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素人でも真実を見抜くことは出来る!②=映画製作会社の場合 [映画業界物語]

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素人でも真実を見抜くことは出来る!②=映画製作会社の場合

日航123便墜落事件について、真相はどうなのか?を追求した本を続けて紹介した。そして、それらの本を読むときに書かれていることが真実か?を見極める方法も記事にした。というのも、映画監督業をする僕は、同じ方法論で映画製作も見つめなければいけないからだ。

低予算映画とはいえ数千万円の制作費がかかる。それを狙って、映画界のウジ虫たちが寄ってくる。皆、笑顔で近づいてくる。

「いやー監督の熱さに打たれました! ぜひ、お手伝いしたい。うちの会社で制作しましょう」

実は金目当て、制作を会社で請け負えば制作費を自由に使える。映画以外のことにも使ってしまう。あとで名目だけつける。いい映画を作ろうなんて思わってない。でも、最初は笑顔で近づいて来て、いい人を演じる。結果、監督料も払わず、制作費を抜きまくった会社もあった。

とにかく、「感動しました」「打たれました」とか褒めてくる奴は信用できない。それを見抜いて本当に思いのある人たちを集めるのも監督業の大事な仕事だ。

先の123便本の記事でも書いたが、いろんな角度から人物を見つめて判断する。Pなら、どこの会社か? その会社がどんな映画を過去に作っているか? それらはヒットしているか? 制作費はいくらか? そこから制作会社の取り分が計算できる。その会社がどこにあるか? 広さは? そこから家賃が計算できる。

社員は何人いるか? アルバイトの割合は? 月給と社員数、家賃で月の支出が割り出せる。現在、受けている映画の本数。規模。儲かっているか? 赤字?が見える。赤字なら、それを埋めるため、借金を払うためのカモになる映画を探す。そしていい加減な作品を作り大半を赤字解消に使う。

あと、評判。ギャラの払いが遅い。後になって額を値切る。払わすに逃げ回っている。そんな会社は結構多い。会社自体は都心のビルに入っていても、実は火の車ということがある。そんなところに制作を任せたら大変なのことになる。特に会社を持たない、フリーのプロデュサーは要注意。大物俳優の名前を上げて

「ああ、あの人ね。彼とは親しいから、声をかければ出てくれますよ」

すごい人だなと思ったら、全く繋がりがないこと。よくある。有名俳優、大手テレビ局、大手俳優事務所等の名前を実名で上げて語るPはたいてい怪しい。そして繋がりはまずない。この辺は詐欺師と同じ。自慢話が多い人も注意。あるPは超大作映画の現場の話してくれた。

「へーすごいなあ」

と思ったが、会うたびに、その話をされる。つまり、それ以降は大作どころか人に語れる映画に参加できてない。多分、その超大作でトラブルを起こして、あと仕事ができなくなったのだろう。それでフリーを続けている。これは映画制作会社やPの場合だが、テレビ局や新聞社も同じだ。

扱う記事や番組内容から、いろんなことが分かる。それらの傾向を調べれな儲かっているのか? 赤字か? だから、***のような番組を作り、その種の怪しい団体を喜ばせているのか...と見えて来る。まずは背景を探ることが大事。


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人の忠告を聞いてはいけない。耳を塞いでこそ、夢は叶う? [映画業界物語]

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人の忠告を聞いてはいけない。耳を塞いでこそ、夢は叶う?

昔から僕は「変わってるなあ」と言われる。以前にも書いたが、このところ書いている「ムラ社会ルール」のことを考えると、その謎が解けるような気がした。小学生時代から話を始める。当時、僕は4年生くらいから長髪で

「ヒッピーだ!」

と同級生に言われていた。時代を感じさせる。高校時代は規則がうるさく、短い髪をしていたが、その後は現在に到るまで長髪。1990年代にキムタク人気でロン毛(これも時代を感じさせる言葉)が流行って、ブームの後追いと思われたかもしれないが、こちとら年季が入っている。小学生からだ! 関東にある映画学校に通った頃は

「関西人はやっぱ変だよな〜」

と言われたが、大阪の高校時代も「お前は変わってるで〜」と言われていた。関西は関係ない。LA留学時は「日本人は変わっている」と言われることもあったが、これも外れだ。

アメリカ映画、ドラマ、音楽にはかなり詳しいので、よく驚かれ、英語学校の先生には「You are a American boy!」と言われたりもした。といって英語力は大したことない。帰国してしばらくして映画の仕事を始めた。業界は変人が多い。特に監督と呼ばれる人は本当に変わっている。個性的を超えて変人。奇人。あるいは狂人。変態?という人種だ。その中では僕なんて真面目な方なのだ。昔から酒癖が悪いとか、金使いが荒い、女癖が悪いということはなく、約束を破ったり、時間に遅れたりということはない。

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映画界で仕事をするようになっても、一般からは「変わっている」と言われ続けた。一つには「高校卒業」=>「大学」=>「就職」=>「会社員」というコースに乗らなかったことがある。人からすれば、それだけで十分に変わっていると思うだろう。あるいは

「よほど成績が悪かったのだろう.....」

と考える。ただ、変人が集まった映画学校でも「変わっている」と言われ、映画の世界でも異端児扱いされることになる。

「製作費を集めて映画を撮る!」

と言い出したからだ。「監督になりたい!」という人たちは多いが「どこの会社も撮らせてくれないなら、自分で製作費を集める」という奴は少ない。それはプロデュサーの仕事だということもある。先輩たちが忠告しに来る。

「お前なあ。Pの経験もないのに、金なんて集められる訳がないだろう?」

高校時代も「将来、映画監督になる!」と言ったら、同じように大人たちが入れ替わり立ち代り来て、説教された。「監督になるなんて簡単じゃないぞ」ーそんなことは分かっている。でも、一流大学を目指すというと大人たちはいう

「いいぞ!頑張れよ〜」

ーそれも簡単なことじゃない。なぜ、大学は応援して、映画監督だと「簡単じゃないぞ!」になるのか? 映画界でも「監督したい!」という人はごまんといるのに、製作費を集める!」というと、あれこれ言われた。どちらの時も、同世代からも多くの批判を受けた。

「できる訳がない!」「無理!」

「甘い!」「現実は厳しい!」

どちらの時も、経験がある人は1人もいない。「映画監督を目指そうとして失敗した。製作費を集めようとしてうまくいかなかった。だから忠告する」なら分かる。挑戦したこともない連中が「世の中甘くない!」という意味が分からない。


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ここまでは以前にも記事にした。そして最近「ムラ社会ルール」の記事を続けて何本も書いた。詳しくはバックナンバーを読んでほしいが、僕はこの歳になるまで、そんな習慣が今も日本に根強く残っていることに気付かなかった。

詳しくはこちら=>https://okinawa2017.blog.so-net.ne.jp/2019-03-08-2

というのも、同じ地方で長年暮らしたことがない。会社員をやったことがない。限られた場所で周りと協調して生活、仕事する機会がなかったからだ。それが地方で映画を撮るようになり、事件が起きる。なのに地元の人たちは見て見ぬ振り。責任が誰にあるか気づいているのに、何も言わない。それどころか問題ある人と笑顔で接する。

何度もそんなことがあった。その背景にあるものこそが「ムラ社会ルール」=問題を見て見ぬ振りをし、トラブルはなかったことにする。責任者を責めない。同じ地区で生活しているので、あとあと揉めたくないからだ。問題を解決するのではなく、トラブルをなかったことにする。被害者は泣き寝入り、責任を追及したら、その被害者をみんなで叩く。そんな習慣が日本には根強く残っている。

原発事故の対応もまさにそれ。「ムラ社会」だけでなく政府や企業も同じなのだ。揉めない。トラブルを起こさない。そのために日本人はなるべく目立たないことを心がける。人と同じ行動をし、自己主張をしない。周りと協調する。新しいこと。これまでになかったことを始めると、みんなで止める。過去の例に従い、あちこちから批判されないように振る舞う。

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それが日本という国なのだ。役所も同様。会社でも同じ。学校でもそうだ。目立つことをするとイジメという形で粛清される。会社員は皆、紺のスーツ。似たような髪型。大学=>就職=>会社員というコースを皆が進む。さあ、それに対して困ったちゃん(私です!)は子供の頃からヒッピー。大学には行かず(結局、アメリカで行ったけど)就職もしない。会社員にもならない。

人がやらないことをする。当然、周りは困惑し、止めにかかる。僕には意味が分からなかったが、要は「人がしないことをすると止める!」のが日本人なのだ。個性派、変わり者が多い映画界でさえ、あれこれ言われた。

結局、高校時代に「映画監督になる!」と宣言。年月はかかったが、実現した。「製作費を集めて映画を撮る!」それも、3回やり遂げた。両方ともに「世の中甘くない!」「不可能だ!」と何人からも言われたが、実現できた。僕が特別な才能があるからではない。「新しいこと。例のないことをやるのは危険。不安。怖い!」と言う無意識があり、潰すことで安心したい。その圧力に屈するか?屈せずに進みかどうかなのだ。

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もう一つ。付け加えるならば、僕はわがままだ。自分の思いを抑えて我慢して暮らすことができない。世間は

「それを我慢するのが大人ですよ〜」

という。もちろん、何の努力もせずに「金持ちになりたい!」というのは違うがもし、自分が願うことがあるなら、どうすれば実現できるか?を考えて足掻いてみる。それで可能になればオーケーではないか?なのに日本人の多くは、世間体を気にし、新しいことを不安がり、よってたかって潰そうとする。賢い人たちはそんな周りの空気を読んで、大人しくしている。

でも、日本人も捨てたものではなく、時々、そんな習慣に縛られず、空気を読まないで大暴れする人たちが出て来る。織田信長とか、本田宗一郎とか、黒澤明とか、円谷英二とかは、それを実践したのではないだろうか?アメリカ人にはそういうタイプは多いが、日本にあるあのルールが人を縛り、押さえつけてしまうのだ。

ただ、これからの時代は自分にわがままでいいのではないか? 真面目に大学に行き、会社員になり、周りを気にして自分を殺して生きていても、リストラされたり、倒産したりする時代。それなら、習慣に縛られず、本当にしたいことをするべきではないか? 

どうにか食って行ければ、自分が好きな仕事をする方が楽しい。世の中、厳しいばかりではない。やれば何とかなる。「変わり者」がチャンスを掴む時代なのだ。そんな風に思えている。


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「思い込み」の強さは表現者に必要。だが、同時に「思い込み」で人生を失うこともある。 [映画業界物語]

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「思い込み」の強さは表現者に必要。だが、同時に「思い込み」で人生を失うこともある。

上から目線で偉そうに言う人は「思慮深くない。単純発想。いろんな角度から考えない。テレビ報道を鵜呑みにするタイプが多いと先に書いた。が、プラスして「思い込み」が強いタイプでもある。思い込みは芸術活動。クリエーターには武器になると以前に書いた。俳優なら

「自分は殺人犯だ」「恋人は目の前にいる女優だ!」

と思い込むことで、役になり切れる。が、それは諸刃の剣。役の上ではなく、以前の記事で書いた新人俳優のようにテレビディレクターにちょっと褒められただけで、

「俺は認められた! 未来は明るい!」

と思い込み、有名俳優でも言わないような横暴な発言をするようになることがある。その構図と、上から目線が非常に近いものに思える。どちらも、大したことのないことを拡大解釈して、身の丈に合わない言動や態度を取ってしまう。そんな「思い込み」の強さは俳優を始めてとする表現者には大切だが、一つ間違うと命取りにもなる。

俳優だけではない。例えば、あなたが若い頃。飛行機に乗り、もし、墜落しても「私だけは助かる!」と言う根拠のない自信を持ってはいなかったか? 中学時代に「真剣に勉強すれば東大にだって行ける!」と考えてはいなかったか? それも「思い込み」の一種だ。

「この女の子は僕のことが好きなんだ....」

そう思ってアタックしたら、全然その気が無かったとか? そんな経験は誰しもあるだろう。その構図を解説するならこうだ。人が物事を認知し考える行程。

①その子は僕に親切だ。
②よく話しかけられる。
③僕を好きなのかもしれない。
④可愛い子だ。彼女にしても恥ずかしくない。
⑤彼女は僕が好き。でも、女から言い出せない。
⑥よし、僕から「付き合って!」と言おう!
⑦「勘違いしないで!そんな気ない」ビシ!と振られる。

本来なら、①②の段階で考えるべきだ。その子は男子とも平気で話をするタイプかもしれない。趣味が共通するだけかもしれない。それなら、いつもどんな話題になるか?を考えてみる。趣味か?勉強か?テレビの話か?

勉強のことなら、自分の成績がいいから分からないことを教えて欲しいだけかもしれない。趣味の話だとしても、女の子でその手の話ができる相手がいないとか、新しい情報が欲しいかもしれない。

それを「よく話しかけられる」=>「僕が好き?」と解釈するのが「思い込み」だ。根拠なく、勝手な憶測や想像で都合のいい結論を導いてしまう。もちろん、だからこそ、俳優は自分が政治家ではないのに「政治家だ!」と思い込み役を演じることができる。でも、それを日常生活でしてしまうと問題が生じてくる。

その想像力が常識を超えてしまうのが、精神病。例えば統合失調症の患者には「俺は神だ!」と言い出すことことがある。そのメカニズムを説明すると、ある時、街で車を走らせていると、目の前の車。ナンバープレートが「06ー30」だった。

「6月30日? 僕の誕生日だ....」

普通なら「偶然だなあ」で終わる。が、統合失調症は一言で言うと情報処理能力の欠如。狂うと言うことではない。情報処理ができない。と言って知能が下がると言うことではない。日常生活は送れる。でも、ナンバープレートを見る。

「なぜ、俺の誕生日なんだ? もしかしたら、これはお告げかも?」

そんな風に勝手な想像をしてしまう。さらに、

「神様からのメッセージ。何で、俺に? 平凡な会社員なのに?」

「そうだ。今は会社員だが、本当は特別な存在なのかもしれない!」

「だから、神様がメッセージしてきた。いや、俺自身が神かもしれない....」

そうやって「私は神だ」と主張するようになる。そう聞くと「バカじゃないの?」と思うだろう。では、若い頃に飛行機事故でも死なない。頑張って勉強したら東大でも行けると思ったのはどうだろう? 何の根拠もない。どちらも似た構図だ。経験値のないことを想像(あるいは妄想)で補足して結論つけているのだ。

それが「思い込み」のある意味で正体なのだ。以前紹介した新人俳優も同じ。撮影でディレクターに褒められた。

「俺は才能あるんだ!」

と思い込んだのも同じ。彼は病気ではないだろう。でも、俳優は「思い込み」の力が強い。そのディレクターがお世辞で褒めたかもしれず。「素人にしてはうまい」と思ったかもしれない。そして別の仕事を頼まれたわけでもないのに

「俺は認められた!」

とあちこちで触れ回り、身の丈を超えた発言を始める。これも「褒められた」=>「認められた」の間を勝手な想像と妄想で埋めて結論を導き出しただけ。俳優でなくても、歌手志望、画家志望、作家志望、映画監督志望の人たちに時々いるのだが、

「私には才能がある。プロになれば成功するはず!」

と言う何の根拠もない自信。だが、それも先と同じで、妄想と想像で繋げただけの結論。「見る人が見れば認められる」とか「チャンスがあればブレイクできる」と思い込み、肝心な表現力をつける事をしない。努力して技術を磨くことをしない。

「だって、私は才能ある。ないのはチャンスだけ...」

しかし、その多くは勘違い。思い込み。その種の病気でなければ、1年、2年、3年やって目が出ないことで、現実に気づくはずだ。何が間違っているのか? 第1線で活躍する人に会えばすぐに分かる。彼ら彼女らは物凄い努力をしている。

「俺は才能あるからね〜」

と思っているアーティストなどいない。だが、それを知る機会は少なく、若者はマスコミが紹介するカッコイイ部分だけに憧れて、何の努力もせずに、あるいは出会いだけを求めて努力をしない。そして数年後に現実に気づく。

知り合いの女優の卵でも表現力を磨くより、監督やPの集まる飲み会にばかり顔を出して売り込む子がいるが、もう40代のはず。はっきり言って実力はない。全然、努力していないから。なのに

「チャンスさえあれば、私もブレイクする....」

と思い込んでいるようだ。その意味で「思い込み」は恐ろしい。表現者に必要な資質だが、同時にそれはその人を滅ぼすことになる。大事なのは現実を知ること。どんな努力をするべきか?考えることだ。



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悪意がなくても、トラブルを起こす人たち。映画製作はいろんなことがある? =私は被害者だと言い触れ回る人 [映画業界物語]

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悪意がなくても、トラブルを起こす人たち。映画製作はいろんなことがある?

地方で映画を作るときに難しいこと。2回書かせてもらった。「感謝」の気持ちを伝えることは良いことだと子供時代から思っていたが、そのことで誤解を生み悲しい思いをさせてしまうことがあるなんて想像もせず(前回の記事)。映画作りは常識的な判断だけでは行かないことも痛感した。

もう一つ、そんなケースを紹介しよう。地方映画は地元から多くの人が支援、応援してくれる。地元のみならず以前のロケ地。全国の街からも市民俳優として出演してくれたり、ボランティアで来てくれる人もいる。毎回、多くの人が参加してくれるので本当にありがたい。が、あるときスタッフにこう言われた。

「監督はよく一般の方のお手伝いを受け入れますが、それを嫌う監督も多いんですよ。良かれと思って参加してくれても、プロではないのでお願いした仕事ができず。余計に手間がかかったり。トラブルを起こしたりするからなんですけど...」

確かにそれはある。だが、ボランティアで来てくれる人に悪意のある人はなく、その人が出来る仕事を考えてお願いする。プロでなくてもできることを手伝ってもらう。それだけでも低予算映画の場合は多いに助かる。が、あるとき、僕の想像を超える事件が起こった。

「監督の映画、素晴らしいです。応援させてください!」

と近づいてきた女性がいた。撮影の手伝いだけでなく、映画イベント等にも現れ、周りの人たちにも接触。その後、次々にトラブルを起こした。これは慎重に説明せねばならないが、その人は病気。体は健康だが、心が病んでいて物事を歪めて捉えてしまう。だから、トラブルが起きる。

僕がこれまでに書いた「その種の記事」を読んでくれた方は分かると思うが、その病気の実情を多くの人は知らない。それどころか間違った認識を持っている。急に叫び出すとか、暴れるとか、非常識な行動を取るとか、そんな症状の人もいるが、そうではない患者の方が多い。それを見分けるのは一般の人にはまず不可能。「ちょっと変な人?」と思うか?あるいは病気だと全く気づかないのだ。

患者も自分が病気だと気づいていないことがある。そして、事実でないことを事実だと思い込んだり。妄想を信じてしまう。そして

「***さんにいじめられた....」

「酷いことをされた....」「騙された....」「辛い。もう死にたい.....」

と騒ぎ、泣き、言い触れ回る。周りの人はそれが事実だと思う。

「可愛そうだ」「酷い話だ」「許せない」

と思って酷いことをした相手を攻撃する。が、相手には覚えがない、患者の思い込みとか妄想だからだ。なのに周りから批判、攻撃される。事実ではないので反論。結果、病気でない人同士が争い、トラブルになる。ありもしないことで揉める。でも、原因がその患者にあることに気づかない。そんな病気があること自体、多くの人は知らない。

自身が被害者であるかのように演じて、皆の注目を集め、妄想を語り、周りを巻き込んでしまう。さらに患者はネットを使い、自分は被害者だとアピール。いろんな人にありもしないことを伝えて周り、同情を得ようとする。それに引っかかり応援する人まで出てくる。

周りから見る健気な頑張り屋に見えてしまう。そして患者は若い女性に多いので、攻撃された男性の方が悪者だと思われる。僕は以前から精神病は勉強していたが、その病気は全く知らなかった。そんな患者が撮影のお手伝いに来たことがあり、トラブルが起こった。

最初は理由が分からず、あれこれ考えていたら知り合いの精神科医さんが教えてくれた。早目に気づいたので大事にはならなかった。が、迷惑がかかった人もいた。患者に悪意はない。「映画のお手伝いをしたい」と真剣に思っている。が、思い込みが強く、妄想があるので

「私は騙された〜」

と騒いでしまう。患者ではないが、出演者のファンがボランティアを装って参加。その俳優に近づこうとしたり、私物を盗んだりすると言う話を聞いたこともがある。隠れて写真を撮る。アイドルグループのイベントで刃物で斬りつけるという事件が少し前にあったが、悪意を持った人たちもいる。

それを最初に見極めるのは難しい。特に患者の場合は悪意がなく、トラブルを予期するのは困難。なので、多くの監督たちは一般のお手伝いを敬遠しがちなのだ。僕は基本、やる気のある人は受け入れる!という姿勢だった。そして悪意のある人間を見抜くのは得意で、金目当て、映画を利用しようと近づいてくる輩は、これまで何人も見抜いてブロック、追放している。

が、病気であることは専門医でないと分からない。そんなことがあってから「やる気がある」「好意的だ」というだけで信頼してはいけないと思うようになった。悲しい話だ。また、最初は好意的で応援してくれても、映画の世界は一般的の人に難しいところがある。が、知らない人には、当たり前のことでも「それは許せない!」と思うこともある。価値観や方法論が違う。

「ボランティアで手伝ったのにギャラがなかった」

と文句を言う人もいる。(ボランティアは無償行為)「だったら、お金でなく記念品をくれればいいのに」と言う。それが出せるくらいならボランティを受け入れたりはしない。悪意はなくても、筋違いの不満を持ち、腹いせのために

「利用された〜酷い〜」

と言い触れ回る人も時にはいる。そしてデマや嘘を信じて、一緒になって批判を始める人もいる。そのために他のボランティアの皆さんが巻き込まれたり、迷惑をかけたりもする。それ以来、対策を講じている。応援してくれる人を疑わなければならないのは悲しいことだが、そんなことも考えていかねばならない。


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感謝を伝えたことで、逆に恨まれてしまうこと=映画製作の難しさ② [映画業界物語]

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感謝を伝えたことで、逆に恨まれてしまうこと=映画製作の難しさ②

昨日書いた記事が好評だった。映画を応援してくれた人が「今度はワシらの言うこと聞いてもらわないとな?」とあれこれ頼みごとをするという話。

政治家でも「この町を良くするために!」と立候補したのに、当選すると応援してくれた人が「俺の会社に自治体の仕事を回して欲しい」とか、「息子を有名大学に合格させて欲しい」とか、個人の要求をしてくるのは良く聞く話。人はなぜ、勘違いをするのか? 

その候補を応援したのは「町をよくしてくれる」と信じたからだ。それを「応援したから」=>「俺の会社に自治体の仕事を回せ」と言うのは筋が違う。要求するのは「この町を良くしろ。だから応援したんだ」と言うべきなのだ。

映画も同じで「故郷をアピールする映画を作るから応援した」はずなのに、映画を応援したのだから、監督、ワシらの頼みを聞いてください」も政治家と同じ構図。最近はそんな筋違いな頼みごとをしてくる人はいないが、以前は映画を作るたびに、その種の人が何人も連絡して来た。

その種の話をもう一つ。毎回、いろんな方の応援で映画は完成する。感謝感謝。応援してくれた方々ーお1人お1人に、その気持ちを伝えたい。が、主要な方々だけでもかなりの数。一度に全員を訪ねることはできない。

撮影後にお礼に伺うが時間に限りがある。監督は本来、撮影終了と同時に帰京し編集を始めなければならない。が、1週間ほど帰京を伸ばして挨拶回りをしていた。それでも全員は無理なので、次に地元を訪ねた時、お礼を言えなかった人たちを訪ねる。すると前回、お訪ねした人がこう言っていたらしい。

「今回、俺は無視ですか? 撮影後だけ挨拶に来て、今回は来ないんだな....監督は酷い…」

悪い人ではない。熱烈応援してくれた方。ありがたかった。が、毎回、ご挨拶には伺えない。他の何十人も訪ねなけれならない。先輩はこう言う。

「その人は監督がわざわざお礼を言いに来てくれて、嬉しかったんだよ。それで親しい友人になったと思った。次に地元に来た時も、きっと訪ねてくれると思った。でも、来なかった。行けないよな? 他の人にお礼言って回るんだから。でも、その人は友人だと思っている。なのに来ない。寂しい。それが怒りに変わる。恩知らずだ!になるんだよ」

そんな人は極々僅か。でも、分かる部分もある。例えば、僕が飲み会で意気投合した。飲み代を奢った人がいたとする。メルアド交換して、あとで連絡したが返事はない。「何なんだ?」と思う。

「あの時、盛り上がって、酒代奢ったのにー。失礼な奴だな….」

それと同じ感覚なのだ。ただ、違うのは、飲み会なら1人VS1人。お礼ができる。が、映画の場合は1人VS100人。1人が100人にお礼するのはかなり大変。それが分かってもらえない。何人かが飲み会の構図で考えしまう。

「失礼な奴だ…結局、俺は利用されんただな…」

それを聞いた別の人が言う。

「そういえばウチにも監督はお礼は来なかった。ほんと失礼ね...」

でも、その人は近所で行われた撮影を見に行っただけ。俳優に「頑張ってくださいね!」と声をかけただけ。でも、いつしか応援したつもりになっていたので話を聞き「うちにも挨拶に来なあったわ。失礼ね...」と思えたらしい。

本来、映画撮影のお礼参りは制作担当がする。監督は編集があるので、いち早く帰る。挨拶回りで編集が遅れて完成が間に合わないと、多くの人に迷惑がかかる。が、僕はそれでも感謝の気持ちを伝えようと地元に残りお礼を伝えていたが、そのことが結果として誤解させて傷つけることになっていた。先輩は言う。

「そもそも、町の映画だ。本来は地元の人が監督に映画を作ってくれてありがとうーとお礼を言うべき。それを逆に、監督が感謝して回った。1週間も居残りしてだ。そんなことをするから、何人かは町の映画ではなく、監督の映画だと思ってしまう。

映画の応援ではなく、監督の応援をしたと思い込む。だから、次に来た時に挨拶がないと、拗ねてしまう。裏切られたと思う。お前にも問題があるんだよ」

もちろん、2度も3度もお礼に行かなくても理解してくれている人がほとんどだ。が、どこの町でも必ず誤解する人がいる。そんな人は非常に純粋で真面目な人が多い。だから心が痛む。そしてお礼に伺うことで、そんな結果になるなら考えねばならない。すでに担当者が挨拶回りはしっかりしているのだ。そんなことが以前はよくあった。

最近はこう考える。1人1人を訪ねて感謝を伝えるより、少しでも素敵な映画を作り、多くの人に喜んでもらうこと。そのために仕上げに全力を尽くすのが監督の責務だと。お礼は言葉ではなく作品で伝えることが大事。そう考えるようにしている。



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「映画を応援しました。だから今度はワシらのために***して下さい」と頼んでくる人たち。それってどうなの?=映画製作の難しさ① [映画業界物語]

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「映画を応援しました。だから今度はワシらのために***して下さい」と頼んでくる人たち。それってどうなの?=映画製作の難しさ①

地方映画を作ると、いろんなことがある。最近ではなくなったが、以前は撮影時にお世話になった方から頼みごとをされることがあった。

「撮影中に車を無料でお貸ししました。前売券も10枚売りました。今度は私のために一肌脱いでもらえますか? 監督さん」

そう言われた。今考えればおかしな話。前売り券を何枚売ってもらっても、監督に歩合は入らない。車を貸してもらったことで、レンタカー代が浮いて、助かったのはプロダクション。その見返りを監督に求めてくるのは本来、筋が違う。

が、相手は悪い人ではない。力を貸してほしいという。他にも「イベントに来てほしい」「文章を書いてほしい」「審査員をしてほしい」「トークをしてほしい」と頼んでくる人もいた。ただ、皆、1〜2度会っただけの人だ。そして、こう思っているようだった。

「だって、映画の応援したんだから、そのくらいやってくれるよね〜」

そのために自腹でロケ地まで行く。宿泊費も出ない。

「監督は地元によく来るから交通費いらないよね〜。タダで泊めてくれる人もいるんじゃない?」

という感覚。皆さん。悪意はない。深く考えない。基本はいい人たち。ただ、いつしか僕は「地元によく来る人」にされていた。それは映画準備で通ったのであって、映画公開後に行くことはない。でも、「よく来る人」になっていた。

「映画監督は金持ちだしな」

「俺の売ったチケット。料金の50%は監督の懐に入っているはず!」

ありもしないことを想像する人もいた。監督料が安いという現実を知ると仰天するだろう。でも、応援してくれたのは事実。感謝の気持ちもあって、頼みに応えていた。が、交通費も出ない。1日がかり。そんなタダ働きが何度も続いた。

田舎の選挙で、応援した。当選したら、あれこれ議員先生に頼みごとをしに行く。「だって、選挙で応援したでしょう?」というのと同じ構図だと分かってきた。

「今度はワシらの言うこと聞いてもらいますよ! 映画の応援したんですから!」

と言われたこともある。そもそも、映画は街のために作っている。街を全国にアピールするため。それでなぜ、僕が特定の人にお礼をせねばならないのか?  そして本当に応援してくれた人は、頼みごとをしてくることは少ない。小さな応援をした人に限って大きな見返りを求める。頼みを断ると言われた。

「あんなに応援したのに......俺は利用されたということだ....」

そう言い触れ回る人もいた。「いい人だと思っていたのに。裏切れた!」と。今はもうそんな人はいないが、最初の頃はよくあった。先輩はいう。

「それはお前が悪い。いくら無名でも映画監督だと聞けば皆、興味持って近づいてくるもの。2度会えば、もう友達感覚。頼みごともしたくなる。利用しようという輩も出てくる。

その上、お前は頑張り屋だから、それが裏目に出る。田舎で映画撮る時も張り切るから、地元の人はいつしか、町のための映画ではなく、この監督が撮りたい映画!になってしまう。だから、町興し映画ではなく、この監督のお手伝いをしているという気持ちになる。それで見返りを求めてくるのさ」

一時期のFacebookでもそうだったが、何度かコメントをやり取りすると、急激に親近感を持たれ、説教されたり、注意されたり、それだけならいいが、スピーチをして下さい。会に来て下さい。もちろん、交通費自腹でギャラはなし。さらに寄付を下さい。デモに参加してください。とあれこれ頼まれた困ったこともある。先輩はいう。

「それも同じ。この監督は金のためでなく、頑張っている。だから、私たちの街でも自腹で来てくれるはず!と勘違いするのさ。何事も適当にやらないと、バカを見ることになる。一般の人に映画人がどれだけ経済的に苦労しているか分からない。そのくせ忙しいか知らない。彼らにとって映画はお祭りなんだ。だから、俺たちが注意して接することが大事なんだよ」

最近ではその手の頼みごとはなくなった。ロケ地の人たちも理解してくれている。ただ、相変わらず一生懸命やると勘違いされることがある。先輩のいう「俺たちが注意しなきゃいけない」というのは正解。映画という仕事は理解されにくい。誤解や想像で批判してくる人もいる。

最近はこう考える。僕が応援してくれた人たちにすべきは、個人的なお礼をすることではなく、感動作を作ること。それが最大のお返し。そう考えている。



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「51歳でデビューしたのは遅すぎない!ちょうどいい時期」と言った伊丹十三監督の言葉。今、重く受け止めてしまう? [映画業界物語]

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「51歳でデビューしたのは遅すぎない!ちょうどいい時期」と言った伊丹十三監督の言葉。今、重く受け止めてしまう?

本日のブログで2回も登場したので、あれこれ思い出す。伊丹監督、元々は俳優である。確か「コメットさん」(1代目)のお父さんとして僕らの世代は出会っていた。監督デビューしてからダウタウンの番組に出た時、浜ちゃんからこう言われていた。

「監督ほど関西人にとって親しみのある名前。ありませんで〜」

というのも伊丹(空港がある)と十三(じゅうそうーあの映画館、シアターセブンのある街)両方とも大阪の有名な地名だからだ。そんな伊丹監督は1984年の「お葬式」で監督デビューしている。そのとき彼は51歳。遅すぎるデビューだったが、本人曰く。

「俳優業をやり、雑誌編集、デザイナー、作家、エッセイスト、といろんなことをやって来た。その全ての経験が活かせるのが映画監督。遅すぎたというより、ようやくその時期が来たんだよ」
というようなことを言っていた。当時、僕は22歳。日本映画界はどんどん20代の若手監督がデビューしていて、めっちゃ焦っていた。ハリウッドではスピルバーグやルーカスも30代。コッポラでさえ40代。年寄り監督の映画はもう通用しない!くらいな感じだった。もちろん、日本では60代70代のベテランが頑張っていたが、時代錯誤甚だしい映画を撮り続けていた。

それらを見るたびに、やはり監督も若くなければならない!感性が枯れた老人の映画は詰まらない!と当時は思っていた。が、僕はプロになるチャンスも掴めず自主映画を続けていた。当時、日本映画で注目を浴びていたのは大森一樹(ヒポクラテスたち)石井聰互(狂い咲きサンダーロード)ら若手だった。ベテラン監督たちとは違う若い感性で

「これまでの日本映画とは違う!」

と若い映画ファンは支持した。彼らに続けと、多くの学生たちが8ミリカメラを手に自主映画を製作。そんな中からさらに若い監督たちがデビューして行く。だが、そこで伊丹監督の言葉が心に刺さった。

「いろんなことを経験してこそ、映画監督業ができる!」

実は近いことを感じていた。当時、僕が作った8ミリ映画。シナリオも自分で書いていたのだが、そのベースは高校時代の経験や思いを物語にしたもの。3本目を完成させた時、次はどうしようと思った。もし、幸運にもプロになれたとして、70歳まで監督できたとして、2年に1本撮れたとすると、35本だ。

「オリジナルのシナリオで監督したい!」

という思いがあったので、そうなると35本の物語を考えねばならない。高校時代3年間の経験で作ったのは3本。それをセルフリメイクしたとして、あと32本。「そんなに物語が作れるだろうか?」ということを考えた。通常、デビュー前にそんなことは考えないだろう。あと35本も撮れるとなると、若い映画監督志望者なら大喜びするところだ。

でも、自主映画でたった3本を作るだけで血を吐くような思い。5年で高校時代を消化してしまった。そのあとは何をベースに作ればいいのか? 同じことが漫才の世界であった。当時、大人気のB&B。10年修行して作ったネタを1年で使い切ってしまった。そのことを島田紳助が指摘。

「兄さんはもう何もないので、ただただ早口で喋っていただけ。聞いてて辛かった。でも、テレビの世界はすぐに使い切られてしまう」

その話も感じるもの多かった。監督生活に入ってしまうと、作り続けなければならない。いろんな経験ができない。もちろん、原作ものという手はある。が、オリジナルシナリオにこだわった。僕は「監督がしたい!」というより「物語が作りたい」という思いがあったからだ。

さらに思い出すのは当時の漫画家たち。「少年ジャンプ」や「少年マガジン」に連載する若手。大ヒットを飛ばしても1本で消えていく。対してベテランたちは何本ものヒット作を持ち、代表作が複数ある。ある編集者はいう。

「若手の多くは漫画少年で、漫画を読んで育ってきた。その知識で漫画を描く。若い感性だけで勝負している。だから、続かない」

それは映画監督志望の専門学校生にも言えた。映画はよく見ている。評論家のように詳しい。でも、自分の体験がない。映画以外のことを知らない。そんな時に伊丹監督の発言。51歳の監督デビュー。他にも色々あって、僕はアメリカ留学を決意する。

20代で監督デビューを目指すのではなく、遠回りすること。映画の知識しかない者が監督になっても、多くの作品を作ることはできない。そう感じた。同じ夢を追いかける友人で、こう言う奴がいた。

「経験がなくても、才能があればやっていけるはずだ!」

そうだろうか?当時から「才能」と言うものには懐疑的だった。そんなものは本当に存在するのか? 僕は経験が大切だと考え、アメリカへ行く。

その後、80年代にデビューした若手監督たちは1−2本撮って消えていった。あるいは30代になり、40代になり、無難な作品しか撮らなくなる。20代の頃のキラキラした感性を失い、普通の映画しか撮れなくなっていた。人はどう足掻いても歳を取る。若い感性だけで勝負していると、いつかそれは失われるということなのだ。これも漫画家と同じだった。「才能あれば」と言う友人も監督業を諦めカタギの仕事に就いていた。

僕は結局、6年留学して、帰国。それか5年かかって脚本家となり、さらに10年かかって映画監督デビューした。43歳になっていた。一時期は20代監督デビューに憧れたのに、倍の40代。それでも伊丹監督の51歳より早い。それから5本の映画を撮った。皆、評判がいい。「毎回、感動して泣ける...」と言ってもらえる。もし、20代で監督デビューしていたら、そんな作品が作れただろうか? 5本も作り続けることができたか?

伊丹十三監督の言葉を思い出し、自分の道を振り返る。自主映画時代。アメリカでの経験、帰国してからのアルバイト生活、人生で出会った様々な人たち。踏みつけられ屈辱だった体験。それが僕の映画を作っている。若くしてデビューすることに憧れていたが、時代が過ぎ去れば大したことではないと分かった。

「俺は20代で監督デビューした」

と言えば、その時は賞賛されるが、40代で撮れなければ

「最近は撮ってないのね〜」

と思われるだけ。大事なことは短期間でデビューすることではない。若くして夢を掴むことでもない。良質な作品をいかに長く作り続けるか?なのだ。監督業以外でも同じ。俳優業でも、作家でも、歌手でも、若くしてデビューして消えることではなく、長く続けること。それには何が必要か? そんなことも若い人たちに伝えたい。



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申告時期になると、いつも思い出す伊丹十三監督と「マルサの女」そして映画製作日記のこと? [映画業界物語]

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申告時期になると、いつも思い出す伊丹十三監督と「マルサの女」そして映画製作日記のこと?

申告準備ができたので税理士さんの事務所へ。Excelに打ち込んだリスト。領収書。そして貯金通帳を提出。確認をしてもらう。監督業は儲かる仕事ではないので、多額の税金を払うことはないが、それでも幾らかの税はかかってくる。

そして間違いがあると税務署から調査される。そうならないように税理士さんが事前に確認してくれる。それで問題がなければ、後の複雑な作業を引き継いでくれる。が、数字に弱い僕は二つほどミスをしており、記載忘れがあった。それを後日、修正して提出。

申告となるといつも思い出すのは伊丹十三監督のこと。彼の監督デビュー作「お葬式」は大ヒット。だが、その収益の多くを税金として持って行かれショックを受けた。

「何でそんなことになるの?」

と調べていき、国税庁査察部という存在を知った。そこから「マルサの女」が生まれるのである。先輩がスタッフの一人だったので、色々と当時のエピソードを聞かせてもらった。伊丹監督が書いた制作日記「マルサの女日記」も読んだ。映画企画時から撮影、編集。完成までを監督自身が綴った本。

そんなのそれまでなかった。監督の視点で映画製作を見つめ、記録するなんて凄い。伊丹監督は「マルサ」だけでなく「お葬式日記」「大病人日記」も書いている。それらは当時、監督志望だった僕にはとても勉強になった。そんなことがあるので、僕もデビュー作「ストロベリーフィールズ」から製作日記を書いている。

企画時から撮影、完成、公開、DVD発売。その後まで。監督作5本。全て記録。自身で書いた。もちろん「明日にかける橋」日記もある。出版はされていないが、ネットで今も全部読むことができる。僕が伊丹監督の日記から学んだように、若い映画監督志望の子たちの参考になれば!と思っている。

それも伊丹監督の日記があったからだ。そのことも申告時期になると思い出す。とりあず、その内の2つのアドレス。以下に記載。

●明日にかける橋」監督日記

https://cinematic-arts.blog.so-net.ne.jp

●「ドキュメンタリー沖縄戦」監督日記
これが最新作。春完成予定のドキュメンタリー映画。沖縄取材、沖縄戦勉強から、編集、この後は試写会、公開まで経過を詳しくレポートします。沖縄問題、戦争のことも綴ります。

https://okinawa2017.blog.so-net.ne.jp


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業界はフットワークが軽くないとダメ。でも、拘わってしまうのだ! [映画業界物語]

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業界はフットワークが軽くないとダメ。でも、拘わってしまうのだ!

映像業をしている人。特にディレクターと呼ばれる人。例えば沖縄戦の番組を作るとなると、こんな行動をする。まず、本屋に行き「沖縄戦」関係の本を探し、2−3冊購入。(今ならネットで検索して詳しいHPを見つける)それらの本を斜め読み、良さそうな1冊をベースに番組を構成する。あとは現地取材。そして沖縄戦に詳しい先生を見つけ監修。それで番組を作ってしまう。

僕が「青い青い空」と言う書道映画を作った時。書道ブームで何本もの書道ドラマが作られた。そんな1本。脚本家は書道のことをほとんど勉強せず、スポーツドラマの公式でシナリオを書いた。。本来なら書道の魅力を織り込んで物語を作るべき。だが、映画を見ても書道の知識をうまくすり、ストーリーが展開する抜けて展開していた。

ドラマとしては成立しているが、これでは書道を題材にする意味はない。先のテレビディレクターといい、その脚本家といい、やっつけ仕事だ。しかし、業界でやっていくにはそれが必要なのである。真剣に題材を勉強していたら最低1年はかかる。それに見合うだけの給料やギャラはもらえない。仕事は次々にやってくる。

だから、その手の本1冊で済ませる。題材をほとんど勉強せずにシナリオを書く。だが、沖縄戦なら記録映像。書道なら筆を持ち書を書く生徒が写っていれば、題材に詳しくない観客や視聴者はそれなりに納得してしまうことが多い。適当なものでも「へーそうなんだ」と思ってしまう。

書道の映画でいえば、その作品。企画スタートから撮影まで3ヶ月。多分、シナリオは1ヶ月。調べたり学んだりしている時間はない。執筆だけで1ヶ月は必要。でも、ドラマとして面白い必要はある。だから、スポーツドラマのパターンを持ち込み。書道関係者に話だけ聞いて、書道を勉強しなくても書ける物語を作ったのである。

「酷いなあ〜」

と思う人もいるだろうが、テレビ映画の世界はそんな仕事をする人が多い。ただ、今***がブームと呼ばれてから勉強したのでは遅い。素早く、適当に仕上げることが業界的は大事。ただ、中身はないし、ブームが去れば誰も見ない。思い出すこともない。

僕がライターをしていた頃。雑誌に記事を書いていた。脚本家デビューする前。その時、編集者に言われた。

「太田くんは拘りすぎる。ライターはフットワークが軽くないとダメ。W杯があればサッカー。恐竜映画が公開されれば恐竜。と、身軽に動けないと読者の興味はすぐに次に行く。1つに拘り時間をかけていると、時代が変わってしまうよ」

その通りなのだ。そんなことで僕はフットワークが軽くないことを自覚。映画監督になってからは本当に自分が興味を持ったことだけをすることにした。書道は3年以上勉強。原発も徹底して取材した。今回の沖縄戦も2年かけて勉強、取材。

それだけではダメと思えて太平洋戦争、日中戦争も勉強。過去だけでなく現代も知らないといけない!と思え、日米地位協定、基地問題、日米合同委員会、トランプ大統領についても勉強した。それらは今回の作品には持ち込めない。が、それを知っていて作るのと知らずに作るのでは、まるで違うものになるのだ。

ただ、そこまですると、かけた年月に相応しいギャラにはならない。もともと監督料は安い。時間をかけるほどに日給、時間給は下がって行く。皆、それが嫌で、ほどほどにして本1冊で、別のジャンルの方法論を持ち込んで対応してしまう。そして悲しいことに、多くの観客はその違いに気づかない。

とは言え、見る目のある人には伝わる。感動のクオリティが違う。そしてブームが去っても、数年して見ても、時間をかけて作ったものの感動は変わらない。

と言うと、物凄いこだわりで仕事をしているようだが、僕の場合。フットワークが軽くないと言うことがある。今日はサッカー。明日は恐竜。と言うことができない。こだわると、その題材に2年でも3年でも執着する。と言うか執念深い。

山崎豊子さんの小説は大好き。その執着の権化のような作家だ。「白い巨塔」「二つの祖国」「沈まぬ太陽」「華麗なる一族」と徹底した取材で書いている。黒澤明監督の映画が時代を超えて愛されるのも同じ理由だろう。

そんなことで毎回、入れ込んでやるので生活が大変。過労で毎回倒れる。でも、だから、観客が感動してくれる作品ができるのだと思える。「沖縄戦」もそんな作品にしたい。



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編集は苦しい。でも、作品を見てくれる人たちの期待に応えるべく頑張る。 [映画業界物語]

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編集は苦しい。でも、作品を見てくれる人たちの期待に応えるべく頑張る。

このところ部屋に篭り編集。外出も近所の食堂とマーケットのみ。友人にも会わない。テレビも新聞も見ない。そんな生活をしていると、クリスマスであることや祝日であることも分からない。流石に師走であることは知っているが、このまま行けば大晦日、元旦も編集だ。

3月下旬に完全完成させねばならない。その上、2月末までに申告。さらに2月に「朝日のあたる家」上映会がある地域で開催され、上映後のトークショーに出ねばならない。どれも代わりにやってくれる人はいない。それらを考えると今年の内に少しでも編集を進めておきたい。

なのに数十時間に及ぶデータ変換を1からやり直し。さらに、編集ソフトもFINAL CUT Xにしたので使い方から覚えなければならない。こんなことなら「7」でやればよかったとも思うが、こう言う機会がなければ新しいものを把握することはできないだろう。

そういえば昨年の今頃は「明日にかける橋」完成披露試写会だった。その日に合わせるために、かなり苦しい編集作業をした。が、どうにか間に合い試写会。3000人も方々が詰めかけ、大盛況だった。

その9ヶ月後、つまり今年の9月に今度は地元の映画館で公開。再び大ヒット!9週間のロングランを達成した。そして来年1月には地元ららぽーと磐田で1日限りのアンコール上映も予定されている。本当に凄い!

毎回、編集は時間がかかり大変だが、そんな感じで半年後、1年後には凄い展開が待っていることが多い。その日を夢見て、映画を見てくれる人たちが感動してくれることを期待して作業を続ける。


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