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「天気の子」ー大切なことを忘れた大人に問いかける物語でもある。=侘しい子供達を追い詰めたのは誰か?(ネタバレあり) [映画感想]

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「天気の子」ー大切なことを忘れた大人に問いかける物語でもある。
=侘しい子供達を追い詰めたのは誰?(ネタバレあり)

ポスターのビジュアルを見ただけでは、この映画の感動は伝わらない気がする。が、僕は2回、この作品を映画館で見た。基本は若い人向けの映画。主人公は16歳の家出少年。僕のような間も無く60歳になろうオヤジが見るための映画ではない。でも、とても感動した。何度か涙が溢れた。「この涙は何?」自分でも理由が分からないけど、訴えかけてくるものがあった。

田舎から家出して東京に来た少年が、

苦労しながら、自立して行く。そして女の子と出会う。典型的なボーイ・ミーツ・ガール物語ではある。田舎から出てきてというのも、昔はよくあったスタイル。それを今の時代にあえて描いている。新しいのは、出会った女の子が「晴れ女」で雨を止めて、短い時間だが晴れにできる能力があるということ。

ここまでで興味深いこと。

ヒロインの描かれ方が10代の男の子が思い描く女の子なのだ。「ふふ」と可愛く笑う。行動的。好意的。女のいやらしさや打算がない。80年代のアニメに出てくるキャラ。「タッチ」や「みゆき」。そんなヒロインに10代の頃は憧れる。それが現実の女性と付き合うようになり、30歳を過ぎ、結婚すると「憧れのヒロインとは違うこと」を知る。その手の漫画家が言っていたが

「恋をたくさんして、いろんな女性と付き合っていたら、ラブコメは描けない。女性に憧れがあるから描ける」

この映画でもそれを感じる。監督は40代。でも、彼はいう。

「10代の頃の憧れ、ちょっとした思い。そんなことを今でもリアルに思い出すことがある」

それを物語にしている。凄い。人ごとではない。僕も40代で女子高校生を描いた映画「ストロベリーフィールズ」を作った。オヤジたちは「今時、こんな子はいない!」というが、2つ間違っている。物語は昭和40年代。今時ではない。そして今でもそんな子はいる。ただ、オヤジたちの興味が援助交際とかそっちにしか向いてないので、マスコミが煽るその手のニュースしか聞かないだけ。実際、そういう親父で10代と接点がある人はいなかった。情報源は週刊誌だけだ。

「天気の子」の構図は少し違うが、

忘れかけていた、あの頃のときめきとか、憧れを思い出す。「この子のためになら人生かけてでも!」大人になると打算と計算で汚れて行く中、そんな思いで主人公は彼女と弟を連れて逃げる。だが、泊まるところはなく、やっと見つけたラブホテル。少しネタバレになるが、そこでカラオケを歌い、インスタント食品を食べて、幸せに浸る子供達。

涙が溢れる。今時の子供の幸せってこんなものなのか? いや、きっとこんなものなのだ。豪華なステーキやシャンパンではなく、侘しいカップラーメンやたこ焼き。そんなものを食べて、気の合う仲間とカラオケを歌う。それが幸せ。でも、そうなのだ。そんな貧しい幸せしか求められくなってしまった。大人たちが、社会が子供達を追い詰めてしまったから。逃げ場をなくしてしまったから。

この映画を見て「小さな恋のメロディ」

と「リトルロマンス」を思い出した。それらもローティーンの男女が大人たちに理解されず、引き裂かれそうになり、逃げ出す物語。いつの世も大人たちは自分たちの価値観を子供たちに押し付けようとする。それが古びて腐りきったものであったとしても。そして「天気の子」はクライマックスで、あの「傷だらけの天使」の代々木のビルへ!

この辺はもう「頑張れ、穂高!」と願わずにはいられない。結婚式を挙げようとしたメロディとダニー。サンセットキッスをするために飛び出したダニエルとローレン。それを邪魔する大人たち。同じ展開。そしてこの映画が他と違うところ。昔の主人公は自分が傷ついても多くの人を救おうとした。が、彼らは世界より、自分たちの小さな愛を選ぶ。

でも、今の時代はそれが正しい。

世間が国のため、正義のためと誘導し、影で笑っている金持ちが儲ける時代。それなら確かな自分たちの愛を守ろう。大切にしよう。ただ、そんな風に考えてしまうのはなぜだ? そんな世界を作ったのは誰か? それを考えねばならない。これは子供達の物語だが、大切なものを忘れてはいないか?を大人たちに問いかける映画でもある。本日もサントラ盤を聴く。


(下写真 映画の舞台となったビル。「傷だらけの天使」ではこの屋上でショーケンが暮らしている設定)

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映画「新聞記者」に感じた疑問⑤ー終 スポンサーを見れば一目瞭然。政府批判の映画でないことは分かる? [映画感想]

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映画「新聞記者」に感じた疑問⑤ー終 スポンサーを見れば一目瞭然。政府批判の映画でないことは分かる?

前回までで疑問は全て解けた。この映画は「安倍政権批判」とか「政治の闇にメスを入れる」という映画ではなく、昔の「事件記者」タイプの物語を現代版として焼き直したもの。エンタテイメントとして見ればいい映画だ。演出もいい。俳優も素晴らしい。カメラもいい(ただ、新聞社内のシーンだけ「24」的な手振れ感を出そうとしてやり過ぎて船酔いする)面白くできた映画だ。あえて文句をいうと、シナリオはしっかり取材して書いてほしい。まして「原案 望月衣塑子」と謳うのなら記者、新聞社に関しては調べて書くべき。

というのは日本映画では題材を調べずにシナリオを書くことが結構ある。僕が以前に担当した「女子高生コンクリート詰め殺人事件」Vシネマだが、意欲作で実際にあった事件を実名で描くというもの。僕はその脚本を担当した。が、プロデュサーが「時間がないから調べずに書け」と言い出した。「実名で描くのにそんなことは出来ない。あとで告訴されて困るのはあんただ!」と毎日のように衝突。が、彼だけでなく別の作品でも似たようなことがあった。例えばサッカーの物語なのにサッカーを取材せずにシナリオを書けと言われる。

僕は取材にこだわる(だから嫌われて二度と呼ばれない)が、あれこれ圧力をかけられ、嫌がらせをされ、急がされる。それに屈してとりあえず書いてしまった脚本家もいるが、サッカーの話なのにサッカーを見事に避けて物語を作っていた。もう別の作品。あるいは取材費がないから、サッカー漫画を読んで書く人。ネットで適当に調べて書く人。脚本家もPも、取材する大切を理解しない人がいる。この「新聞記者」もその1本。思わせ振りの宣伝も問題だが、僕はそちらが気になる。

それも朝日新聞と東京新聞が協力している作品。いくらでも取材は出来たはずだ。内調のあのネット工作部屋を見て爆笑した人も多い。調べる気ゼロ。ネトウヨを想像だけで描いたのだろう。だが、特筆すべきは先に書いたが「安倍内閣を斬る」作品と思わせて、全く普通の映画ということ。解説に4回も費やしたが、実は簡単に説明することができる。スポンサーを見れば一目瞭然。

まず、KADOKAWA。角川である。そしてビデオ会社。朝日新聞。多分、こんなやりとりがあっただろう。朝日には「政権を鋭く批判する新聞社が活躍しますと説明。イメージアップになるので出資。角川には「原案を貴社の本にします。映画化すれば売れますよ」そう望月さんの本「新聞記者」は角川書店。だから、全く引用しなくてもクレジットから外せなかったのだ。そして、もう1社。それがイオン・グループだ。

「参議院選前に公開します。政権の腐敗を描いた映画です」

そう言われれば「いいねー」と思うだろう。イオンは元民主党の岡田さんのファミリー会社。全員がニコニコ。あと、大事なのは政権を本気で批判しないこと。安倍政権がモデルだと思われないこと。横槍が入るとマズイ。だから、官房長官の会見シーンはないし、総理も登場しない。伊藤詩織さんの事件もヒロインは追求しない。そんな風に各方面から文句が出ない対応。そして観客には「安倍政権を斬る社会派」というイメージを植え付ける。

商売として見事。通常、政権を批判する映画は先のような大企業が出資したりしない。つまり、スポンサーの名前を見れば政権を斬るとかタブーを破るという映画でないことはすぐに分かる。物事を見抜く目の大切さ。騙されやすさ。この映画からも多くを学んだ。



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映画「新聞記者」に感じた疑問④ 思い込みで見に行き、思い込みで賞賛。非常に今日的な作品? [映画感想]

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映画「新聞記者」に感じた疑問④ 思い込みで見に行き、思い込みで賞賛。非常に今日的な作品?

これまでのまとめを書く。この映画のヒロインは望月衣塑子さんではない。劇中に登場する政権も安倍政権と似た部分はあるが、モデルにしているわけではない。物語は完全にフィクション。新聞記者や新聞社のあり方を徹底取材したものではなく、作家が想像で書いたものである。それは作品を否定することではなく、同じような映画はたくさんあり、エンタテイメントとして楽しまれている。

言ってみればこの映画は昭和40年代に流行った「事件記者」もの。僕もよく見ていた「特捜記者」もそうだが、記者が政界の腐敗ネタを掴み記事にしようとするが、横槍が入ると言う王道の現代版。今風にするためにネット工作のエピソードや伊藤詩織さんを思わせる事件を取り入れるが、それほど深くは切り込まない。それを多くの人は「望月さんをモデルにした女性記者が安倍政権を斬る映画」だと勘違いしたと言うのが真相。というところまで書いた。

つまり、この映画は娯楽映画なのだ。ではなぜ、望月さんがモデルでもなく、著書からエピソードを借りるわけでもないのに「原案」とクレジットしたのか? 彼女や前川さんまで特別出演させたか? そしてヤバイ話でもないのに、「ネットで攻撃を受けた」と関係者が発言したり、雑誌が「有名女優が出演拒否したので、韓国の女優を起用した」と記事にしたりしたのか? そのために観客にこう思ったのだ。

「望月さんがモデル。安倍政権に斬り込む。かなりヤバイ物語なので有名女優は出演拒否。韓国から呼ぶしかなかった。ネットで攻撃もされるし、伊藤詩織さん事件も描かれている。望月さんや前川さん本人が出ているし、かなり本格的な社会派だろう」

でも、そうではなかった。一般的な娯楽作品。政治や新聞についてもさほど取材せずに、想像で書かれた脚本だった。誤解したのは観客の勝手だ。制作サイドは単なる娯楽作を作ろうとした? そうだろうか? だったらなぜ、フィクションである娯楽作品に望月さんや前川さんを出演させたか? そんな形を取ることはあまりない。また「原案」と言いながら、何の引用もしない望月さんの本。

これらから言えるのは作り手も「リアルな政治ドラマ」と誤解してもらおうという意図があったのではないか? もっと、うがった見方をすれば、「これはタブーを超えた安倍政権批判」と話題にさせたい。ただ広がった時。急に官邸から電話が来て「反政府映画だ」と言われると困る。だから、物語には安倍も菅も登場しない。伊藤詩織さんの事件も詳しく説明しないし、追求もしない。批判されたら「いえいえ、これは安倍政権がモデルではありません」と言う。実際、架空の政権を架空の記者が追う物語なのだ。

でも、観客には誤解してほしい。その意味で「特別出演」「原案」そして「主演女優拒否情報」「韓国から女優を呼ぶ」「ネットで攻撃もされている」さらには「参議院選前に公開」という演出をしたのではないか? いけないことではない。映画はその手のあざといくらいの宣伝をするもの。

その思惑は当たり。大ヒットした。僕を含め多くが思い込みで、期待して映画を見た。が、思っていた物語ではなく失望。何ら安倍政権に斬り込んだ部分はない。内容は昭和40年代の記者ものだ。十分な取材もせずに、書かれた脚本。ただ、一部はそれに気づかず「安倍政権に斬り込んでいる。今、日本人が見るべき映画!」「よくここまで描いた!」と評価するが、どこにも斬り込んではいない。何ら闇の解明もしていない。作り手は安全地帯にいる。非常に今日的な映画なのだ。(次回完結)


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映画「新聞記者」に感じた疑問③ この映画は安倍政権に斬り込む物語でもない? [映画感想]

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映画「新聞記者」に感じた疑問③ この映画は安倍政権に斬り込む物語でもない?

前回はこの映画のヒロインのモデルは望月衣塑子さんではないということを説明した。解説にも、パンフレットにも、モデルであるとは書かれておらず、彼女の本が原案だが、そこからエピソードは使われていない。女性記者という部分だけが映画になっている。つまり映画のヒロインは完全な創作であり、望月さんがモデルとかベースではない。ただ、なぜか、彼女の本が原案としてクレジット。特別出演しているので、彼女の物語か?と勘違いする観客が多くいたということ。

では、物語を見てみよう。ヒロインが追求する政府というのは安倍政権がモデル。これも検証してみよう。まず、伊藤詩織さんをモデルにしたと思える事件が劇中で紹介される。が、その事件をヒロインの女記者は追わない。ただ、紹介されるだけだ。本筋は家計学園をモデルにした事件。

そして望月さんをモデルにした訳ではないにしても、彼女の本を「原案」にしているのなら、官房長官の会見の場面をなぜ入れなかったのだろう? 疲れた死神のような俳優。例えば故・天本英夫さんのような俳優に官房長官を演じさせ、ヒロインが食い下がるような場面があれば盛り上がる。が、それはない。菅官房長官を思わす役も登場しない。菅だけでなく、安倍総理を思わせる役も登場しない。もし、安倍政権をモデルにするなら、あの2人を思わせる役は欲しい。なぜ、登場させなかったのか?

先の伊藤詩織さんがモデルの事件でも劇中で報道されるだけであり、ヒロインの女記者が会見に臨み、直接質問したり、本人の話を聞くという場面はない。事件の再現場面もない。あの事件を思わせる報道が劇中であるだけで、ヒロインは切り込まない。総理も官房長官も出てこない。伊藤詩織さん事件にも切り込まない。もしかしたら、ヒロインが望月さんだと勘違いしたように、劇中で描かれた政権も安倍政権という訳ではないのだろうか?

加計学園を思わせる事件も、総理と友人による癒着という説明はあるが、総理役と加計孝太郎をモデルにした人物がゴルフをしたり、ビールを飲んだりする場面もない。言葉による説明だけだ。もしかしたら、これも観客が加計学園問題だと勘違いしているだけで、架空の事件という設定なのではないか? もし、加計学園がモデルであり、現実ではできなかったことを追求する物語なら、それらしさを出すはずだが、内容的にもテレビで報道された程度のものしか描かれていない。

では、内調のネット工作の場面はどうか? 他は安倍政権でなくても成り立つが、あのネトウヨ作戦はあの政権が始めたことだ。が、ここもおかしい。実は政治の舞台裏で活躍する知人がいて、その件を聞いた。ネット工作は職員ではなく、一般の人をうまく巻き込んで政府批判者を叩くというやり方。

つまり、白いYシャツの公務員があんな風に官庁内でネット工作をしているわけではないそうだ。他からも聞いたが「内調はいろんな省庁からの出先機関。あの手の作業をするとすぐにバレる」とのこと。つまり、あの場面も創作。

また、ヒロインの新聞記者としての振る舞い、記事が掲載されるまでの経緯もおかしい。「取材してないな!」と元新聞記者がどこかでコメントしていたが、その通りだろう。劇中で編集長らしき男性が承認するだけで簡単に一面トップの記事になっていたが、そんな簡単には行かない。

また、ヒロインは事件の裏付け取材もしていない。この辺はもう創作というより脚本家が調べずに書いたのではないか? だとすると、加計学園を思わす事件が物足りないのも、新聞やテレビの情報だけでシナリオを書いた。さらに望月さんにも取材せず、彼女が映画を監修したということでもないという。

安倍政権に斬り込む物語と思いきや、安倍も菅も登場せず、家計事件も輪郭だけ、新聞社の描写も取材せずに、想像で描いている。内調のネット工作も想像。ほとんどが取材せずに、想像で書かれていることが分かる。もし、政権に斬り込むのが目的なら、徹底的に取材して、僕らが知らなかった暗部を暴く展開をフィクションとして見せるはず。でも、それはない。全てが創作なのだ。何なのだろう? 

総合すると、この映画は安倍政権の暗部に斬り込む話ではないということ。従来のエンタテイメント。新聞記者が実際にはない架空の事件を追い、解決する昔ながらの物語であるということだ。では、なんでそんな映画にしたのか? 別方向から見ると答えが出る。



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映画「新聞記者」に感じた疑問② 驚愕の事実。=知らなかったのは僕だけか? [映画感想]

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映画「新聞記者」に感じた疑問② 驚愕の事実。=知らなかったのは僕だけか?

大ヒット映画の疑問を語るのは難しい。が、私も疑問に思えた」「スッキリしない」とのコメントもたくさん頂き、同じように感じている人もいることを知り、僕だけではないと安心。さあ、続きだ。

前回は望月衣塑子・著の「新聞記者」(彼女の記者生活を描いたエッセイ)を原案として描いた映画なのに、俳優は韓国の人。設定は帰国子女に変更され、望月さんの経験がエピソードに生かされていないことを上げ、製作サイドは彼女に対するリスペクトや関心が薄いことを感じた。

アメリカ映画「大統領の陰謀」は実在のワシントンポスト紙の記者、カール・バーンステインとボブ・ウッドワールドを主人公にした物語で、RレッドフォードとDホフマンが演じた。彼らを日本人にしたり、イタリア人にしたりと言う変更はない。それどころか2人の名優が髪型やファッションまで本人に近づけて演じていた。それに比べると寂しいものがある。

何よりの疑問は望月といえば、官房長官の記者会見を一番に思い出す。無視されたり、質問できてもすぐに「手短に!」と注意を受ける。毎回、まともに答えてはもらえない。なのに望月さんは粘りつよく鋭い質問を繰り返す。そこに共感し応援したくなる。なのになぜ、そんな彼女の勇敢な行動が描かれていないのか? そこが一番の疑問点だった。が、あれこれ調べて気が着く...。

日頃から僕は、繰り返しFacebook等で記事にしていることがある。「思い込み」の危険性だ。事実と違うことを思い込み、全体が見れなくなること。それを自身で犯していた。あの映画は望月さんがモデルではない。パンフレットを読み直し、ネットの映画解説、プロデュサーのインタビューも確認したが、モデルとはどこにも書かれていなかった。

つまり、望月さんの本「新聞記者」を原案にしてはいるが、そこから思いついたフィクションの物語。全くの別物なのだ。「でも、原案だろ?」と思うが、映画に生かしたのは「頑張る女性記者」という部分だけ。だから、韓国の俳優が演じてもいいし、設定を帰国子女にしても問題ない。だって、望月さんじゃないから!実在しないある女性記者の物語なのだ。 

もっといえば彼女の著作「新聞記者」が原案だと言う必要もない。女刑事のドラマを作るのに原案はいらないのと同じで、女記者もたくさんいる。わざわざ原案を謳い、クレジットする必要はない。だからリスペクトも感じなかったのだ。ではなぜ、わざわざ原案と謳ったのか? さらに、モデルでもない、原作者でもない望月さん本人をなぜ、映画に特別出演させたのか? 

その2つ原案と特別出演があるから、僕は彼女がモデルの物語と思い込んでしまった。他の観客はどうだろうか? あなたはどうだろう? 「望月さんがモデルではない!」と思って見た人はいるのか? 原案=望月衣塑子。主人公は女新聞記者。本人が映画に特別出演。とくれば多くの人が彼女がモデルであり、主人公だと思うのが通常だ。 

では、なぜ、そんなことをしたのか? 答えは物語をじっくり見ると分かってくる。特に内調のシーンとか...(続く)



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映画「新聞記者」に感じた疑問① 原案となった本。読んでいるが.....次々に疑問が? [映画感想]

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映画「新聞記者」の原案となった本。読んでいるが.....次々に疑問が?

大ヒット中の映画「新聞記者」とても好評だが、僕はかなり引っかかるものがあった。そこで原作ではなく、原案とクレジットされている東京新聞の記者・望月衣塑子さんが書いた本を読んでいる。これは小説ではなく、子供時代、学生時代、東京新聞入社、新人時代から現代までの自伝的なエッセイである。

読むと、なるほど、あの官房長官に食い下がる彼女の背景がよく分かる。記者というと男性というイメージが強いが(もちろん偏見です)それを彼女は覆している。そんな望月さんの葛藤と活躍。挫折と反省が綴られた本でとても興味深い。だが、半分以上読んだが、引っかかるものがある。彼女のエピソードが映画で生かされてない。

もちろん、原作ではないし、原案。原作でも主人公のキャラクターだけ借りて別の物語ということもある。だが、望月さんという実在の人物をモデルにしているのであれば、名前は変え、多少の設定は変えても何か彼女らしいものは残すはず。逆にそれをしなければ望月さんでなくても良かったということになる。検証しよう。

映画のヒロインは帰国子女で父親も記者。その父が陰謀に嵌められて悲しい末路を辿る。その思いを継いでヒロインは記者を続けるという設定。日本の有名俳優には断られたので韓国の女優が演じたらしい。そのことで帰国子女に変更したのだろう。だが、おかしい。

どこかの週刊誌では女優の実名を挙げ「反政府のイメージがつくからと断られた」と記事になっていた。(女優の実名が上がることは通常ありえない。これも不可思議。いずれ説明)それが本当だとしても、記事に出た候補者以外で「やりたい!」という日本人女優はきっといただろう。新人であったとしても日本の女優が全て断った訳ではないはず。

そもそも望月さんがモデルの役。日本人女優で探すべき。なのになぜ、韓国の女優になったのか? そのことで帰国子女に設定を変えねばならない。モデルの望月さんから離れてしまう。ただ、それでも彼女の経験をエピソードに織り込むことはできる。なのに彼女の経験談を綴った本からは、今のところ、それらエピソードを映画に持ち込んでいない。さらに望月さんから離れる。それならオリジナルで女性記者ものにすれば良かったのだ。

彼女の勇敢な活躍が有名であり、その行動に共感するからこそ、映画のモデルに選んだのではないか? なのになぜ、彼女から離れることばかりするのか? もしかしたら、望月さんがモデルではなく、彼女の活躍に触発されて「女性記者ものをやろう」と思いつき、彼女の経験や人生とは関係のない、別物の新聞記者ものを作ったということか? そう思うと、ヒロインが帰国子女で、韓国の女優が演じてもおかしくない。望月さんとは関係のない別物語なのだから。

だが、映画は望月さんがモデルとアピールしている。変だ。それほど、彼女の存在が映画に持ち込まれていない。製作サイドの望月さんに対するリスペクトや興味が感じられない。他にも映画にはいろんな疑問がある。作り込み、外枠、表現、シナリオ。なのに、その問題点を誰も指摘していない。おかしい。謎解きの続きはいずれ。(続く)


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ドキュメンタリー映画「主戦場」超オススメ!=今、そこにある日本の危機を叫ぶ力作! [映画感想]

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ドキュメンタリー映画「主戦場」超オススメ!
=今、そこにある日本の危機を叫ぶ力作!

従軍慰安婦問題。僕は詳しくない。日本軍が関与していたのか? そうではないのか? その責任を韓国は日本政府に突きつけている。ということしか知らない。この映画を見れば勉強になるだろうと考えた。かなり話題になっているようで、東京では初日からしばらく満員御礼。1日7回上映だがチケットが取れないとの噂。「エンドゲームか?」と思えたが、先日映画館に向かった。

聞いていた通り、軍の関与を否定する側と日本の責任を問う側、それぞれの論客のインタビューを交互に見せて行く。ケント・ギルバート、杉田水脈、櫻井よしこ等、いろんな意味で話題の人たちも登場する。この種のドキュメンタリーだけでなく、ニュース報道もそうだが、僕は両者を共に疑ってかかる。胡散臭い人物でも、有名キャスターでも、まず疑う。特に最近はテレビ報道を一番疑う!

「真実は別のところにあるのではないか?」

「なぜ、その意見に至ったのか?」「そのことでどんな得をするのか?」「どういう背景の人なのか?」「どういう立場の人なのか?」徹底して疑う。「従軍慰安婦だった女性が可哀想だし!」という感情論で見てはいけない。「世界まるごとHow Much」時代よりケントの顔付きが悪くなったからと、最初から色眼鏡で見てはいけない。


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以前、記事にもしたが、最近は「被害者商法」というのが多い。誰もが哀れに思う被害者こそが実は加害者であったり、実は裏で儲けていたりということがある。正義を掲げているようでも、実はある種の団体の利益のために動いていることもある。そんな視点で見て行くと、この作品は最初の部分。慰安婦否定派の意見の方が理にかなっているように思える。

作品も、そのことをアメリカの大学生たちに問う。「証言に一貫性がない」「証拠書類がない」その事実に「信じるのが難しい」と多くの若者が発言する。実際、僕もある筋から聞いたが、国や軍が関与した証拠のとなる書類は存在しないという。どんなに疑わしくても、物証がないと裁判では勝てない。「どうするのだろう?」と考えながら見る。

僕も「ドキュメンタリー沖縄戦」に取り組んだ

ので「見せ方」というのをかなり考えた。(年内に公開予定)マイケル・ムーア監督は「うまい」が「あざとい」ギリギリのところで成立している。一つ間違えば「電波少年」の松村邦洋と変わらない。と言って作品は裁判ではない。物的証拠がなければ推定無罪ということでもない。作品は否定派論客たち(ケントたち)の、些細な部分を追求する。

「警察が取り締まったという新聞記事が残っている」「アメリカの調査報告書でも否定された」等の発言を調査。拡大解釈をしていたり、実は調書では触れられていなかったり。フェイクであることを立証して行く。「**新聞に」「調査報告書に」「法律に記載されている」と言われると「そうなんだ...」と納得しがちだが、実はそうではないことがある。100%の嘘ではなく、ある種の事実を捻じ曲げたもの、知らないと押し切られてしまう。

そんなトリックを刑事コロンボか、古畑任三郎

のように指摘、追求して行く。つまり、物証はない。訴える女性たちの話は一貫しない。でも、だから作り話ということにはならない。「実際に従軍慰安婦は存在した」にはならないのだが、この作品は次にこんな疑問を投げかける。

「では、なぜ否定派はフェイクを使ってまで否定するのか?」

ここからが凄い。慰安婦問題に終わらず、別の構図が見えてくる。もしかしたら、監督はそのことを描きたくて、作品を作ったのではないか?と思える展開。ある程度のネタばらし(?)はいいだろう。否定派=歴史修正主義者たちの背後にいる団体が「日本会議」であることが解明されて行く。

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そこに連なる人たち。安倍晋三、麻生太郎ら多くの自民党議員。閣僚の約70%は日本会議である。そこに関係するのが映画に登場し、インタビューを受けた否定派の人たちだ。彼ら彼女らが何を目指しているか? それを描き出して行く。よくぞ、そこまで描いた!という超力作ドキュメンタリーだ。日系2世のアメリカ人だからこそ出来た作品でもあるだろう。

詳しいことはぜひ、映画館で確かめてほしい。

従軍慰安婦問題に終わらない、日本の「今そこにある危機」を描き、見つめるのがこの「主戦場」である。日本人必見というのを超えて、アジアの人間必見の作品となっている。超オススメ!

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「空母いぶき」を観た。 [映画感想]

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ネットで話題になった?佐藤浩市が出演の「空母いぶき」を観た。

僕自身は戦争関連の映画はあまり好きではなく、この映画も当初は「絶対に見ない!」と思っていたが、「主戦場」で批判されるような人たちが「絶対に見ない!」とネットで数多く発信していたので、なら絶対に見なければ!と思えた。

簡単に説明すると近未来に日本が空母を持ち、近隣の国の攻撃を受けるというストーリー。日本は戦争の放棄を謳っているので最低限の自衛権を行使、戦争に発展しないように敵国と戦うという内容だ。

総理大臣が佐藤浩市。神経質ですぐに下痢をするという役作りをしている。誰かを揶揄しているという批判があったが「日本は戦争をしない」と断言する立派な総理を熱演している。

架空の空母いぶきはもちろんCGだが、ハリウッド作品と比べて見劣るということもなく、現実感を出していた。艦内のセット(?)も含めてよくやっている。制作は何億だろう? 官邸シーンでも多くの人が出て来るし、いぶきの護衛艦内もしっかり描いており、自衛隊員の制服レンタル代とか、全員が救命具もつけているので、衣装代もかなりなものだろうと、いつも低予算映画ばかりやっているので驚かされる。

決して戦争を賛美する作品ではなく、平和の大切さを伝える映画ではあるが、原作者か、あるいは製作側に自衛隊愛があること感じる。戦争はしてはいけない。でも、最低限の軍備は必要であることを訴えているようにも取れる。なんとかのゼロのような論点のすり替えによる特攻隊員への賛美とは違うが、観客には勘違いし「自衛隊の武装は大事だ」と思ってしまう人もいるだろう。

実際、近隣の国が攻めて来るなんてこと。現代ではあり得ない。侵略で領土を増やせる時代ではない。そのことは別記事でも書いたが、今は「攻めて来るぞ!」と思わせて武器を売りつけたり買ったり。有利に交渉を進めようとする手段として使われている。実際に攻めれば大きな不利益を被る。それを本当に攻めて来るように思わせて、儲けに繋げるのが企業、政府である。

その意味でこの映画のような事態はあり得ない。それを映像化することで、「自衛隊はやはり強力な兵器を持つべきだ!」と勘違いする人も出て来ることを心配する。そこまで映画が訴えている訳ではないが、とても気になるところ。SF映画として捉えたい。

中国は攻めて来ない記事
=>https://cinemacinema.blog.so-net.ne.jp/2019-05-18


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映画「記者たち〜衝撃と畏怖の真実」素晴らしかった! [映画感想]

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「記者たち〜衝撃と畏怖の真実」素晴らしかった!

少し前に見た映画。公開館数が少なくて見るのが大変だったが、観てよかった。「スタンドバイミー」のロブライナー監督作。現代版の「大統領の陰謀」。昨年の「ペンタゴンペーパーズ」にも通じる。

ブッシュ大統領時代。911の黒幕はイラクであり、大量破壊兵器を所持しているということで戦争を吹っかけたアメリカ。当時、911でテロ憎しで正気を失っていた国民はそれに反対せず、ほとんどのマスコミもそれを支持した。

そんな中、弱小の新聞社ナイト・リッダーだけが、そのイラク攻撃に疑問を投げかけ、記事にするが.....という真実を元にした物語。編集長役を監督のロブ・ライナーが自ら演じているが、こんな台詞がある。

「私たちはNBCでも、CBSでも、 ABCでも、CNNでもない。ニューヨークタイムスでも、ワシントンポストでもない。我々はナイト・リッダーだ。誇りを持って真実を伝えよう!」

結局、イラク戦争では大量破壊兵器は見つからなかった。大手マスコミは当時の記事が間違いであったことを謝罪する(ここが偉い。日本のマスコミは謝罪ししない。あるいは目につかない小さな訂正記事を出すだけ)ナイト・リッダーは正しかったのだ。これ今の日本のマスコミが絶対に見るべき作品。映画もナイト・リッダー紙も素晴らしい。



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「運び屋」イーストウッド最新作。またまた名作。心に染みる感動。 [映画感想]

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「運び屋」イーストウッド最新作。またまた名作。心に染みる感動。

 クリントイーストウッド監督作品。最新作。

 またまた名作。今回は見終わって落ち込まない、心に染みる感動作。

 この映画で興味深いのは、イーストウッドが頑固だが、ひ弱いジジイに見えることだ。

 そこに見えない演出がある。

 イーストウッドは身長192センチ。誰かと並ぶだけで大きく見え、強そうに見える。

 だからこそ「ダーティハリー」だった。

 が、今回の作品では強そうに見えては行けない。運び屋のジジイだ。

 若いギャングたちに簡単にのされてしまう感じが大事。だからこそハラハラする。

 そこでキャスティングで奮闘。背の高い俳優をたくさん使っている。

 そして女性にはヒールを履かせる。娘役の俳優もイーストウッドと並ぶと背が同じ。

 これは黒澤映画の逆なのだ。

 「用心棒」「隠し砦の三悪人」など、強い三船を演出する時に黒澤は周りに小柄な俳優を配した。

 「用心棒」で常にそばにいるのは東野英治郎(黄門様)

 「隠し砦」では藤原鎌足。上原美佐。(千秋実は大きい)

 そのことで三船が強そうに見える。「運び屋」では逆に周り背の高い、大きな俳優を配する。

 そのことでイーストウッドが強そうに見えない。

 190センチ台の俳優はやたらいないかもしれないので、

 シークレットブーツやヒールで対応したはず。

 そのことでイーストウッドが強そうに見えない。頑固なジジイに見える。

 意外に気づかないが、その演出がドラマ感を守っている。



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