、1980年代の「ロス疑惑」ーあのときは日本人全員が三浦一義さんが犯人と思っていたのではないか ? 実際僕もそう信じていた。が、裁判で彼は無罪となった。一審は有罪だが、罪状があまりにも非常識だから、二審で無罪。同じように怪しいからと、マスコミがガンガン報道すれば、皆、それが真実だと思ってしまう。とすると、トランプの嫌われ方もそれに似ている。

見るからに悪そうだが、それでは彼がどんな悪事を働いたのか ? どんな酷いことをしようとしているのか? その辺を注意して見るようにした。その後、別の方からも、先と同様の話を聞いた。
「ヒラリーやオバマこそが、諸悪の根源だ」と。その話も友人にしてみた。

「な、分けないだろう? オバマは平和主義者だよ。トランプこそが戦争屋で差別主義者。危険なんだよ」

では、具体的にトランプは何をしたのか? 友人は答えられなかった。オバマがどう平和主義者かも言えなかった。確かに広島には来た。イメージもいい。でも、トランプとどう違うか? 僕も答えられない。その内に北朝鮮問題が報道される。「アメリカが金正恩の暗殺を計画」とか「北朝鮮空爆」とか、イラクに続くターゲットは北朝鮮か?と思えた。

アメリカは10年に1度戦争をしている。それによって軍需産業が大儲けしていることは知られている。太平洋戦争、朝鮮戦争、ベトナム、湾岸、イラク、とアメリカは無理矢理にでも理由を作り戦争を始める。次は北朝鮮か? と思いきや、和平となったアメリカの大統領と北朝鮮の指導者が握手する光景がテレビで中継される。

なんじゃこれは〜!

僕らが生きている間には実現しないだろうと思っていたことが現実になった。それに先だって南北首脳が板門店で会い、握手している。平和条約も進んでいる。トランプさんいいの? 戦争できないよ? 軍需産業が儲からないよ? この辺から確信に変わった。それ以前からも聞いていたが、ある組織の存在。また、そんなことを書くと

「陰謀論好きだね〜」「頭おかしい!」

と友人たちに言われそうだが、それは原発問題を話しても、精神病を語っても同じ。多くの人は自分の知識や経験にないことは現実にはないと思い込んでいる。

昔、FBIの長官だったJ・エドガー・フーパーはこう言った。映画のモデルにもなった最長期間、長官を勤めた人だ。50年代に議会でマフィアの存在が話題になったとき、彼はこういった。

「マフィアは架空の団体で、噂になっているが、実存するものではない」

実はこのときフーバーはすでにマフィアの実態を掴んでいた。が、それを公表することで検挙率が下がることを恐れて存在しないと公言したのだ。そんなふうに政府機関は知っていても、国民に知らされないことは多々あるはず。その後、マフィアの裏切ったバラキによって、その存在が暴露され、世間を驚かす。マフィアは存在したのだ。同じように、巨大組織とか秘密結社というと、「陰謀論だ」「あり得ない」と反論する人が多いが、人は知識と経験から逸脱すると拒否する性質があるようだ。

話を戻す。つまり、南北の和解でトランプは戦争がしたい訳ではないことが分かった。むしろ、朝鮮戦争を集結させた訳である。では、その先の目的は何か? 戦争を止めることで何のメリットがあるのか? すでにジャパン・ハンドラーと言われたアーミテージやグリーンはもうホワイトハウスにはいない。トランプのいう「アメリカ・ファースト」の意味は?

先に書いたが、最初にいろんな意見を調べた。そのとき、ロバート・デ・ニーロも、レディ・ガガも、トランプを批判していた。が、映画関係でトランプを支持していた人が2人だけいた。クリントン・イーストウッドとオリバー・ストーンである。アメリカの汚れた歴史を見つめる作家たちだ。イーストウッドは
「しばらくは彼も見ていよう」
といい、ストーン監督は

「トランプは正しい」

と断言した。同じタイプの作家で批判するのはマイケル・ムーアだ。トランプを批判する映画まで作っている。どちらが正しいのか? さらに疑問なのは、日本のマスコミは自国の総理を批判できないのに、アメリカの大統領は批判していること。なぜ? 遠い国だから怖くないから? いえいえ、日本の歴代総理、アメリカに逆らった人は皆、引き摺り下ろされている。マスコミはどうなのか? そう考えて行くと背景が見えて来る。てな話しをすると、何のことだか?分かる人には分かり、そうでない人には毎度お馴染みの台詞が待っているだろう。

「頭おかしいんじゃない?」

「朝日のあたる家」以来、いろんな人がいろんな情報をくれる。元政治家、ジャーナリスト、専門家、作家、そんな人たちの話とネットで探した同種の情報。そして現実の動き。それらを並べて行けば、ある程度の流れ、どこに行こうとしているのか?は見えて来る。


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日本では精神病はタブー。マスコミは語らず、国民の多くは知らない。 [my opinion]

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日本では精神病はタブー。マスコミは語らず、どんな病気か? 国民の多くは知らない。

精神病になった友人がいた。それがきっかけで10数年前から精神病の勉強をしている。映画製作が忙しいので本当に時間があるときに、その種の本を読む、専門家にお話を伺うくらいだが、できれば精神科の講義にも出たい。なかなかチャンスはないが...。

精神病というと極めて稀な特別な病気と思われがちだが、そうではない。私たちのまわりに、その種の病気を患う人は数多くいる。その病気がどんなものであるか?の知識がないので、気付かないだけだ。

例えば、ネットを見ていてもそれと思える人がいる。特定の人をTwitterで長期間に渡って批判、攻撃するのも、精神病が原因ということがある。境界性パーソナリティ障害の場合。注目されたくて、愛されたくて相手を褒めちぎったり、逆に踏みつけて、批判したりという行動に出る。

悪意があるとかではない、それが症状なのだ。目立ちたがりとか、ヘンな人と思いがちだが、病気が原因なことも多い。が、難しいのは精神病の話をすると、多くの人が黙り込み、話題を変えようとする。ネットで書くと「差別だ」と批判する人も出て来る。

その精神病がどんなものであるか? 病状を説明しているだけなのに「人権問題だ」と騒ぐ。「***さんは***病だ」と特定個人を病気と決めつけ、批判するのが「差別」であり、病気について語ることは「差別」ではない。

が、多くの人は「精神病」というと、触れないようにする。知ろうとしない。そのために、身近に患者がいて問題を起こしても、それが病気のためとは思わず、対応を間違い、大きなトラブルになったりする。

マスコミも精神病には触れない。せいぜい「鬱病」。事件報道でも犯人が精神病である可能性が出て来たとたんに続報はなくなる。また、健康バラエティ全盛なのに「統合失調症」や「双極性障害」をテーマに番組作りはされない。

扱うだけで過敏な視聴者から「差別だ!」「人権侵害だ」というクレームが来るからだろう。結果、一般の人は精神病に関する知識が乏しくなり、そもそも精神病とはどういうものか?が分からず、包丁を持って暴れるような人が精神病と思い込んでいる人が多い。

だが、あなたの職場にも、大学のクラスにも、近所にも患者は必ず存在する。統合失調症は200人に1人存在すると言われる。僕はたぶん2〜300人の友達、知人、顔見知りがいる。その中に患者が3人いた。さらに、双極性障害、境界性パーソナリティ障害の患者もいて、様々なトラブルが起こった。が、病気ゆえのトラブルだと気付いているのは数人だけ。

やはり一般の人に精神病の知識がないので「何かヘンな人」「少し変わっている」という認識しかできない。或は「別のヘンなところはない。普通の人だ」「いやいや、いい子だよ。健気だし。応援したいな」と思っている人もいた。そのくらいに精神病は分かり辛い。

「***さんは精神病で奇妙な行動を取り、困っている」

と友人に相談しても、

「そうかなあ。普通だと思うよ。お前の方に何か原因があるんじゃないか?」

と言われたりする。僕が以前、その種の患者さんから攻撃を受けたとき、同僚にそのことを話した。彼はその患者のFacebookを確認したという。

「全然、普通でしたよ? 死ね死ね死ね!とか書いてませんよ」

そんなことを書いていたら重傷だ。結局、同僚は理解せず、僕の方がおかしいと今でも思っている。が、その患者の攻撃は執拗で、いろんな人が巻き込まれて多くの人が迷惑した。ただ、第三者が見ていると、内輪揉めとか、単なるトラブル、よくあること、にしか見えず。大きな問題であることが分からない。「仲良くしろよ〜」と笑顔で言ったりする。

分かりやすくするために別のいい方をしよう。インフルエンザにかかった友人がいたとする。彼は単なる風邪と思い込み、出勤する。会社を休むと同僚に迷惑をかけると考えた。が、会社に行けばインフルエンザが同僚たちに移ってしまう。下手したら学級閉鎖ならぬ、会社閉鎖になる。

そんな場合は欠勤することが大事。だが、当人はインフルエンザと気付かない。同僚の1人が風邪ではなくインフルエンザだと知る。

「会社へは来ない方がいい」

と忠告する。それを知った他の同僚たちがいう。

「お前、酷いな。あいつは風邪でも無理して会社に来ようとしているのに、来るなと言ったんだって? それって嫌がらせだよ。優しく応援するのが同僚だろ?」

インフルエンザを知らなければ「風邪だろう?」としか思わない。本質を知らず、大きな問題になるのを止めようとした、その同僚を非難してしまう。これが精神病患者が近くにいた場合と同じ構図だ。患者には悪意がない。が、病気のためにある種の非常識な行動。トラブルを起こす行動、言動を取ってしまう。

不謹慎だが、映画屋なので、SF映画を思い出してしまう。インベーダーが地球に潜入。友達や家族と入れ替わる。それに気付く主人公。でも、誰も分かってくれず、インベーダーは次々に危険な事件を起こす。

「ボディスナッチャー」とか「遊星からの物体X」のような映画だ。物語の主人公は1人、行動するが、友人や家族までがインベーダーを庇い、おかしいのはお前だ!と言い出す。

少し前に書いたが、Facebookでもそういうことがよくある。最初は「映画観ました。感動しました。友達申請します!」と連絡。毎日のようにコメント欄に激励、応援が書き込まれ、それに答えると、凄く喜んでくれる。

でも、仕事が忙しくなり、返事ができなくなると「無視された!」「裏切られた」「なぜ、返事をくれない!」と、そこからFacebookで悪口を書いてまわり、共通の「友人」にも「あの人は酷い。信用できない」と連絡。そんな人もいた。

中には病気ではなく、単に思い込みが強い人、常識の無い人もいる。が、その人の行動パターンを専門家に告げると、典型的な症状と言われた。が、それを見ていたある「友達」がコメントしてきた。

「優しさを持って接すればきっと分かり合えますよ〜」

だが、専門家はいう。

「関わってはいけません。自分の人生がダメになっても、その人を助けようという肉親のような思いがなければ避けるべきです。中途半端な同情で関わると、周りの人にも被害が及びます」

悲しい話だ。だが、先のインフルエンザの話と同じ。もし、インフルエンザという病気をその人が知らなければ、風邪だと思うし、まわりもその知識がなければ「風邪なら、がんばって会社に来いよ」というだろう。そのことでまわりが大変なことになるとこが分からない。

それを差別だ、可哀想だと、いうことで被害は広がる。が、日本の社会では精神病はタブー。誰も触れず、語ろうとしない…..。



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戦場ジャーナリストを批判する人々。似たようなことあったなあ?=映画業もよく当て外れの非難をされるからなあ。 [my opinion]

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戦場ジャーナリストを批判する人々。似たようなことあったなあ?=映画監督業もよく当て外れの非難をされるからなあ。

拉致されていた安田が帰国。昨日、記者会を行なった。その数日前からネットで、いくつもの批判が流れていた。数年前の後藤建二さんがイスラム国に処刑された件でも、無神経な声を数多く聞いた。年配のオジさんがこう言っていた。

「自己責任だよ。危ないところへ行くからだ。自業自得だね」

それなりの年齢。会社員。それなりの役職。家族もいる良識ある人だ。が、その発言はおかしい。後藤さんは旅行で危険な国に行った訳ではない。先に拉致された友人を受け取りに行ったと言われている。そして捕まった。が、その辺はしっかりと報道されていない。一説にはある大手テレビ局の依頼で行ったとも言われる。

おまけに、拉致されているときに、どこかの国のバカな総理が敵対する国に人道支援(結局、その国は戦費に使うことが多い!)を発表。さらに「テロには屈しない」と発言。その後、後藤さんは処刑された。その経緯をそのオジさんは知らず「自己責任だ」「危ないところへ行くからだ」「自業自得だ」と発言する。

そもそも、戦場ジャーナリストとはどんな仕事なのか? 僕らは知っているのか? 危険なところに行くのが仕事であることは分かる。なら「危ないところ行ったから、自業自得」というのはおかしい。なぜ、人は自分が知らない仕事に対して、事情も知らないのに、分かった顔をして当て外れな批判するのか?

思い当たるのが映画という仕事。何度か書いたが、地方で映画を作ると様々な誤解があり、揉めたり、ありえない批判を受けることがある。映画完成。いよいよ監督料を受けとるというときになり、地元の人にこう言われた。

「お前、ギャラ取るのか? 俺たちはボランティアでやってんのに、お前らギャラ取るの? 金のためにやってるのかよ?」

映画作りは仕事だ。農作物を作る。車を作る。家を建てる。それらと同じ。だが、その中年の社長は激怒していた。1つには映画作りは趣味の延長だと思っている部分。映画とか、音楽とか、演劇とか、そんなものは学生時代の趣味その延長。好きでやっている。それで金取るなんて、甘えているという発想。

また、自分たちの町のアピールのために映画を作っている訳で、お手伝いする市民はボランティア。それは最初から決めていたこと。東京からプロのスタッフを呼ぶ。一緒に撮影。その間に、その社長は「一緒にがんばる仲間」と思い始め、連帯感を持つ。撮影が終わり、スタッフ側がギャラを要求すると、「何でお前たちだけが!俺たちも一所懸命やったんだ!」という裏切られた気持ちになったのもある。

それはおかしな話で、スタッフは映画作りの技術を持っている。その社長はお手伝い。物を運んだり、車を誘導したり、そのことで製作部スタッフの数を減らし、人件費を少しでも浮かす。製作費を節減できる。それが理由。要は市民は町をPRする活動。スタッフは仕事。その両者が一緒に撮影した。

なのに、地元の社長が「俺たちも一生懸命やったのに」「ギャラがもらえない」「だから、お前らもノーギャラだ」というのはおかしな話。でも、映画撮影という特殊な状況の中で彼は、いろんな思い違いをしてしまったのだ。映画の世界は一般からは分かり辛く、誤解されることがよくある。

「映画監督は金持ち」というのも都市伝説みたいなもの。それはハリウッド監督の話。日本では映画だけで食える監督は5人くらいだ。「撮影が終われば映画は完成!」という誤解もよくある。その後に編集作業が3ヶ月ほど。ようやく完成したら、地元の人に言われた。

「監督。撮影が終わってから何していたんですか? 旅行でも行っていたんですか? さっさと上映してくれればいいのに〜」

遊んでいると思われ、その人は皆にこう言っていたらしい。

「あの監督はいい加減だ。あんなに撮影のとき、応援したのに、音沙汰なし。映画もさっさと上映してほしい」

近所の人も、映画に詳しくない。「そういえばそうだよね。撮影終わってもう2ヶ月。やっぱ、あの監督いい加減だね〜」と事実ではないこと。映画作りを知らないだけなのに「遊んでいる」ということにされ、ーボロボロになって編集しているのにー地元で批判されていたこともある。

「監督は女優を連れて飲み歩いている」

というのも、ときどき言われるが、監督はたいてい貧しい。女優は昔と違い、金のない監督を相手ににはしない。こんなのもある。

「結局、監督は自分が撮りたい映画を撮っているだけなんだよな。俺たちを利用して...」

そもそも「撮りたい映画を撮っているだけ」というのが変。撮りたくない映画を撮る方が大事なのか? もちろん、会社から依頼されて、撮りたくない映画を撮る監督もいる。しかし、巨匠・黒澤明監督もいう。

「監督が撮りたい映画を撮るから、いいものが出来る!」

そこが大事。それを「撮りたい映画を撮っているだけ」という批判は成立しない。実はその批判する人の価値観はこうなのだ。

「仕事は辛いもの。楽しいのは遊び」「嫌なことでも我慢してするのが仕事」「だから、撮りたい映画を撮るのは遊び。自己満足だ」

そして「俺たちを利用して」というのは、地方映画のときに言う人が必ず出て来る。例えば「町興し映画」なのに、その監督は町のアピールには繋がらないSF映画を作った。これはダメだ。町を利用して、自身が作りたい映画を作ったのだ。

しかし、SFでも、ミステリーでも、アクションでも、その町が舞台で、魅力が伝わる作品であれば、利用したのではなく、町のために映画を作ったということ。にも関わらず、当て外れな指摘をするのは、先の価値観。好きなことをするのは遊び。嫌なことを我慢してするのは仕事。つまり、その監督が暖めていた企画でその町を舞台に映画にした。自身が作りたいものを作った。だから、俺たちは利用された。というのだ。

暖めていた企画だろうが、その場で考えた物語だろうが、要は町のアピールになることが大事。それを「あいつは自分が作りたいものを作っている」という批判をするのは理解できない。黒澤も言う通り、監督は自分が作りたい映画を作ったときに、素晴らしいものができる。素晴らしい映画は観客が支持する。町のアピールに繫がる。だが、その人の価値観だと嫌なものを我慢してやるのが仕事。だから、やりたいことをやる監督はダメということだろう。

通常の仕事。会社員等の多くは仕事を好きでやっていない人が多いだろう。やりたい仕事はなかなかできないもの。だから、仕事=やりたくないもの。やりたいこと=趣味。と考えがち。その論理で映画の世界を批判しても当て外れなものになってしまう。同じように自分たちの業界、会社、一般の発想で、映画作りやスタッフを批判する人がいる。

先日からの戦場ジャーナリスト批判を見ていて、同じような愚かな意見が多く呆れた。ビートたけしという人はいつも分かりやすく、おもしろく、的を得た意見を言うと思っていたが、今回のジャーナリストを登山家に例えて「失敗だった」と批判するのも的外れだ。

ジャーナリストは登山家ではない。映画監督を証券マンに例えて論じられないのと同じ。先に上げた映画の仕事を自分たちの仕事の尺度で批判するのと同様の構図だ。給与や名誉以外の大切なものもある。映画人もギャラに見合うだけの仕事をしていたら、絶対に素晴らしい作品はできない。戦場ジャーナリストもきっと、僕らが想像しない何かを大切に仕事をしているはず。命を失うかもしれない。それでも危険地帯に赴き、情報発信をしようとする人たちだ。言われるまでもなく自分の責任で行動している。その仕事内容も詳しく知らない人たちが無神経にあれこれ批判する風潮。とても悲しい。




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