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今夜です! 幻の映画「ひろしま」 NHK Eテレ 2019年8月16日(金)24:00~25:47 [2019]



「ひろしま」(映画)
NHK Eテレ 2019年8月16日(金)24:00~25:47

ETV特集「忘れられた“ひろしま”~8万8千人が演じた“あの日”~」(再放送)2019年8月14日(水) 24時00分~25時00分

番組内容

原爆投下から8年後。広島で空前絶後の映画が製作された。タイトルは「ひろしま」。撮影に参加した人の数は8万8千人。日本映画史上、最大級のスケールを誇る。原爆投下直後の広島で何があったのか?被爆者たちが自ら演じて再現している。この映画は、ベルリン映画祭で入賞。国際的な評価を受けた。しかし今、この映画の存在はほとんど知られていない。いったいなぜか?そこには、時代に翻弄された映画の知られざる事情があった。



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なぜ、人は安易に乗せられるのか? 確信もないのに騒ぐのか?=原発事故・鼻血事件から考える [my opinion]

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なぜ、人は安易に乗せられるのか? 確信もないのに騒ぐのか?=原発事故・鼻血事件から考える

「美味しんぼ」鼻血事件のとき。思い出したことがある。実はその漫画が出版される以前に製作した映画「朝日のあたる家」でも鼻血を流すシーンを描いている。

あの映画で描いたエピソードはほとんどが事実。いくつかの家族が経験をしたことを一つの家族にまとめてはいるが、創作はない。それがFacebookだったか、ブログだかに、ある女性からこんなコメントが届いた。

「私は福島に住んでいますが、鼻血を出した人なんていません。聞いたこともありません。私の周りにもいません」

これは特殊の人からの批判コメントではなく、本当に福島に住む人の言葉と思えた。それを読んだ他の人からもコメントが来た。

「ほら見ろ。地元の人もそう言っているだろ!」「不安を煽るな」「デマを振りまくな」

鼻血のことは福島から避難してきた人たちから聞いた。何人からも聞き裏付け取材もしている。また、その手の話はあちこちで聞いている。井戸川元町長は写真入りで記事をアップした。創作ではないし、伝聞でもない。鼻血を出した本人に確認している。では、先の女性コメントは何か? やはりネトウヨか?

さあ、ここからが大事なところ。その女性も嘘はコメントしていないだろう。彼女の周りでは本当に鼻血を出した人はいなかったと考える。では、どういうことか? 彼女は福島に住んでいるというが、福島のどこに住んでいるのか? 福島市? それとも福島県のどこか? 福島県には被害がほとんどない街もある。

もし、その女性がその街なら納得できる。あるいは福島市でも、全員が鼻血を出した訳ではない。ある地区ではゼロということあるだろう。また、ご近所づき合いが乏しい家族もいるだろう。鼻血を出しても他人には語らない人もいる。そんな環境にいれば「聞いたことはない」は嘘ではない。

ロスアンゼルスは犯罪が多い街。

僕が留学した時にも犯罪被害に遭った友人もいれば、6年もいて全く被害なしという人もいた。その友人が「ロスは安全ですよ。犯罪なんて見たことありません」と言ったらどうだろう。彼は嘘をついていないが、犯罪が多いのが事実だ。僕自身も強盗に遭ったことがある。

その女性は嘘はついていないと考える。が、問題は別のところだ。そのコメントを見て「ほら見ろ。地元の人もそう言っているだろ!」「不安を煽ることを言うな!」と言ってくる人たち。その人たちはその女性のコメントを精査せず、真偽も確かめず、福島のどこに住んでいるか? 本当に住んでいるのか?も確かめずに「ほら見ろ」と言ってしまう。

もしかしたら、彼らは原発推進派で鼻血をデマにしたいのかもしれない。でも、そうでなければあまりにも安易に物事を信じ込み、発言している。多分「美味しんぼう」鼻血事件も同じ構図だろう。人気漫画でもあり、世間に対する印象が強いので、推進派が組織的に抗議をしたとも思えるが「酷い」「かわいそう」「デマだ」と言うツイートに乗せられて批判した人も多いはず。

原作者の雁屋哲さん

がのちに経緯を説明しているが、漫画に描かれたことは全て事実に基づいている。雁屋さん自身が鼻血を出したこと。同行した記者も同様であること。それを元に主人公が鼻血を出すエピソードを入れたのだから問題はない。なのに「不安を煽る」「許せない」と批判したのがあの事件だ。乗せられてはいけない。裏を考えよう。具体的に考えよう。その言葉が本当に事実か? もし、

「あの人、嫌い!」「許せない!」「最悪!」

そう思った時は冷静に考えよう。戦時中の「米英鬼畜」も同じだ。アメリカ人は酷い。許せない!と言うプロパガンダに多くの国民が乗せられ一億総火の玉になろうとしたのだ。そのために多くの犠牲を出した。もう、乗せられてはいけない。


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「左派、右派」とかカテゴリー分けする人にはご注意!=時代について行けない人の意見は無意味ぜよ? [れいわ新選組応援]

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「左派、右派」とかカテゴリー分けする人にはご注意!=時代について行けない人の意見は無意味ぜよ?

いろんな人の発言を聞いたり読んだりする。有名な人であろうと、無名であろうと、ある部分に注意して読む。それは「右」とか「左」「ポピュリズム」とか「ファシズム」とやたらにカテゴリーをして説明する人。その手はまず信用しない。もし、これが動物学者ならいい。イヌ科の***という動物。霊長類の***とカテゴリーして分ける。

だが、政治や社会というのはどんどん変化している。複雑に多様化する現在を過去に作られたカテゴリーで分けてどうするの? 共産党といってももはや過去の純粋な共産主義の党ではなく、危険視されたのは昔の話。今は一番、市民目線の政策を訴えている。それを「共産主義」というカテゴリーで分けるの?

山本太郎を「左派ポピュリズムの台頭」というタイトルで記事を書いた人がいたが、これもお笑い。一般市民がなるほどねーとは思わない。左派って何? ポピュリズムは? という人の方が多いだろう。それはジャーナリストというより学者の発想。過去のカテゴリーで分類することで著者自身が把握しようとしている姿勢が見える。

今の時代を走る山本太郎を過去の物差しで測って、何になるというのだろう? それは古い価値観や尺度に縛られているということ。実際、その記事は酷かった。つまり、その人は山本太郎を過去の分類法で分け、過去の価値観で論じているから。

話が難しくなったので映画で例える。例えば映画評論家が「この映画はSFである」と書いたら? これもカテゴリー分けだ。しかし、1977年の「スターウォーズ」(つまりエピソードⅣ)以降。SFは多様な形で作られている。例えば「エイリアン」はSFだが、ホラーと言える。怖い怖い話。でも、「エイリアン2」はホラーとは言えない。「ターミネーター」のJキャメロンが監督したアクション映画だ。

さらにSFだけど文芸作品。ラブストーリー。青春もの。戦争物と、SFジャンルの中に多様なジャンルが生まれている。それを「この映画はSFである」と解説しているような人はかなり遅れており、今の時代についていけていない。それと同じなのだ。

社会を語るジャーナリストや評論家が「右」だ「左」だとカテゴリー分けするのは、いかに時代に着いて行けてないか?の証明でしかない。また、似たような表現で「ヒトラー」を使う人もいるが、その名前が出ただけで「ああ、この著者はその人物のイメージダウンを図りたいのね?」と思えてしまう。おまけにそんな人は、本当に一番ヒトラーに近いあの人を批判しない。

先日も「ヒトラー」を挙げて太郎さんを批判していた記事があったが、どこか共通するのか?という記述ゼロ。やはり、イメージダウンさせるためのプロパガンダ。記事もネットで調べた情報のみで書かれていたし!(挙げた2つの記事は以前に取り上げ、詳しく解説している)ということで、記事を読む時、話を聞く時、その種のカテゴリー分けや著名な悪人に例える人がいたら、「信頼できる人が書いていないな」と思い読むようにしている。



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監督業は「物事の本質を見抜くこと」=イーストウッドから教わったのはトランプの正体? [トランプ問題]

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監督業は「物事の本質を見抜くこと」=イーストウッドから教わったのはトランプの正体?

映画監督の仕事は「俳優への演技指導」と思っている人がいるが、芝居をしたこともない監督が指導なんてできない。伊丹十三やC・イーストウッドなら元俳優なので可能かもしれないが、演技指導というのは違う。ただ、その芝居が素晴らしいか? ダメか? を判断するのは監督。つまり、本物か? 偽物か?を見抜くのが仕事。

もちろん、人を殺すシーンで本当に相手を殺すわけではないので、演技はどこまで行っても嘘。でも、限りになく本物に近い嘘が素晴らしい演技。そのために俳優はずば抜けた演技力が必要であり、監督もまたずば抜けた「見抜く力」を要求される。

つまり素晴らしい映画を撮れる監督というのは、物事を見る目もあると言うこと。でも、トランプが大統領選に出た頃。「とんでもない奴が出てきたのなあ」と世間と同じように、僕自身もそう感じていた。その見方が変わったきっかけは、2人の名監督の言葉。C・イーストウッドとオリバー・ストーンである。

2人はアメリカの巨悪や醜い現実を抉り出す社会派作品を作り続けている監督。一番にトランプを批判しそうなのに、認めていた。逆に名優のロバート・デ・ニーロやメリル・ストリープは完全否定。公の場でトランプを否定した。これら俳優の発言を見て日本ではこう言われた。

「俳優があそこまで言うのだからトランプはよほど酷い奴。その発言をした俳優たちは素晴らしい!」

でも、それはおかしい。元々、アメリカの俳優は政治的な発言をする。日本の方がおかしいのだ。政治と宗教は語らない方がいいと言う変な空気がある。だから、ローラの辺野古発言とか批判される。そのくせデ・ニーロが言うと褒めるのはおかしなもの。また、俳優は若い頃から演技!演技!で社会を知らない人が多い。

デニーロが名優だからと、彼の批評が正しいか?は別問題。作家や評論家と違い、俳優は政治や社会を見つめ発信する仕事ではない。日本でも政権に利用され、PRに一役買う有名俳優やタレントがいる。同じように世間のことが分かっていないので、乗せられているのだ。実はデニーロも同じであること。あとで知るのだが、イーストウッドに話を戻す。彼は言う

「悪くないと思う。まあ、しばらく見てみようじゃないか?」

慎重な言い方だが、かなりの評価だ。尊敬する2人の監督が認めたと言うことで、僕も毛嫌いするのを止め、トランプ研究を始めた。巨匠が言ったからと正解とは限らないからだ。

その後、いろいろ情報を集め、事情通に聞きトランプはアメリカのドブさらいが目的であると分かる。彼のイメージを落とす大ネガティブキャンペーンが行われていたことも知った。多くの日本人、そしてマスコミまでもがそれに引っかかっている。それを詳しく書いた記事が先日の「トランプの目的」だ。2000「いいね」をもらった。多くの人が賛同してくれたが、今も「トランプは大嫌い!」と言う人は多い。

そのほとんどが断片的に見た彼のスピーチや否定的なマスコミの論調を鵜呑みにしている。巨大勢力は都合の悪い人たちを、思想操作した国民に攻撃させる。利用されてはいけない。そんなとき、また、超評判の悪い奴が登場した。「N国」の立花孝志である。これもとんでもない奴だ!が、同じくYouTubeや政見放送。暴力動画だけで決めつけず、研究してみたい。

トランプ記事=> https://cinemacinema.blog.so-net.ne.jp/2019-06-30-2



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