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2018年 最後のご挨拶 [2018]

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2018年 最後のご挨拶

年末年始も編集作業。ようやく変換作業が終わる。これで編集作業に専念できるが、もう大晦日。今年1年を振り返ってみる。2018年は何と言っても「明日にかける橋」公開の年だった。

12月 地元で完成披露試写会
1月〜 再編集
3月  沖縄取材
4月〜 宣伝開始
6月  東京・有楽町スバル座で公開
    沖縄取材
8月  ロスアンゼルスの映画祭に出席
9月  地元。静岡県公開
10月  全国公開
11月  沖縄ポスプロ開始
12月  沖縄取材ー編集開始

ほとんどが「明日にかける橋」そして沖縄取材。そして現在は編集作業。これであっと言う間の1年。多くの方々の応援支援で、「明日にかける橋」はヒット。地元TOHOシネマズでは9週間のロングラン。太田組作品の中でも記録的なものとなった。

1番の功労者は地元・実行委員会の皆さん。彼女たちの活躍なしに、記録的なヒットは望めなかった。映画の全国公開で多くの人が遠州の町々の美しさを知ることができた。明日橋を実際に見てみたい!と感じただろう。

さらに多くの友人、知人、地元の皆様。そして宣伝協力してくれた方々。ツイッター、Facebookで告知してくれた方。シェアしてくれた方々。多くの人の力があったことにも感謝したい。そんな皆さんの力があったからこそ映画を全国発信できたのだ。

そして多くの沖縄の皆さんの協力で、2年に渡る取材。来年、春完成を目指して「ドキュメンタリー沖縄戦」を現在編集中だ。本日の大晦日も編集。明日の元日も編集だ。素材は膨大。2月下旬までに編集を完了し、3月には仕上げにかかりたい。それには余りにも時間がない。ひたすら作業を続ける。

多くの皆様。本当にありがとうございました。良いお年を!



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脳の老化は新しいものを拒否してしまう。だから、新しいドラマを見て、脳の活性化? [my opinion]

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脳の老化は新しいものを拒否してしまう。だから、新しいドラマを見て、脳の活性化?

深夜に仕事を終了すると、毎晩amazonプライムか、Netflix。「24」を再見した後は新しいドラマを見るべく、あれこれ見ている。どうしても歳を取ると、新しいものが受け入れられなくなり、若い頃見たものが懐かしく惹かれる。僕も懐かしいドラマを見がち。それはそれで悪いことではないが、脳が老化している証しでもあり、過去の概念やパターンが受け入れやすいので....という側面もある。

おじさん達がプロ野球を見るのもそれだろう。子供の頃に覚えたルール。好きだったチーム。その二つがあれば楽しめる。過去になかった概念を壊すルールができたりしない。言い方はよくないが脳が老化したおじさん達でも、努力なしに楽しめるのが野球である。それはそれで必要であり、僕も子供の頃に見たアニメやドラマをamazonプライムで見つけると、つい見てしまう。

ただ、映画製作というのは時代の反映が大事。過去のルールや方法論で作っていると、受け入れられない。僕が20歳前後。1980年代前半。日本映画は本当に詰まらなかった。タダでも見たくないものばかり。今考えるとそれは、当時50代を超えた監督たちが、彼らが若い頃の価値観や感覚で新作映画を作っていたからだろう。

代表的なのは「嵐を呼ぶ男」1960年代に石原裕次郎で大ヒットした映画。それを1980年代にマッチ主演でリメイクした。過去の成功をもう一度、それを若い人気のアイドルを使って繰り返す。そこまでは理解はするが、監督が裕次郎版と同じ人。若い新鋭の監督が撮るなら分かるが、何じゃそれ!と思ったものだ。

今も政府は不況というと公共工事というが、それも昭和40年代の発想。なぜ、映画会社も政府も上の人たちって時代を読めないのだろう? 過去の方法論を繰り返すだけなのか?それは先に書いた通り、歳を取ると脳が老化して、新しいものを受け入れられない。過去の習慣やルールに縛られて、新しい時代に対応できない。

でも、これまでは時代の変化はそんなに大きくなかった。古い方法論でもそこそも通用したと思う。その古い方法論にプラスαすれば通用したりもした。価値観も過去の延長上にあった。それが来るべき新時代。これからの時代はもうそれではダメだと思えている。TOYOTAとソフトバンクの提携は車社会は一変させてしまうだろう。

世界の動きを見ていても、戦後以来の大激変が間も無く訪れることを感じる。そんな中で映画屋は何を作り、何を掲げて、何を主張していくべきなのか? 娯楽映画だってそれが必要。過去のスタイルを踏襲しても、何も伝わらない。と、長々書いてしまったが、そんな訳で新しいドラマも見るようにしている。

この数日は「ストレンジャー・シングス」スピルバーグSFドラマ。最初は全く共感できず、ギブアップか?と思えたが、3話を超えてようやく面白くなってきた。現在5話。まだウイルは見つかっていない。超能力少女が興味深い。今夜も深夜に続きを見る。



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「日本の発展のために原発は必要!」と今も信じる女性議員さん。でも、推進派ではない。高学歴! 背景を考えてみた。 [2018]

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「日本の発展のために原発は必要!」と今も信じる女性議員さん。でも、推進派ではない。高学歴! 背景を考えてみた。

商売柄、いろんな人に会う。もう何年も前だが、ある町の女性町会議員さんとお話しした。僕よりも若く、見るからに真面目。一流大学を出ている。その町のホープという感じだ。が、お話をすると???という感じを受けた。こんな発言があった。

「安部総理。頑張ってますね。とても頭がいいですね!」

今時なかなか聞けない発言だ。最初は皮肉か?と思ったが、そうでもないようだ。見るからにできるというその議員さん。なんでそんなことを言うのか?さらにこうだ。

「原発は必要ですよ。日本人が今の水準の生活を続けたければ原発を維持すること。やがて理解されるはずです」

これもビックリ。でも、彼女は原発推進派ではない。いずれの問題も、ちょっとネットで知られば、いくらでも間違いであることに気づく文章や資料が出てくるはず。ある種の人たちから金を受け取ったり、便宜を図ってもらっていることもなさそうなのに、なぜ、そんな発言をするのだろう?

短い時間の対面だったし、彼女の立場や詳しいバックグラウンドは分からない。金や名誉のために議員になった人ではなく、故郷に対する愛もある人なので、それらの発言がとても気になった。

改めて書くこともないが、安倍政権の横暴は多くの人が知るところ。世界中に日本人の血税をバラ撒き、国内では金持ちを優遇。一般人を苦しめ続けている張本人。日本を破壊。叩き売りしていると言える。

とても「頑張ってますよ」「頭がいい」とは言えない。もし、彼女がその派閥にいるなら分かるが、そうではない。また、原発事故も、未だ解決しておらず、避難したまま、多くの人が仮設暮らしをしている。なのに政府は世界中に原発をセールス、どこも買おうとせず。今や原発は高く付くエネルギーであると世界が認めている。

さらに言えば彼女が言う「日本人が今の水準の生活を続けたければ」と言うのは推進派がよく使う台詞だ。実際、原発は危険なだけでなく金のかかるエネルギーであり、火力発電だけで日本の電力は賄えるのは周知の事実。猛暑だった今年の夏。一度も節電キャンペーンはなかった。多くの原発も止まっていた。電気は足りているのだ。

このことは多くの国民がすでに感じている。なのに議員先生があんなことを言うなんて、かなり驚いた。原因は何か? 知性もある。思いもある。学歴もある。そんな議員さんのそれら発言の背景は? 想像するに彼女はテレビしか見ないのではないか?(特にNHK?) あと新聞。もしかしたら読売、産経を読んでいるかも? そしてネットはやらない。せいぜいメールくらい。

そして、その小さな町にも電力会社の回し者。あるいは勉強会と称する洗脳学習?が行われているのかも? 以前、原発に反対していた大阪の知事が途中でコロッと態度を変えたのは、電力会社が人海戦術で知事を支持する企業等を訪問。原発の重要性を説いて回ったからだと聞く。有力な支援者たちから言われれば、知事も反対しづらくなる。それが真面目な議員なら

「そうか....危険でも原発は必要なんだな。日本の発展には欠かせないんだ!」

と思い込むかもしれない。さらにネットをやっていなければ、反証や反論を知ることもない。そうして現実を見誤り、間違った認識を持ってしまう。総理頑張っている発言も、似たような背景ではないか?

実際、NHKニュースを見ていると、総理が頑張っているように見える編集がなされれている。街頭演説で「辞めろーー」とヤジが跳んでも、整音(映像業界用語で、背景のノイズを消して声を聞きやすくすること)されているし、前後のカットで印象操作もされている。僕は映像編集の仕事もするので、その辺はよく分かる。その人をよく見せるも、印象を悪くするのも編集次第なのだ。

田舎でネットをせずに生活しているお年寄りはNHKしか見ない人がいる。だから「総理頑張っているなあ」と言うことになる。しかし、彼女は若い。そこで考えたのだが、もともと状況把握能力が低いのではないか? バカといのではない。学歴は高い。それとは別。例えば家庭が裕福。1人っ子。父親が溺愛。都会で暮らしたことがない。

それらのことは状況把握能力が育ちにくい背景となる。困ったときは誰かが助けてくれる。真面目なので利用されていることに気づかない。いいところのお嬢さん。いくら学歴があっても、やはり別の話。

大臣なった議員が、各省庁の官僚たちに洗脳されて、消費税値上げ等に賛同してしまう話。よく聞く。いくら一流大学を出ていても、経済の勉強不足の議員など頭のいい官僚にかかっては敵ではない。

だとしても、様々な状況を知り、調べて、状況を把握することで現実は見えてくるものだ。でも、そのための能力というものもある。大人になっていきなり育つものではない。それが状況把握力なのだと考えている。


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怖い夢を見て目が覚める。まだ、外は真っ暗。夜明け前。 [2018]

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怖い夢を見て目が覚める。まだ、外は真っ暗。夜明け前。

だが、もう一度、寝ることもできず、起き出してこの記事を書いている。どんな夢だったか? 詳しくは覚えていないが、変な建物で撮影していて。俳優たちが全然言うことを聞かず、おまけに皆、素人。その上、建物が変で下の階に降りる階段が異常に狭くて、つげ義治の漫画にあったような感じで、次第に建物がから出られらなくなる。

編集のプレッシャーのせいか? 先行きが不安なせいか? 時々、夜中に目が覚めて寝られないことがある。映画界はなかなか大変な業界。華やかではあるが、生活は保障されない。何をすれば成功するか?という定義もない。スタッフはまだ仕事があるが、監督業と俳優業はさらにリスキー。

どちらもブレイクすれば注目されるが、宝くじに当たり続けるようなラッキーがないと続けられない。批判や中傷を受ける。妬みもある。あれこれ事実ではないことも言われる。中堅どころの有名監督は2人自殺している。お1人とは自殺の前年にお会いしていた。映画会社に失望しているとの話を聞かせてくれた。

俳優業も大変だ。精神的におかしくなる人もいる。女優に多いと聞く。繊細でないと演技はできない。でも、繊細だとプレッシャーに弱い。ノイローゼや精神病になる人もいる。僕も何人か知っている。以前は非常に気遣いをするいい子だったのに、今では発言がおかしい。長年に渡り自分を抑え、耐えてきたことで、何かが壊れてしまったようだ。

スタッフでも1人いる。発言がおかしい。もともと映画人はおかしな奴が多いが(お前が言うか?と言われそうだが)風変わりな人と精神病は微妙に違う。勉強すると分かってくるが、興味がない人にはどちらも「変な奴」と思えるだろう。その彼もしばらく仕事がなく、あれこれ奮闘しているのだが、前に進めずにいる。

映画関係に関わらず、世の中はストレスが多い。繊細でナイーブな人には生きづらい世の中。うつ病は「心の風邪」と言われるが、心は歪んだり、傷ついたり、血を流したりする。それは形として見えないだけで、病んでしまう。そんな時に自身を守る働きが精神病ではないか?と思えることがある。

多くの精神病は情報処理能力の欠如。まともに情報を受け取り、把握できなくなることで、間違った判断をする。それに基づいて発言するので、他者から見ると「あの人、何か変!」となる。しかし、まともに現実を受け入れると、心が壊れてしまうので、間違った判断で自分を守っているように思える。

これは精神病だけに関わらず、多くの人にも見られる反応だろう。「政治腐敗が酷い」「また消費税値上げ?いい加減にしろ」と思うが、自分には何もできない。テレビを見ると「アベノミクス。まだ道半ば」「安倍政権支持者。40%」とか言っている。「そんなアホな!」と思っても、そんな報道を受け入れることで「少しづつでも世の中良くなるだろう」と納得しようとする。諦めようとする。

そうしないと心が壊れてしまう。そんな気休めができないのか? 心が壊れた人たちがいる。嘘を言ってでも注目を浴びたい人。尊大な態度で人を踏みつける者。被害者を演じて他者を攻撃する人。周りにいる者は堪らない。

でも、今の時代。正気でいる方が難しいのかもしれない。そんな中でどう生きるべきか? 考える仕事が映画作りだと思えている。



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状況把握力とは何か?③ アメリカの危険なエリア、探検に行くという日本人たち。 [my opinion]

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状況把握力とは何か?③ アメリカの危険なエリア、探検に行くという日本人たち。

この能力。今の時代はとても大切だと思う。状況を把握し、問題点を見つけ、どう解決して前へ進むか?を考えるために必要な力。この能力に欠けていると、無意味なことに努力して、いつまでも問題が解決しないということになる。

しかし、日本の教育ではそれを育て育むためのものがなかった。1人1人は考える必要はない。状況把握はこちらでやる。その上で指示されたことを的確にやればいいと言う教育。その能力を選抜するのが、日本のシステムなのだ。

事実、義務教育の学科のほとんどは暗記が中心。あとは、与えられた公式に従って数式を解くような勉強。自分から問題点を探し、原因は何であるか?を探る授業はない。そのためだと思うのだが、状況把握力が著しく低い大人が多い。自分でものを考えない。誰かに言われたことしかできない。

子供に対しても「勉強しないさい」としか言えない。今の時代を把握すれば、与えられた勉強だけしていては、子供達が大人になった時に困るのは分かりそうなのだが、何をすべきか大人たちは指導できない。それは現状を把握できないから。なぜ、把握できないか? その種の教育を受けていないからだ。

学校を出て仕事を始めても、会社で上から言われたことをするだけ。自発的に何かを考えて、仕事をする機会は少ない。ただ、自営業の場合は求められる。あるいは、経営者。でも、大手はそれまでの流れに乗っていれば、今すぐ大きな問題が起きるわけではないので、能力のない2代目、3代目でも何とかなる。

しかし、大手でさえも間も無く訪れるであろう大激震を前には、その能力無くしては乗り切れないと思える。それはまた別の機会に語るが、多くの日本人は教育されていないために状況把握力が低い。例えば、海外旅行。アメリカのカフェで、椅子に荷物を置いて料理を取りに行く日本人が多い。

日本ではそれでいい。が、アメリカは犯罪が多い。荷物を置いて離れるなんてとんでもない。「だって、知らなかったんだ」というかもしれない。でも、周りを見れば、そんなことをしているアメリカ人はいない。よく見れば怪しい客だっている。貧しい人も街には多い。知らないだけでなく、そんな状況を把握する力に欠けているのだと思う。

LA留学中。後から来た若い日本人が危ないという地区にグループで探検に行くツアーを計画した。アホだ。危ない地区というのは本当に危ない。殺されるかもしれない。ナイフで脅されたり、銃で撃たれたりというのは映画の中の出来事。現実に起こると思っていない。それは勇気ではなく、サファリパークでライオンがいるエリアで、バスから降りるようなものだ。

そういう僕もアホの1人で、近くまで何度か行った。危険なエリアは近づくだけで、普通ではないものを感じる。五感を研ぎ澄ませていれば、これ以上進んじゃいけない!と感じる。が、その日本人グループはカメラを持っていき、浮浪者の撮影までしたという。動物園ではない。怒った浮浪者に追いかけられたというが、当然のことだ。

アメリカと日本は違うこと。考えれば分かるのに、同じだと考える。いや、考えないで日本スタイルで行くからトラブルになる。荷物を盗まれる。怖い目に遭う。

テレビで内閣支持率が高いと報道すれば、「へーーあんな総理でも支持されるんだね」と信じてしまう。「福島の汚染水はコントロールされている」と聞くと「それは良かった」と思う。「オリンピックで福島を励ます」と言われると「賛成だな」という。日本の状況、福島の状態を考えれば、そんなアホなということを疑わない。もちろん、マスコミが巧妙な情報操作をしていることはあるが、まんまと騙される人もいる。

それも状況把握能力の欠如が関係しているのではないか? 小さなこと。些細な声。自分が見た現実。そこから本質を想像することはできる。でないと、まやかしに踊らされて、時代に置き去りされてしまう。あるいは、ありもしない敵が攻めてくると、脅されて、まんまと利用される。今はそんな時代だ。大切なのは状況を把握する力だと思える。



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「幸せって何だろう?どこにあるんだろう?」そんな思いで映画作りを続けている [my opinion]

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「幸せって何だろう?どこにあるんだろう?」そんな思いで映画作りを続けている。

「子供たちに伝える大切なこと」が当初、僕の映画のテーマだった。が、その内、「子供たちが幸せになれないのは、親がバカだから」と気づき、テーマは「親子に伝える大切なこと」になった。

それからも何本か映画を撮り、「大切なこと」=「幸せ」と思えて「幸せって何だろう?」ということにも展開した。「向日葵の丘」で常盤貴子さん演じる主人公・貴子はいう。

「幸せって何だろう? どこにあるんだろう?」

それはお金持ちになることでも、有名になることでもなく、自分を応援してくれる友達がいる。想い出を語り合うことができる。そんな仲間がいることも幸せの一つではないか?というテーマだった。そのテーマを引き継いだのが「明日にかける橋」だ。

幸せを守るため、取り戻すためにはどうすればいいのか? そんなテーマで物語を作った。詰まらぬ噂に振り回される人がいる。金持ちに騙される人たちがいる。無神経に誹謗中傷する人がいる。世間に振り回され、人目を気にして大切なことを見失う人たちがいる。そんな中で人はどう生きるべきか? 何を信じるべきか? どう行動するべきなのか?を物語の中で伝えた。

そんな映画を作りながら思うことがある。僕だけでなく多くの映画監督は厳しい状況の中で仕事をしている。監督料は安い。映画だけで食って行けるのは日本で一桁しかいない。1本の映画が完成するまでに最低1年はかかる。

例えばギャラは100万円というと「へーー凄い!」と思う人もいるが、1年は拘束されるので1ヶ月で10万円以下になる。仕事量も多い。ブラック企業もビックリ。土日、祝日はもちろん。Xマスも、盆暮れも働く。今年は大晦日、三賀日も仕事だ。それでも大卒の初任給を稼ぐことはできない。映画の専門学校に行くと、よく聞かれる。

「監督で食って行けますか? 年収はどのくらいですか?」

正直にいうと、映画監督志望の生徒たちが皆、学校を辞めるのではないか?と思うので正直に言えない。それと、もし、金儲けをしたいなら映画監督ではなく、別の仕事をした方がいい。安定した生活をしたければ公務員になった方がいい。そういうと、生徒たちはいう。

「生活が安定しないのは嫌だなあ。でも、監督業もしたいし〜」

映画作りは戦いだ。特に監督業は世の中との戦い。時代との格闘。安定を求めること自体が理解できないが、そんな若い人は多い。ついでに言うなら、大手企業に就職しても今の時代は安定するとは限らない。倒産、リストラ。正社員になれない人も多い。現内閣のお陰で労働力は使い捨て。公務員だって近い将来、大リストラが実施されるだろう。

そんな時代の中で、安定を求める方がおかしなもの。日本はバブル崩壊で経済成長が終わり、あとは没落だけ。それが国の宿命。高く飛び上がるが、やがて落ちて行く。イギリスも、アメリカも同じ。そして2度と飛び上がることはない。生き物と同じ。大人になり、バリバリ働くが、やがて年老いて死に向かう。

もはや安定は保障されない。なら、好きでもない仕事をするよりは好きな仕事をする方がいいだろう。好きなことなら長時間働いても苦にならない。嫌な仕事をするから、長時間働くと苦になる。以前はよく言われた。

「映画なんて不安定な仕事せずに、就職したら?」

でも、今はほとんどの会社が不安定。会社員の友人たちには万が一に倒産したらどうする?と考えて、腕に技術を付けるべく会社帰りに専門スクールに通う奴もいる。そんな時代になったので、あれこれ言われなくなった。それと確かに映画業界の人件費は安い。だが、意味ある仕事がある。

原発事故の悲しみを伝えるために「朝日のあたる家」を作った。そして今回は「沖縄戦とは何だったか?」を伝えるドキュメンタリー。多くの人が共感し、賛同してくれる作品を作ることは意味を感じる。気がつくと多くの人が応援してくれている。もちろん批判し、誹謗中傷を続ける人もいるが、極少数だ。

本当に多くの人が声援をくれる。映画を作ることで喜ばれる。そんな仕事ができること。これもひとつの幸せではないだろうか? 例えブラック企業を超える労働時間で、収入が低くても、1人で7人分の仕事をしても、映画を観て感動したり、涙したり、考えたり、希望を持てたり、故郷の美しさを再発見してもらえること。大切なことだ。

映画だけではない。人に喜んでもらう仕事。正しい情報を伝えること。リラックスしてもらうこと。笑ってもらうこと。健康になってもらうこと。新しい知識を学んでもらうこと。誰かがハッピーになる仕事。それは収入を超えて、その仕事ができる人は、ひとつの幸せなのではないか?と思えている。



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業界はフットワークが軽くないとダメ。でも、拘わってしまうのだ! [映画業界物語]

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業界はフットワークが軽くないとダメ。でも、拘わってしまうのだ!

映像業をしている人。特にディレクターと呼ばれる人。例えば沖縄戦の番組を作るとなると、こんな行動をする。まず、本屋に行き「沖縄戦」関係の本を探し、2−3冊購入。(今ならネットで検索して詳しいHPを見つける)それらの本を斜め読み、良さそうな1冊をベースに番組を構成する。あとは現地取材。そして沖縄戦に詳しい先生を見つけ監修。それで番組を作ってしまう。

僕が「青い青い空」と言う書道映画を作った時。書道ブームで何本もの書道ドラマが作られた。そんな1本。脚本家は書道のことをほとんど勉強せず、スポーツドラマの公式でシナリオを書いた。。本来なら書道の魅力を織り込んで物語を作るべき。だが、映画を見ても書道の知識をうまくすり、ストーリーが展開する抜けて展開していた。

ドラマとしては成立しているが、これでは書道を題材にする意味はない。先のテレビディレクターといい、その脚本家といい、やっつけ仕事だ。しかし、業界でやっていくにはそれが必要なのである。真剣に題材を勉強していたら最低1年はかかる。それに見合うだけの給料やギャラはもらえない。仕事は次々にやってくる。

だから、その手の本1冊で済ませる。題材をほとんど勉強せずにシナリオを書く。だが、沖縄戦なら記録映像。書道なら筆を持ち書を書く生徒が写っていれば、題材に詳しくない観客や視聴者はそれなりに納得してしまうことが多い。適当なものでも「へーそうなんだ」と思ってしまう。

書道の映画でいえば、その作品。企画スタートから撮影まで3ヶ月。多分、シナリオは1ヶ月。調べたり学んだりしている時間はない。執筆だけで1ヶ月は必要。でも、ドラマとして面白い必要はある。だから、スポーツドラマのパターンを持ち込み。書道関係者に話だけ聞いて、書道を勉強しなくても書ける物語を作ったのである。

「酷いなあ〜」

と思う人もいるだろうが、テレビ映画の世界はそんな仕事をする人が多い。ただ、今***がブームと呼ばれてから勉強したのでは遅い。素早く、適当に仕上げることが業界的は大事。ただ、中身はないし、ブームが去れば誰も見ない。思い出すこともない。

僕がライターをしていた頃。雑誌に記事を書いていた。脚本家デビューする前。その時、編集者に言われた。

「太田くんは拘りすぎる。ライターはフットワークが軽くないとダメ。W杯があればサッカー。恐竜映画が公開されれば恐竜。と、身軽に動けないと読者の興味はすぐに次に行く。1つに拘り時間をかけていると、時代が変わってしまうよ」

その通りなのだ。そんなことで僕はフットワークが軽くないことを自覚。映画監督になってからは本当に自分が興味を持ったことだけをすることにした。書道は3年以上勉強。原発も徹底して取材した。今回の沖縄戦も2年かけて勉強、取材。

それだけではダメと思えて太平洋戦争、日中戦争も勉強。過去だけでなく現代も知らないといけない!と思え、日米地位協定、基地問題、日米合同委員会、トランプ大統領についても勉強した。それらは今回の作品には持ち込めない。が、それを知っていて作るのと知らずに作るのでは、まるで違うものになるのだ。

ただ、そこまですると、かけた年月に相応しいギャラにはならない。もともと監督料は安い。時間をかけるほどに日給、時間給は下がって行く。皆、それが嫌で、ほどほどにして本1冊で、別のジャンルの方法論を持ち込んで対応してしまう。そして悲しいことに、多くの観客はその違いに気づかない。

とは言え、見る目のある人には伝わる。感動のクオリティが違う。そしてブームが去っても、数年して見ても、時間をかけて作ったものの感動は変わらない。

と言うと、物凄いこだわりで仕事をしているようだが、僕の場合。フットワークが軽くないと言うことがある。今日はサッカー。明日は恐竜。と言うことができない。こだわると、その題材に2年でも3年でも執着する。と言うか執念深い。

山崎豊子さんの小説は大好き。その執着の権化のような作家だ。「白い巨塔」「二つの祖国」「沈まぬ太陽」「華麗なる一族」と徹底した取材で書いている。黒澤明監督の映画が時代を超えて愛されるのも同じ理由だろう。

そんなことで毎回、入れ込んでやるので生活が大変。過労で毎回倒れる。でも、だから、観客が感動してくれる作品ができるのだと思える。「沖縄戦」もそんな作品にしたい。



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編集は苦しい。でも、作品を見てくれる人たちの期待に応えるべく頑張る。 [映画業界物語]

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編集は苦しい。でも、作品を見てくれる人たちの期待に応えるべく頑張る。

このところ部屋に篭り編集。外出も近所の食堂とマーケットのみ。友人にも会わない。テレビも新聞も見ない。そんな生活をしていると、クリスマスであることや祝日であることも分からない。流石に師走であることは知っているが、このまま行けば大晦日、元旦も編集だ。

3月下旬に完全完成させねばならない。その上、2月末までに申告。さらに2月に「朝日のあたる家」上映会がある地域で開催され、上映後のトークショーに出ねばならない。どれも代わりにやってくれる人はいない。それらを考えると今年の内に少しでも編集を進めておきたい。

なのに数十時間に及ぶデータ変換を1からやり直し。さらに、編集ソフトもFINAL CUT Xにしたので使い方から覚えなければならない。こんなことなら「7」でやればよかったとも思うが、こう言う機会がなければ新しいものを把握することはできないだろう。

そういえば昨年の今頃は「明日にかける橋」完成披露試写会だった。その日に合わせるために、かなり苦しい編集作業をした。が、どうにか間に合い試写会。3000人も方々が詰めかけ、大盛況だった。

その9ヶ月後、つまり今年の9月に今度は地元の映画館で公開。再び大ヒット!9週間のロングランを達成した。そして来年1月には地元ららぽーと磐田で1日限りのアンコール上映も予定されている。本当に凄い!

毎回、編集は時間がかかり大変だが、そんな感じで半年後、1年後には凄い展開が待っていることが多い。その日を夢見て、映画を見てくれる人たちが感動してくれることを期待して作業を続ける。


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状況把握能力とは何か?②=その力が低い人が問題を勃発させる [my opinion]

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会社員なのに、バイト気分で会社で仕事をすると問題が起きる。バイトなら「すみません。明日休んでいいですか?」と気軽に言えるが、会社ならよほどの理由がないと休むことはできない。バイトは単なる時間給の労働力だが、会社員は保険や年金。様々な恩恵があり、社員を優遇している。退職金もある。それをいつでも辞められるバイトと同じに考えていてはマズイ。

まあ、そんな人は極々少数だろうが、会社で働いていると言う意識を持ち、自分の立場を把握すれば、誰でも分かることだ。では、これはどうか? 映画撮影にボランティアで行った。撮影現場を見られることは映画ファンには嬉しいこと。俳優の芝居を生で観れたりもする。荷物を運んだり、駐車場の整理をしたりの仕事だが、なかなか出来ない経験ができる。しかし、後になっても文句を言う人が必ず出る。

「何日も働いたのに1円もくれなかった」「記念品ももらえなかった」「招待券ももらえなかった」「馬鹿を見た」「利用された」

そんなことをあちこちで言って回る。この人もまた状況把握能力が低いと言える。まず、ボランティア。それは時給も給与ももらえない仕事。それを分かって行っているのに「1円もくれなかった」と言うのはおかしい。その代わりに日頃会えない有名俳優等にも会えるし、撮影現場も体験できるのだ。もし、お金が欲しいならアルバイトをすべき。

次に記念品や招待券について。それらがもらえる撮影現場もある。だが、ないところもある。最初にそれは告知される。にも関わらず、前の現場でもらえたからと、今回もらえないのはおかしい!と批判するのは当て外れ。会社によって給料も待遇も違う。バイトでもそれは同じ。しかし、その手の人は相手ではなく、自分の経験を優先して考える。

「前回の映画会社は記念のタオルをくれた。その前はボールペンだ。なのに、今回はくれない。酷い!」

でも、何もないことは告知されている。にも関わらず自分の経験を軸にして考えて相手を批判する。これも状況把握能力の低さを象徴している。把握の仕方が間違っているのだ。詳しく説明するなら記念品をくれる会社はそこそもの製作費がある。でも、一般のギャラを払うほどの余裕がないか? あるいはケチって記念品にしてしまうことが多い。

ボランティアの現場は本当に予算が少なく、プロも雇うのに苦労しているところ。そんな背景がある。むしろ記念品をもら得るところは、余裕があるので、ギャラを払わずに済ませていることが多い。それを批判するなら分かるが、本当に製作費のない現場を批判するのはどうだろうか? つまり、その人が状況把握ができず。当て外れな批判をしていることにもなる。しかし、そんな事情を知らない人が聞くと

「へーギャラが出ないの? 酷わねー」

と思ってしまう。本人は把握能力がないから、当て外れな批判をしているとか、最初にボランティアと言われていることを忘れて、

「私は被害者だ」「酷い目にあった」

と我に正義あり!とばかりに言い触れ回る。そのために、悪い噂が立ち、せっかく、その街でロケした映画のイメージが悪くなる。そんな風に状況把握能力が低い人が現場にいると、不必要なトラブルが起こり、罪のない人たちまでが加害者や被害者になることがある。

逆に言うと、そんなタイプの人がトラブルを起こしがちなのだ。映画現場でなくても、会社でも、バイト先でも、サークルでも、同じ。人が集まる場で、本来の目的を理解せず。別の価値観や個人的な思いを優先して行動する人たちは結果トラブルとなる。

だから、状況把握能力。とても大事であり。それに著しく欠ける人は注意せねばと、撮影の時はいつも考えている。



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状況把握能力とは何か?①=問題解決をして前に進むための力 [my opinion]

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状況把握能力とは何か?=問題解決をして前に進むための力

記憶力、想像力、分析力、などなど、いろんな能力がある。そんな中で僕は「状況把握能力」という言葉をよく使う。心理学や精神医学で実際に使われている言葉ではなく、僕が勝手に作った言葉だが、これがかなり有効なのだ。

どんな意味か? その人が今、置かれている状況を把握する力のこと。その能力が高い人はリーダーとしても優秀であり、問題解決や物事を進行させることができる。その能力が低い人は周りを混乱させ、問題を次々に起こし、物事を止めてしまう。

そう聞くと、能力の低い人はまるで悪の手先か? 敵国の工作員だと思てるだろう。しかし、やってることは同じ。違うのは、その人は「混乱させてやれ!」と思い行動するのではなく「良かれ!」と思ってやっていることが多い。が、結果、皆を混乱させてしまう悲しい存在となる。

では、その状況把握能力とはどんな能力か説明する。言葉通りに状況を把握する力だ。例えば映画製作なら製作費はいくらか? 撮影期間はどのくらいか? スタッフは? キャストは? スポンサーは?と、自分を取り巻く状態を把握、理解する。

そして、テーマ。その映画は何のために作られるのか? も把握する。商業映画で儲けるため? 町おこしのための地方映画? 社会問題を訴えるための作品? 芸術性を追求? アイドルを売り出すための映画? いろんな目的がある。それを理解し、把握することで、目的に向かってプロジェクトを進めることができる。

アイドル映画で芸術性を追求しても意味ないし、社会問題を訴える作品なら低予算で作らないと、大手企業の賛同が得られないことが多い。状況を把握すると、おのず方法論が決まってくる。そんな中で状況を理解する能力が低い人がいると、あれこれ問題が起こってくる。

例えば「今回は社会問題を訴える作品」とする。当然、製作費は低い。人件費も低くなる。スタッフは皆、2役3役せねばならなくなる。なのに「何で俺が別のパートの仕事をしなきゃいけないんだよ〜」と不満をいう。でも、それは仕事を受けた段階で想像の付くこと。それをいつもの商業映画の感覚でいるから、不満が芽生える。その切り替えができないスタッフは状況を理解する能力が高くないということだ。

撮影が遅れている。予算にも余裕がない。見ていると美術部の仕事が遅れている。「お前らのせいで撮影が遅れてんだろ!」と怒る奴が出てくる。でも、そうだろうか? 本当に美術部の責任か? 状況把握をしっかりすると、予算が少ないことで美術部は助手の数を減らされ、経験のない新人が助手。その上、美術費が極端に少なくて、捨てられたものを拾って来て作り物をしていた。

仕事が遅いのは十分な予算をもらっていないからだ。それを「遅い」と批判しても何の解決にもならない。状況からすると、予算は増やせない。助手の数も増やせない。なら、作り物を必要最低限にして、美術部の負担を減らすしか方法はない。監督に話して、セットの飾り付けを減らす等の対応をするべきなのだ。

「ギャラが少ない!酷い」という役者。でも、考えれば、彼は新人。経験も少ない。演技も大したことない。監督が好意で呼んでくくれただけ。ノーギャラもいいくらいだ。彼を呼ぶだけで交通費、宿泊費、食費がかかる。映画撮影に参加できるのは新人にとって大きなプラス。それに気づかず、ギャラが安いと不満を言う。

状況を把握できていない。ギャラの金額だけしか見ていない。己の実力、評価を考えず、バイト感覚で8時間働いたら8000円は欲しいと言うレベル。それを把握できず、監督の好意にも気づかず、不満を言う役者を呼んでも現場の空気が悪くなるだけ。彼もまた状況把握能力が低いのである。

現場で怒鳴るベテランスタッフ。昔はよくいたが、最近は少ない。それでは許されなくなって来たからだ。納得できる理由があればまだいい。若手がダレているの活を入れるとか。それが自分の不満や個人的な理由で怒鳴っているようではダメ。それも状況把握能力が低いと言える。

「イライラする!」「何で俺がこんな仕事をしなきゃいけないんだ!」「ギャラも安い!」「監督が新人でバカだ!」

そう思ったとしても、そこで怒鳴っていいことには繋がらないし、怒鳴っても問題は解決しない。例えば、その人が技術部であれば、自分の仕事をまず頑張ること。ベテランであれば新人の監督をフォローしてあげる。自分のいる立場と経験。何をすればプラスで、何がマイナスか?を考えること。

状況を把握していれば、そんな答えが見えてくる。なのに、自分から見える光景と個人的な感情だけで怒鳴ってしまう。それは他のスタッフのやる気をなくし、彼自身の評価を下げることにしかならない。そんな風に状況を把握できない人がいると、大変な事態がより大変になってしまう。

これは会社でも、組織でも同じ。その仕事は何が目的で、どんなメンバーが集まり、どのようにして進められているか? そして自分の立場。役割を理解すること。それが状況把握である。

太平洋戦争を勉強していても、米軍は日本の状況を把握した上で攻撃している。対して日本は、自国の戦力を過大評価。アメリカの力を過小評価。古い記録を参考に算段。武器がなくても気力で勝てると指示。

対するアメリカは驚くほどの日本の状況を把握していた。言えることは上にいる人間に状況把握能力がない国は国民が苦しむと言うこと。また、上にいる人間でなくても、状況把握ができない者がいると、仕事でも、撮影でも、次々に問題が起こる。

その意味で僕はスタッフを選ぶとき、その人に状況把握能力があるか?を見る。感情的過ぎないか? 立場を理解するか? を考える。映画撮影以外でも同じ。人を見ると言うのは「状況把握能力」が高いか低いか?を見ると言うことなのかもしれない。



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