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Facebook友達に対しても一線を引きことが大事。監督業でないあなたも同じ? [my opinion]

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Facebook友達に対しても一線を引きことが大事。監督業でないあなたも同じ?

「監督業は俳優と距離を置くことが大事」と言う記事を書いたが、それはFacebookでも言えることだ。まだ、「友達」が1000人以下の頃だが、映画の宣伝をすると

「必ず見に行きます!」「応援しています」「映画見ました!」

とコメントしてくれる人たちがいて、とても嬉しかった。感想をアップして「***劇場で上映中」とかと応援してくれた。次第に親しくなり「健康に気をつけてください」「ファーストフードばかりじゃダメですよ」「次はうちの街で映画を撮ってください」と言うコメントが増えてきた。これも最初はありがたかったが、さらに加速する。

「こんなもの食べてちゃダメですよ」「そんな薬は飲んではいけません」

 「努力が足りませんよ」


あんたらは俺の親か!と言うものが増える。問題だが悪意はない。「友達」が2000を越えると、明らかに敵意を持った批判。嫌がらせ。皮肉。中傷が来た。議論をふっかけてくる人。そもそも、会ったこともない。年齢も分からない。仕事も、経歴も知らない。そんな人と議論にはならない。

映画についてなら、その人がどの程度の映画を知っているか? 単なる映画ファン? それとも業界関係者? 評論家を目指している? それが分からずに話合いは出来ない。また、日本人の多くは議論ができず。追い詰められると感情的になり、誹謗中傷を始めることが多い。本来、議論とは互いの情報交換と別の視点で物事を見つめるためのもの。なのに勝ち負けにこだわる。

「お前の映画は駄作なんだよ! 悔しかったら弁明しろ」

とか言ってくるが、その種の人の論点を見ると明らかな勘違い、知識不足であり、議論以前に解説をしてあげなければならないことが多い。Facebook上でそんなことに時間と労力を使わねばならないのか? それでなくても仕事でスタッフや地元の人とあれこれ打ち合わせ、議論することが多いのに家に帰ってから、見ず知らずの人とその対応せねばならないのか? 数年前から

「批判、誹謗中傷、アドバイス、質問は要りません」

と告知するようにした。それでも絡んで来る人は申し訳ないが「友達削除」させてもらった。ここでも言えること。初期の頃の僕は嬉しくて一人一人に返事をした。そのことで皆、親近感を持ち、プライベートな質問もOKと感じるようになった。本当の友達のように思い、食生活や健康にまで言及。だが、本当の友達ではない。年齢も、経歴も、仕事も明かさずに、顔写真も出さないでいて友達とは言えない。Facebook友達でしかないのだ。

でも、そう思わせたは僕だ。例え俳優ででなくても、皆が面白がってくれる仕事をしている者は自重し、一線を引くことが大事なのだ。いや、監督業だけではないだろう。一般の人でも同じ。線を引くことは大切なことだ。


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原発事故の悲劇を描いた映画「朝日のあたる家」の感想をツイート「山本太郎がれいわ新選組の代表に立つ予見的な役回りに見える」 [れいわ新選組応援]

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「朝日のあたる家」の感想をツイートしてくれた方がいる。ご本人の許可を頂き掲載する。

「朝日のあたる家」借りて見ました。立派な映画です。

中程と最後の長女の言葉が全く予想外で驚嘆した。

フクシマ中通りの身は事故後の施策の酷薄、残酷、不条理、理不尽を渾身の力で書かねばと思いました。

山本太郎がれいわ新選組の代表に立つ予見的な役回りに見え、

監督の力に敬意を抱きました。凄い!

(by夜は真夜中)



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監督業は俳優と距離を置くことが大事。親しくしてはいけない?その理由。 [my opinion]

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監督業は俳優と距離を置くことが大事。親しくしてはいけない?その理由。

もう、20年前ほどになるが、集まってきた俳優の卵たちのために無料のワークショップを月イチでやっていた。それ以外にも貧しい役者たちに飯を食わせたり、芝居にも連れて行った。決しても僕が経済的に余裕があった訳ではないが、招待券を頂くことが多かったので、有名な劇場での芝居は卵たちを連れて行った。いいものを見ることはとても大事。

僕が監督するときは小さな役でも起用した。役者のことをよく知らないと力を引き出すことができないと考えていた。どんな役者を目指しており、どんなことに興味があり、どんな思いで仕事をしているのか? 撮影現場は時間がない。小さな役の俳優とじっくり話す余裕がない。そんなとき、無名で若手でもやる気があることを知る俳優がいれば作品にもプラスだ。ところが、年月と共に卵たちとの距離感が狭まり、監督というより、理解ある兄ちゃん。オジさんと感じる卵たちも出てきた。ワークショップに遅刻する。欠席する。

「でも、監督はいい人だから分かってくれる」

注意しても彼らは親に注意されているような気持ちになっていた。僕が監督にするときは「俺は何かの役で出られるはず」と期待するようになった。応援しているからと全員を出す訳ではない。出演できない卵は拗ねたり、不満を言ったりした。

とにかくカメラの前に立て、ステージに上がって芝居をしろ!というのに「小さな仕事は嫌だ」「それは出来ない」と演技する機会を探そうとしない。そして自分から去って行った卵が「監督に切り捨てられた。酷い!」と言い触れ回る。それを鵜呑みにして離れて行く者もいた。友人の芸能マネージャーに言われた。

「俳優を育てるのは大変です。夢だ。プロだと言いながら彼ら彼女らは努力をしない。スポットライトを浴びた派手な世界にすぐ行けると勘違いしている。バイトがあるからオーディションには行けないという奴までいる。そうやってほとんどが潰れて行くんです。1000人いて1人がデビューできれば御の字。監督は監督です。僕らが育てた子たちを使っていい作品を作るのが仕事。俳優育成に時間や労力をかけるのは勿体無いですよ」

その通りだと思えた。その後、仕事でない限り俳優たちと会ったり、芝居に行ったりはしていない。距離を置くことの大切さを感じた。そうすることで、撮影現場では緊張感が持てる。親しければ「芝居でミスしたけど監督は許してくれる」と甘えてしまう。そう思わせてはいけない。だから「女優さんと飲みに行ったりするんでしょう?」とよく訊かれるが、それはない。監督業で大事なのは実は距離を置くこと。淋しい仕事なのだ。


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