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悪意がなくても、トラブルを起こす人たち。映画製作はいろんなことがある? =私は被害者だと言い触れ回る人 [映画業界物語]

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悪意がなくても、トラブルを起こす人たち。映画製作はいろんなことがある?

地方で映画を作るときに難しいこと。2回書かせてもらった。「感謝」の気持ちを伝えることは良いことだと子供時代から思っていたが、そのことで誤解を生み悲しい思いをさせてしまうことがあるなんて想像もせず(前回の記事)。映画作りは常識的な判断だけでは行かないことも痛感した。

もう一つ、そんなケースを紹介しよう。地方映画は地元から多くの人が支援、応援してくれる。地元のみならず以前のロケ地。全国の街からも市民俳優として出演してくれたり、ボランティアで来てくれる人もいる。毎回、多くの人が参加してくれるので本当にありがたい。が、あるときスタッフにこう言われた。

「監督はよく一般の方のお手伝いを受け入れますが、それを嫌う監督も多いんですよ。良かれと思って参加してくれても、プロではないのでお願いした仕事ができず。余計に手間がかかったり。トラブルを起こしたりするからなんですけど...」

確かにそれはある。だが、ボランティアで来てくれる人に悪意のある人はなく、その人が出来る仕事を考えてお願いする。プロでなくてもできることを手伝ってもらう。それだけでも低予算映画の場合は多いに助かる。が、あるとき、僕の想像を超える事件が起こった。

「監督の映画、素晴らしいです。応援させてください!」

と近づいてきた女性がいた。撮影の手伝いだけでなく、映画イベント等にも現れ、周りの人たちにも接触。その後、次々にトラブルを起こした。これは慎重に説明せねばならないが、その人は病気。体は健康だが、心が病んでいて物事を歪めて捉えてしまう。だから、トラブルが起きる。

僕がこれまでに書いた「その種の記事」を読んでくれた方は分かると思うが、その病気の実情を多くの人は知らない。それどころか間違った認識を持っている。急に叫び出すとか、暴れるとか、非常識な行動を取るとか、そんな症状の人もいるが、そうではない患者の方が多い。それを見分けるのは一般の人にはまず不可能。「ちょっと変な人?」と思うか?あるいは病気だと全く気づかないのだ。

患者も自分が病気だと気づいていないことがある。そして、事実でないことを事実だと思い込んだり。妄想を信じてしまう。そして

「***さんにいじめられた....」

「酷いことをされた....」「騙された....」「辛い。もう死にたい.....」

と騒ぎ、泣き、言い触れ回る。周りの人はそれが事実だと思う。

「可愛そうだ」「酷い話だ」「許せない」

と思って酷いことをした相手を攻撃する。が、相手には覚えがない、患者の思い込みとか妄想だからだ。なのに周りから批判、攻撃される。事実ではないので反論。結果、病気でない人同士が争い、トラブルになる。ありもしないことで揉める。でも、原因がその患者にあることに気づかない。そんな病気があること自体、多くの人は知らない。

自身が被害者であるかのように演じて、皆の注目を集め、妄想を語り、周りを巻き込んでしまう。さらに患者はネットを使い、自分は被害者だとアピール。いろんな人にありもしないことを伝えて周り、同情を得ようとする。それに引っかかり応援する人まで出てくる。

周りから見る健気な頑張り屋に見えてしまう。そして患者は若い女性に多いので、攻撃された男性の方が悪者だと思われる。僕は以前から精神病は勉強していたが、その病気は全く知らなかった。そんな患者が撮影のお手伝いに来たことがあり、トラブルが起こった。

最初は理由が分からず、あれこれ考えていたら知り合いの精神科医さんが教えてくれた。早目に気づいたので大事にはならなかった。が、迷惑がかかった人もいた。患者に悪意はない。「映画のお手伝いをしたい」と真剣に思っている。が、思い込みが強く、妄想があるので

「私は騙された〜」

と騒いでしまう。患者ではないが、出演者のファンがボランティアを装って参加。その俳優に近づこうとしたり、私物を盗んだりすると言う話を聞いたこともがある。隠れて写真を撮る。アイドルグループのイベントで刃物で斬りつけるという事件が少し前にあったが、悪意を持った人たちもいる。

それを最初に見極めるのは難しい。特に患者の場合は悪意がなく、トラブルを予期するのは困難。なので、多くの監督たちは一般のお手伝いを敬遠しがちなのだ。僕は基本、やる気のある人は受け入れる!という姿勢だった。そして悪意のある人間を見抜くのは得意で、金目当て、映画を利用しようと近づいてくる輩は、これまで何人も見抜いてブロック、追放している。

が、病気であることは専門医でないと分からない。そんなことがあってから「やる気がある」「好意的だ」というだけで信頼してはいけないと思うようになった。悲しい話だ。また、最初は好意的で応援してくれても、映画の世界は一般的の人に難しいところがある。が、知らない人には、当たり前のことでも「それは許せない!」と思うこともある。価値観や方法論が違う。

「ボランティアで手伝ったのにギャラがなかった」

と文句を言う人もいる。(ボランティアは無償行為)「だったら、お金でなく記念品をくれればいいのに」と言う。それが出せるくらいならボランティを受け入れたりはしない。悪意はなくても、筋違いの不満を持ち、腹いせのために

「利用された〜酷い〜」

と言い触れ回る人も時にはいる。そしてデマや嘘を信じて、一緒になって批判を始める人もいる。そのために他のボランティアの皆さんが巻き込まれたり、迷惑をかけたりもする。それ以来、対策を講じている。応援してくれる人を疑わなければならないのは悲しいことだが、そんなことも考えていかねばならない。


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感謝を伝えたことで、逆に恨まれてしまうこと=映画製作の難しさ② [映画業界物語]

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感謝を伝えたことで、逆に恨まれてしまうこと=映画製作の難しさ②

昨日書いた記事が好評だった。映画を応援してくれた人が「今度はワシらの言うこと聞いてもらわないとな?」とあれこれ頼みごとをするという話。

政治家でも「この町を良くするために!」と立候補したのに、当選すると応援してくれた人が「俺の会社に自治体の仕事を回して欲しい」とか、「息子を有名大学に合格させて欲しい」とか、個人の要求をしてくるのは良く聞く話。人はなぜ、勘違いをするのか? 

その候補を応援したのは「町をよくしてくれる」と信じたからだ。それを「応援したから」=>「俺の会社に自治体の仕事を回せ」と言うのは筋が違う。要求するのは「この町を良くしろ。だから応援したんだ」と言うべきなのだ。

映画も同じで「故郷をアピールする映画を作るから応援した」はずなのに、映画を応援したのだから、監督、ワシらの頼みを聞いてください」も政治家と同じ構図。最近はそんな筋違いな頼みごとをしてくる人はいないが、以前は映画を作るたびに、その種の人が何人も連絡して来た。

その種の話をもう一つ。毎回、いろんな方の応援で映画は完成する。感謝感謝。応援してくれた方々ーお1人お1人に、その気持ちを伝えたい。が、主要な方々だけでもかなりの数。一度に全員を訪ねることはできない。

撮影後にお礼に伺うが時間に限りがある。監督は本来、撮影終了と同時に帰京し編集を始めなければならない。が、1週間ほど帰京を伸ばして挨拶回りをしていた。それでも全員は無理なので、次に地元を訪ねた時、お礼を言えなかった人たちを訪ねる。すると前回、お訪ねした人がこう言っていたらしい。

「今回、俺は無視ですか? 撮影後だけ挨拶に来て、今回は来ないんだな....監督は酷い…」

悪い人ではない。熱烈応援してくれた方。ありがたかった。が、毎回、ご挨拶には伺えない。他の何十人も訪ねなけれならない。先輩はこう言う。

「その人は監督がわざわざお礼を言いに来てくれて、嬉しかったんだよ。それで親しい友人になったと思った。次に地元に来た時も、きっと訪ねてくれると思った。でも、来なかった。行けないよな? 他の人にお礼言って回るんだから。でも、その人は友人だと思っている。なのに来ない。寂しい。それが怒りに変わる。恩知らずだ!になるんだよ」

そんな人は極々僅か。でも、分かる部分もある。例えば、僕が飲み会で意気投合した。飲み代を奢った人がいたとする。メルアド交換して、あとで連絡したが返事はない。「何なんだ?」と思う。

「あの時、盛り上がって、酒代奢ったのにー。失礼な奴だな….」

それと同じ感覚なのだ。ただ、違うのは、飲み会なら1人VS1人。お礼ができる。が、映画の場合は1人VS100人。1人が100人にお礼するのはかなり大変。それが分かってもらえない。何人かが飲み会の構図で考えしまう。

「失礼な奴だ…結局、俺は利用されんただな…」

それを聞いた別の人が言う。

「そういえばウチにも監督はお礼は来なかった。ほんと失礼ね...」

でも、その人は近所で行われた撮影を見に行っただけ。俳優に「頑張ってくださいね!」と声をかけただけ。でも、いつしか応援したつもりになっていたので話を聞き「うちにも挨拶に来なあったわ。失礼ね...」と思えたらしい。

本来、映画撮影のお礼参りは制作担当がする。監督は編集があるので、いち早く帰る。挨拶回りで編集が遅れて完成が間に合わないと、多くの人に迷惑がかかる。が、僕はそれでも感謝の気持ちを伝えようと地元に残りお礼を伝えていたが、そのことが結果として誤解させて傷つけることになっていた。先輩は言う。

「そもそも、町の映画だ。本来は地元の人が監督に映画を作ってくれてありがとうーとお礼を言うべき。それを逆に、監督が感謝して回った。1週間も居残りしてだ。そんなことをするから、何人かは町の映画ではなく、監督の映画だと思ってしまう。

映画の応援ではなく、監督の応援をしたと思い込む。だから、次に来た時に挨拶がないと、拗ねてしまう。裏切られたと思う。お前にも問題があるんだよ」

もちろん、2度も3度もお礼に行かなくても理解してくれている人がほとんどだ。が、どこの町でも必ず誤解する人がいる。そんな人は非常に純粋で真面目な人が多い。だから心が痛む。そしてお礼に伺うことで、そんな結果になるなら考えねばならない。すでに担当者が挨拶回りはしっかりしているのだ。そんなことが以前はよくあった。

最近はこう考える。1人1人を訪ねて感謝を伝えるより、少しでも素敵な映画を作り、多くの人に喜んでもらうこと。そのために仕上げに全力を尽くすのが監督の責務だと。お礼は言葉ではなく作品で伝えることが大事。そう考えるようにしている。



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「映画を応援しました。だから今度はワシらのために***して下さい」と頼んでくる人たち。それってどうなの?=映画製作の難しさ① [映画業界物語]

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「映画を応援しました。だから今度はワシらのために***して下さい」と頼んでくる人たち。それってどうなの?=映画製作の難しさ①

地方映画を作ると、いろんなことがある。最近ではなくなったが、以前は撮影時にお世話になった方から頼みごとをされることがあった。

「撮影中に車を無料でお貸ししました。前売券も10枚売りました。今度は私のために一肌脱いでもらえますか? 監督さん」

そう言われた。今考えればおかしな話。前売り券を何枚売ってもらっても、監督に歩合は入らない。車を貸してもらったことで、レンタカー代が浮いて、助かったのはプロダクション。その見返りを監督に求めてくるのは本来、筋が違う。

が、相手は悪い人ではない。力を貸してほしいという。他にも「イベントに来てほしい」「文章を書いてほしい」「審査員をしてほしい」「トークをしてほしい」と頼んでくる人もいた。ただ、皆、1〜2度会っただけの人だ。そして、こう思っているようだった。

「だって、映画の応援したんだから、そのくらいやってくれるよね〜」

そのために自腹でロケ地まで行く。宿泊費も出ない。

「監督は地元によく来るから交通費いらないよね〜。タダで泊めてくれる人もいるんじゃない?」

という感覚。皆さん。悪意はない。深く考えない。基本はいい人たち。ただ、いつしか僕は「地元によく来る人」にされていた。それは映画準備で通ったのであって、映画公開後に行くことはない。でも、「よく来る人」になっていた。

「映画監督は金持ちだしな」

「俺の売ったチケット。料金の50%は監督の懐に入っているはず!」

ありもしないことを想像する人もいた。監督料が安いという現実を知ると仰天するだろう。でも、応援してくれたのは事実。感謝の気持ちもあって、頼みに応えていた。が、交通費も出ない。1日がかり。そんなタダ働きが何度も続いた。

田舎の選挙で、応援した。当選したら、あれこれ議員先生に頼みごとをしに行く。「だって、選挙で応援したでしょう?」というのと同じ構図だと分かってきた。

「今度はワシらの言うこと聞いてもらいますよ! 映画の応援したんですから!」

と言われたこともある。そもそも、映画は街のために作っている。街を全国にアピールするため。それでなぜ、僕が特定の人にお礼をせねばならないのか?  そして本当に応援してくれた人は、頼みごとをしてくることは少ない。小さな応援をした人に限って大きな見返りを求める。頼みを断ると言われた。

「あんなに応援したのに......俺は利用されたということだ....」

そう言い触れ回る人もいた。「いい人だと思っていたのに。裏切れた!」と。今はもうそんな人はいないが、最初の頃はよくあった。先輩はいう。

「それはお前が悪い。いくら無名でも映画監督だと聞けば皆、興味持って近づいてくるもの。2度会えば、もう友達感覚。頼みごともしたくなる。利用しようという輩も出てくる。

その上、お前は頑張り屋だから、それが裏目に出る。田舎で映画撮る時も張り切るから、地元の人はいつしか、町のための映画ではなく、この監督が撮りたい映画!になってしまう。だから、町興し映画ではなく、この監督のお手伝いをしているという気持ちになる。それで見返りを求めてくるのさ」

一時期のFacebookでもそうだったが、何度かコメントをやり取りすると、急激に親近感を持たれ、説教されたり、注意されたり、それだけならいいが、スピーチをして下さい。会に来て下さい。もちろん、交通費自腹でギャラはなし。さらに寄付を下さい。デモに参加してください。とあれこれ頼まれた困ったこともある。先輩はいう。

「それも同じ。この監督は金のためでなく、頑張っている。だから、私たちの街でも自腹で来てくれるはず!と勘違いするのさ。何事も適当にやらないと、バカを見ることになる。一般の人に映画人がどれだけ経済的に苦労しているか分からない。そのくせ忙しいか知らない。彼らにとって映画はお祭りなんだ。だから、俺たちが注意して接することが大事なんだよ」

最近ではその手の頼みごとはなくなった。ロケ地の人たちも理解してくれている。ただ、相変わらず一生懸命やると勘違いされることがある。先輩のいう「俺たちが注意しなきゃいけない」というのは正解。映画という仕事は理解されにくい。誤解や想像で批判してくる人もいる。

最近はこう考える。僕が応援してくれた人たちにすべきは、個人的なお礼をすることではなく、感動作を作ること。それが最大のお返し。そう考えている。



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「51歳でデビューしたのは遅すぎない!ちょうどいい時期」と言った伊丹十三監督の言葉。今、重く受け止めてしまう? [映画業界物語]

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「51歳でデビューしたのは遅すぎない!ちょうどいい時期」と言った伊丹十三監督の言葉。今、重く受け止めてしまう?

本日のブログで2回も登場したので、あれこれ思い出す。伊丹監督、元々は俳優である。確か「コメットさん」(1代目)のお父さんとして僕らの世代は出会っていた。監督デビューしてからダウタウンの番組に出た時、浜ちゃんからこう言われていた。

「監督ほど関西人にとって親しみのある名前。ありませんで〜」

というのも伊丹(空港がある)と十三(じゅうそうーあの映画館、シアターセブンのある街)両方とも大阪の有名な地名だからだ。そんな伊丹監督は1984年の「お葬式」で監督デビューしている。そのとき彼は51歳。遅すぎるデビューだったが、本人曰く。

「俳優業をやり、雑誌編集、デザイナー、作家、エッセイスト、といろんなことをやって来た。その全ての経験が活かせるのが映画監督。遅すぎたというより、ようやくその時期が来たんだよ」
というようなことを言っていた。当時、僕は22歳。日本映画界はどんどん20代の若手監督がデビューしていて、めっちゃ焦っていた。ハリウッドではスピルバーグやルーカスも30代。コッポラでさえ40代。年寄り監督の映画はもう通用しない!くらいな感じだった。もちろん、日本では60代70代のベテランが頑張っていたが、時代錯誤甚だしい映画を撮り続けていた。

それらを見るたびに、やはり監督も若くなければならない!感性が枯れた老人の映画は詰まらない!と当時は思っていた。が、僕はプロになるチャンスも掴めず自主映画を続けていた。当時、日本映画で注目を浴びていたのは大森一樹(ヒポクラテスたち)石井聰互(狂い咲きサンダーロード)ら若手だった。ベテラン監督たちとは違う若い感性で

「これまでの日本映画とは違う!」

と若い映画ファンは支持した。彼らに続けと、多くの学生たちが8ミリカメラを手に自主映画を製作。そんな中からさらに若い監督たちがデビューして行く。だが、そこで伊丹監督の言葉が心に刺さった。

「いろんなことを経験してこそ、映画監督業ができる!」

実は近いことを感じていた。当時、僕が作った8ミリ映画。シナリオも自分で書いていたのだが、そのベースは高校時代の経験や思いを物語にしたもの。3本目を完成させた時、次はどうしようと思った。もし、幸運にもプロになれたとして、70歳まで監督できたとして、2年に1本撮れたとすると、35本だ。

「オリジナルのシナリオで監督したい!」

という思いがあったので、そうなると35本の物語を考えねばならない。高校時代3年間の経験で作ったのは3本。それをセルフリメイクしたとして、あと32本。「そんなに物語が作れるだろうか?」ということを考えた。通常、デビュー前にそんなことは考えないだろう。あと35本も撮れるとなると、若い映画監督志望者なら大喜びするところだ。

でも、自主映画でたった3本を作るだけで血を吐くような思い。5年で高校時代を消化してしまった。そのあとは何をベースに作ればいいのか? 同じことが漫才の世界であった。当時、大人気のB&B。10年修行して作ったネタを1年で使い切ってしまった。そのことを島田紳助が指摘。

「兄さんはもう何もないので、ただただ早口で喋っていただけ。聞いてて辛かった。でも、テレビの世界はすぐに使い切られてしまう」

その話も感じるもの多かった。監督生活に入ってしまうと、作り続けなければならない。いろんな経験ができない。もちろん、原作ものという手はある。が、オリジナルシナリオにこだわった。僕は「監督がしたい!」というより「物語が作りたい」という思いがあったからだ。

さらに思い出すのは当時の漫画家たち。「少年ジャンプ」や「少年マガジン」に連載する若手。大ヒットを飛ばしても1本で消えていく。対してベテランたちは何本ものヒット作を持ち、代表作が複数ある。ある編集者はいう。

「若手の多くは漫画少年で、漫画を読んで育ってきた。その知識で漫画を描く。若い感性だけで勝負している。だから、続かない」

それは映画監督志望の専門学校生にも言えた。映画はよく見ている。評論家のように詳しい。でも、自分の体験がない。映画以外のことを知らない。そんな時に伊丹監督の発言。51歳の監督デビュー。他にも色々あって、僕はアメリカ留学を決意する。

20代で監督デビューを目指すのではなく、遠回りすること。映画の知識しかない者が監督になっても、多くの作品を作ることはできない。そう感じた。同じ夢を追いかける友人で、こう言う奴がいた。

「経験がなくても、才能があればやっていけるはずだ!」

そうだろうか?当時から「才能」と言うものには懐疑的だった。そんなものは本当に存在するのか? 僕は経験が大切だと考え、アメリカへ行く。

その後、80年代にデビューした若手監督たちは1−2本撮って消えていった。あるいは30代になり、40代になり、無難な作品しか撮らなくなる。20代の頃のキラキラした感性を失い、普通の映画しか撮れなくなっていた。人はどう足掻いても歳を取る。若い感性だけで勝負していると、いつかそれは失われるということなのだ。これも漫画家と同じだった。「才能あれば」と言う友人も監督業を諦めカタギの仕事に就いていた。

僕は結局、6年留学して、帰国。それか5年かかって脚本家となり、さらに10年かかって映画監督デビューした。43歳になっていた。一時期は20代監督デビューに憧れたのに、倍の40代。それでも伊丹監督の51歳より早い。それから5本の映画を撮った。皆、評判がいい。「毎回、感動して泣ける...」と言ってもらえる。もし、20代で監督デビューしていたら、そんな作品が作れただろうか? 5本も作り続けることができたか?

伊丹十三監督の言葉を思い出し、自分の道を振り返る。自主映画時代。アメリカでの経験、帰国してからのアルバイト生活、人生で出会った様々な人たち。踏みつけられ屈辱だった体験。それが僕の映画を作っている。若くしてデビューすることに憧れていたが、時代が過ぎ去れば大したことではないと分かった。

「俺は20代で監督デビューした」

と言えば、その時は賞賛されるが、40代で撮れなければ

「最近は撮ってないのね〜」

と思われるだけ。大事なことは短期間でデビューすることではない。若くして夢を掴むことでもない。良質な作品をいかに長く作り続けるか?なのだ。監督業以外でも同じ。俳優業でも、作家でも、歌手でも、若くしてデビューして消えることではなく、長く続けること。それには何が必要か? そんなことも若い人たちに伝えたい。



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申告時期になると、いつも思い出す伊丹十三監督と「マルサの女」そして映画製作日記のこと? [映画業界物語]

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申告時期になると、いつも思い出す伊丹十三監督と「マルサの女」そして映画製作日記のこと?

申告準備ができたので税理士さんの事務所へ。Excelに打ち込んだリスト。領収書。そして貯金通帳を提出。確認をしてもらう。監督業は儲かる仕事ではないので、多額の税金を払うことはないが、それでも幾らかの税はかかってくる。

そして間違いがあると税務署から調査される。そうならないように税理士さんが事前に確認してくれる。それで問題がなければ、後の複雑な作業を引き継いでくれる。が、数字に弱い僕は二つほどミスをしており、記載忘れがあった。それを後日、修正して提出。

申告となるといつも思い出すのは伊丹十三監督のこと。彼の監督デビュー作「お葬式」は大ヒット。だが、その収益の多くを税金として持って行かれショックを受けた。

「何でそんなことになるの?」

と調べていき、国税庁査察部という存在を知った。そこから「マルサの女」が生まれるのである。先輩がスタッフの一人だったので、色々と当時のエピソードを聞かせてもらった。伊丹監督が書いた制作日記「マルサの女日記」も読んだ。映画企画時から撮影、編集。完成までを監督自身が綴った本。

そんなのそれまでなかった。監督の視点で映画製作を見つめ、記録するなんて凄い。伊丹監督は「マルサ」だけでなく「お葬式日記」「大病人日記」も書いている。それらは当時、監督志望だった僕にはとても勉強になった。そんなことがあるので、僕もデビュー作「ストロベリーフィールズ」から製作日記を書いている。

企画時から撮影、完成、公開、DVD発売。その後まで。監督作5本。全て記録。自身で書いた。もちろん「明日にかける橋」日記もある。出版はされていないが、ネットで今も全部読むことができる。僕が伊丹監督の日記から学んだように、若い映画監督志望の子たちの参考になれば!と思っている。

それも伊丹監督の日記があったからだ。そのことも申告時期になると思い出す。とりあず、その内の2つのアドレス。以下に記載。

●明日にかける橋」監督日記

https://cinematic-arts.blog.so-net.ne.jp

●「ドキュメンタリー沖縄戦」監督日記
これが最新作。春完成予定のドキュメンタリー映画。沖縄取材、沖縄戦勉強から、編集、この後は試写会、公開まで経過を詳しくレポートします。沖縄問題、戦争のことも綴ります。

https://okinawa2017.blog.so-net.ne.jp


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業界はフットワークが軽くないとダメ。でも、拘わってしまうのだ! [映画業界物語]

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業界はフットワークが軽くないとダメ。でも、拘わってしまうのだ!

映像業をしている人。特にディレクターと呼ばれる人。例えば沖縄戦の番組を作るとなると、こんな行動をする。まず、本屋に行き「沖縄戦」関係の本を探し、2−3冊購入。(今ならネットで検索して詳しいHPを見つける)それらの本を斜め読み、良さそうな1冊をベースに番組を構成する。あとは現地取材。そして沖縄戦に詳しい先生を見つけ監修。それで番組を作ってしまう。

僕が「青い青い空」と言う書道映画を作った時。書道ブームで何本もの書道ドラマが作られた。そんな1本。脚本家は書道のことをほとんど勉強せず、スポーツドラマの公式でシナリオを書いた。。本来なら書道の魅力を織り込んで物語を作るべき。だが、映画を見ても書道の知識をうまくすり、ストーリーが展開する抜けて展開していた。

ドラマとしては成立しているが、これでは書道を題材にする意味はない。先のテレビディレクターといい、その脚本家といい、やっつけ仕事だ。しかし、業界でやっていくにはそれが必要なのである。真剣に題材を勉強していたら最低1年はかかる。それに見合うだけの給料やギャラはもらえない。仕事は次々にやってくる。

だから、その手の本1冊で済ませる。題材をほとんど勉強せずにシナリオを書く。だが、沖縄戦なら記録映像。書道なら筆を持ち書を書く生徒が写っていれば、題材に詳しくない観客や視聴者はそれなりに納得してしまうことが多い。適当なものでも「へーそうなんだ」と思ってしまう。

書道の映画でいえば、その作品。企画スタートから撮影まで3ヶ月。多分、シナリオは1ヶ月。調べたり学んだりしている時間はない。執筆だけで1ヶ月は必要。でも、ドラマとして面白い必要はある。だから、スポーツドラマのパターンを持ち込み。書道関係者に話だけ聞いて、書道を勉強しなくても書ける物語を作ったのである。

「酷いなあ〜」

と思う人もいるだろうが、テレビ映画の世界はそんな仕事をする人が多い。ただ、今***がブームと呼ばれてから勉強したのでは遅い。素早く、適当に仕上げることが業界的は大事。ただ、中身はないし、ブームが去れば誰も見ない。思い出すこともない。

僕がライターをしていた頃。雑誌に記事を書いていた。脚本家デビューする前。その時、編集者に言われた。

「太田くんは拘りすぎる。ライターはフットワークが軽くないとダメ。W杯があればサッカー。恐竜映画が公開されれば恐竜。と、身軽に動けないと読者の興味はすぐに次に行く。1つに拘り時間をかけていると、時代が変わってしまうよ」

その通りなのだ。そんなことで僕はフットワークが軽くないことを自覚。映画監督になってからは本当に自分が興味を持ったことだけをすることにした。書道は3年以上勉強。原発も徹底して取材した。今回の沖縄戦も2年かけて勉強、取材。

それだけではダメと思えて太平洋戦争、日中戦争も勉強。過去だけでなく現代も知らないといけない!と思え、日米地位協定、基地問題、日米合同委員会、トランプ大統領についても勉強した。それらは今回の作品には持ち込めない。が、それを知っていて作るのと知らずに作るのでは、まるで違うものになるのだ。

ただ、そこまですると、かけた年月に相応しいギャラにはならない。もともと監督料は安い。時間をかけるほどに日給、時間給は下がって行く。皆、それが嫌で、ほどほどにして本1冊で、別のジャンルの方法論を持ち込んで対応してしまう。そして悲しいことに、多くの観客はその違いに気づかない。

とは言え、見る目のある人には伝わる。感動のクオリティが違う。そしてブームが去っても、数年して見ても、時間をかけて作ったものの感動は変わらない。

と言うと、物凄いこだわりで仕事をしているようだが、僕の場合。フットワークが軽くないと言うことがある。今日はサッカー。明日は恐竜。と言うことができない。こだわると、その題材に2年でも3年でも執着する。と言うか執念深い。

山崎豊子さんの小説は大好き。その執着の権化のような作家だ。「白い巨塔」「二つの祖国」「沈まぬ太陽」「華麗なる一族」と徹底した取材で書いている。黒澤明監督の映画が時代を超えて愛されるのも同じ理由だろう。

そんなことで毎回、入れ込んでやるので生活が大変。過労で毎回倒れる。でも、だから、観客が感動してくれる作品ができるのだと思える。「沖縄戦」もそんな作品にしたい。



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編集は苦しい。でも、作品を見てくれる人たちの期待に応えるべく頑張る。 [映画業界物語]

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編集は苦しい。でも、作品を見てくれる人たちの期待に応えるべく頑張る。

このところ部屋に篭り編集。外出も近所の食堂とマーケットのみ。友人にも会わない。テレビも新聞も見ない。そんな生活をしていると、クリスマスであることや祝日であることも分からない。流石に師走であることは知っているが、このまま行けば大晦日、元旦も編集だ。

3月下旬に完全完成させねばならない。その上、2月末までに申告。さらに2月に「朝日のあたる家」上映会がある地域で開催され、上映後のトークショーに出ねばならない。どれも代わりにやってくれる人はいない。それらを考えると今年の内に少しでも編集を進めておきたい。

なのに数十時間に及ぶデータ変換を1からやり直し。さらに、編集ソフトもFINAL CUT Xにしたので使い方から覚えなければならない。こんなことなら「7」でやればよかったとも思うが、こう言う機会がなければ新しいものを把握することはできないだろう。

そういえば昨年の今頃は「明日にかける橋」完成披露試写会だった。その日に合わせるために、かなり苦しい編集作業をした。が、どうにか間に合い試写会。3000人も方々が詰めかけ、大盛況だった。

その9ヶ月後、つまり今年の9月に今度は地元の映画館で公開。再び大ヒット!9週間のロングランを達成した。そして来年1月には地元ららぽーと磐田で1日限りのアンコール上映も予定されている。本当に凄い!

毎回、編集は時間がかかり大変だが、そんな感じで半年後、1年後には凄い展開が待っていることが多い。その日を夢見て、映画を見てくれる人たちが感動してくれることを期待して作業を続ける。


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【Amazonプライム。ステックを購入! これでテレビで見られる=そこから感じたまさかの劇的な未来。時代が変わる?】 [映画業界物語]

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【Amazonプライム。ステックを購入! これでテレビで見られる=そこから感じたまさかの劇的な未来。時代が変わる?】

これまでAmazonプライムはパソコンで見ていた。が、やはり音がよくないし、画面も小さい。そこでファイヤースティックというのを買ってテレビに付けるーという話は以前にもう書いたが、今はそれで見ている。

要はWi-Fi電波をテレビで受けて映像を見るシステム。凄い。画質も音質もいいし、もの凄い数の映画やドラマを見たいときに見れる。TSUTAYAと違って返却なし。それもほとんどが無料(年間費は払うが)新しい作品は500円とか別途払うが、無料作品もどんどん増える。

前々から知ってはいたが、体験すると痛感する。もう、TSUTAYAは要らない、全国でどんどん潰れるのは当然。店員の態度が悪くなるのも分かる。でも、恐怖のどん底はTSUTAYAだけではない。テレビも危ないだろう。

今の日本テレビ。未だに局の都合で8時からバラエティ、9時からドラマ、10時からニュースと、その流れに視聴者が合わせる形。子供の頃は見たい番組があると、時間までに帰宅。テレビの前に座っていた。が、ビデオデッキの登場で、録画すればいつでも見れるようになった。

この話も以前書いたが、いちいち録画しなければならない。これもテレビ局の都合だ。なぜ、もっと努力して、見たいときに見たい番組を見れるようにしないのか? 韓国ではかなり前から番組の再放送をネットで当日に見られるようになっている。日本でも有料では見られるが、なぜ、スポンサーがつき、ペイしているのにさらに視聴者から金を取るのか?だから、そのシステムはまだまだ普及していない。

ネットの報道番組「オプエド」は放送されたあと、1日は無料で再放送が好きな時間に見られる。そして会員になれば、いつでも見ることができる。それもテレビでは伝えないリアルな情報がいっぱい。そう考えると、テレビというメディアがもう時代に着いて来ていないと言えそうだ。

魅力のない番組。フェイクニュースの報道。未だに1クール12話のドラマ放送。全てが時代遅れ。それがネットを使えばテレビでできないことがあれこれできる。Amazonプライムも同じ。今はドラマと映画。音楽。その他だが、テレビで放送中のドラマが放送されたところまで全部見れるとかなると、もう誰も放送時にオンタイムでは見なくなるだろう。

ニュース番組だって仕事から帰り、風呂に入って0時からAmazonで見ることができたら、テレビニュースの視聴率はさらに下がるだろう。そんふうにAmazonが独自の連ドラマやニュース番組を手がける。或は提携したら、テレビ局もTSUTAYA同然に存在意味がなくなる。これはたぶん、ホリエモンがかつて、フジテレビを買収してネットとテレビの融合を目指した形なのかもしれない。当時、フジの社長は

「ネットとテレビが1つになんてならないよ!」

とインタビューで憤慨していたが、それが現実になる1歩手前まで来ている。そして、DVDソフトもなくなっていくだろう。個人がソフトを所有しなくても、見たいときに見たい映画が見れる。よほどマニアックな作品のみがソフトで発売されるという形に進んで行くはずだ。

今、SoftBankがトヨタと目指している(もう、技術は完成している)レンタカーシステムは、同じ発想。車を個人が所有するのではなく、全て無人の自動運転の車。それを呼んで移動。つまり「ガンダム」のスペースコロニーの自動車と同じ。そのメリットは個人が駐車場を持たず済む。路上駐車がなくなる。そのために町の敷地を有効活用できる。孫正義凄い。

AmazonプライムもSoftBankも、それら展開は新しい技術の上に成り立つ。今、第4次技術革命と言われているが、これらの革新は人の生活スタイルそのものを変えてしまう。価値観も変わる。人の考え方も変わる。今までとは違う新しい時代になる。そうなると旧体制にどっぷりと漬かって、新しいものを受け入れにくい大人たちは、大変なことになるに違いない。

そんな時代を目前に控え、映画作家はどんな作品を作り、伝えて行くべきか? 考えねば成らなくなるだろう。



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【小沢一郎の選挙手法。大事なのは仲良しゴッコではなく、党が勝つこと。興味深い=映画の世界も同じ】 [映画業界物語]

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【小沢一郎の選挙手法。大事なのは仲良しゴッコではなく、党が勝つこと。興味深い=映画の世界も同じ】

沖縄の知事選。デニーさんが立候補。対する自民側の候補には官房長官、小泉進次郎と実力者たちが応援に駆けつけた。その上、与党はあれこれ裏でも画策しているはず。デニーは大敗か? と思いきや大勝利だった!

与党に頼りがちな他の地域と違い、沖縄の人たちの熱い思いが勝因と言える。が、もうひとつ。デニーさんは自由党。小沢一郎の党だ。「選挙の神様」と言われる人。二度に渡り自民党から政権を奪った政治家。彼の功績も大きいはずだ

ただ、世間での評判は悪い。多くの人が「嫌い」という。でも、誰に聞いても「彼が何をしたから嫌いになった」といえない。要はメージだけ。おかしい。その辺から自分なりに小沢研究を始めた。

現在のトランプもそうだが、あまりに批判を受ける人は何かある。本人の問題ではなく、別のところに背景があることが多い。そんな小沢一郎が先日、BS番組に出演。選挙について語っていた。

ずっと野党が負けているのは、選挙区に野党が何人も候補者を立てるから。そのために票が分散し、それなりの票しか取らない自民候補にも負けるという。さらに

「候補者は同じ党から同じ地区に2人立てる。必ずどちらかが勝てる。ただ、それをやると候補者に嫌がられる。どちらかが落選することがあるから。でも、党のことを考えるとそれが大事なんです」

候補者としては嫌だろう。そんな危険なことをするより、1人に絞った方が安全だと思うだろう。その地区は自分しか立候補しない。それで負けたら諦めもつく。けど、2人が立ち。片方が落ちる。

「あいつが立たなければ、俺が当選したのに...」

と思えるだろう。そうなると

「小沢さんがあんなことを言うから!」

と恨まれるという話のようだ。確かに候補者側は、そう考えるだろう。でも、選挙ということなら小沢の考え方が正しい。候補者個人の気持ちより、党として全国で何人勝てるか?ということが大切だ。政治は数。多くの議員を抱えている党が発言を持つ。もし、そこで党首が

「候補者に辛い思いをさせたくない...」

と、2人候補を止めて、各位地域1人ずつにする。各候補はやりがいがあり、落ちても「努力不足だった」と諦められるかもしれないが、党としては後悔どころではない。

数の力があるから、法案を通したり、悪法を反対したり、政治を動かすことができる。それが国民のためになる。小沢一郎の思いはそこにあるのだろう。だから、その戦略で落ちた候補が小沢を恨むというのは筋違い。自分が当選することしか頭にないと言える。

同じ党なら、同じ志を持つ者同志、誰かが犠牲になっても党としての志を果たすには多くが当選すること。そして政治を動かすこと。それが大事。それを実践しようとする小沢を恨むおはどうなのか?と考えていて、映画業界にも似たようなことがあるのを思い出す。

監督がキャスティングする。Aさん。これまで毎回出演してもらったが、次回作はカラーが違う。だからオファーしない。多くの役者はそれを理解する。寂しい思いもするが、意図を汲む。だが、それを逆恨みする役者もいる。

「見捨てられた...」「嫌われた...」「今までがんばってきたのに!」

と監督を恨む。そんな役者は出演することだけに囚われ、作品の完成度を考えていない。学生映画時代にもあった。以前も書いたが、集合時間に遅れる友達が1人。「先に現場に行き、撮影しよう」というと、

「**君が可哀想だ。待って上げよう!」

と言い出す奴が出て来る。そのために撮影スタートが1時間遅れる。日が沈むまでに取りきれないシーンが出る。別の日に撮影せねばならず、全員に迷惑をかける。これも1人の友達が可哀想という発想が、全体にとって大きなマイナスとなる。

この2つ。先の小沢一郎を恨んだ候補者と同じ。目先のことしか考えていない。いい映画を作ることより、自身が出演すること。学生映画を作るより、遅刻した友人が可哀想と考えること。いずれも全体を考えていない。

人はそんなふうに全体を見ることができず、自分のこと。身近な人のことを大切にしてしまう。それが全体としてマイナスになることが分からないことが多い。政治も映画も、いや、いろんな世界でそんな近視敵視野の人が、大局を妨げているように思える。

ただ、そのBSニュースを見ていて、もうひとつ感じたことがある。小沢一郎の考え方だ。実は、僕も似たことをする。仲のいい俳優だからとキャスティングしない。お世話になっているプロデュサーの頼みでも、作品にプラスにならないことはしない。(よくPは癒着しているプロダクションの俳優を無理やり入れようとする)

地方で映画を撮るときも、お世話になっているからと、地元の有力者の店でロケしない。物語に相応しければ使うが、そうでなければ無理に使わない。

もし、Pのゴリ押しを素直に聞けば、また仕事をまわしてくれる。その俳優とも今後も仲良くできる。地元の有力者も喜んでくれる。でも、そのことで映画のクオリティが落ちれば意味がない。観客が見ていて「何でこの俳優がこの役?」と感じる。「この店、この場面で使う?」そう思われたら作品にとってマイナス。だから断る。

するとPは二度と仕事をくれない。地元の有力者は「応援してやったのに、裏切られた」と言い回る人もいる。俳優は「信じていたのに...」と思う。皆、自分に正義があるようなことをいう。が、彼らは自身のプラスしか考えていない。作品のマイナスを想像していない。そんな人たちとは山ほど出会った。

小沢一郎に近づいて来た政治家たち。

最後は去って行くという話も聞く。自身の利益を求めて小沢に近づく、彼に従えば選挙で当選できる。そんな輩は落選すれば「ダマされた」「裏切られた」と自分たちが正しく、小沢が悪いというかもしれない。それを聞きかじり「だから、小沢一郎は嫌われる」という人もいるはずだ。でも、彼は目先のことに縛られないから、政権を2度も奪うことができた。

世界は違うが、映画を撮るというと、利益を求めて近づいて来る人たちがいる。先のようにPや地元の人が、あれこれ頼み事をしてくる。俳優たちが「出たい!」と言って来る。でも、作品にプラスにならない提案は断る。すると「偉そうに」「失望した!」「何様だ!」「応援してやったのに!」と嫌われる。いい触れ回る人もいる。だから、分かる気がする。

でも、選挙で大切なのは何か? 

党が議員を増やすことだ。みんなが仲良くすることではない。ー映画制作で大切なのは、みんなと仲良くすることではなく、素晴らしい作品を作ることだ。そう考えると、嫌われても突き進む小沢一郎という人。さらに興味を持ってしまう...。



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俳優業ーもの凄い責任と期待に、応えなければならない人生を賭ける仕事。 [映画業界物語]

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俳優ーというとかっこ良くて、

或いは美形の人たちがお芝居をする仕事。多額のギャラをもらい、皆にチヤホヤされる存在と羨む人が多いだろう。でも、現実は違う。恵まれているのは本当に一握りの人たちうであり、ほんとんどはアルバイトをしながら俳優業を続けている。

オーディションで合格すると、或いは出演依頼が来るとアルバイトを休み。撮影に参加する。1週間の撮影であっても時間をかけて役作りをせねばならない。台詞を完璧に覚えるのは当然。その役はどんな性格の人で、どんな経験をして、なぜ、そんな行動を取るのか?その背景や心理を徹底して考える。シナリオには書かれていない部分まで想像しないと、役を演じることはできない。

これが舞台なら何ヶ月も練習があり、

その間に演出家から指導を受けて役作りができる(とは言え、舞台も映画も俳優の責任がとてつもなく重いのは同じだ)。が、映画の場合は監督と会えるのが衣装合わせのみということが多い。そこで衣装を決めながら、短い時間、役について話をする。質問をする。説明を受ける。それだけで次は撮影なのだ。

もし、俳優が役の解釈を間違ったまま撮影に臨んだ場合。監督に「全然違う!」と言われる。その段で役柄を直すのは至難の技。まず不可能だ。だからこそ、真剣に役作りをし、撮影に臨む。そこで勘違いな役を演じたら、「あいつはシナリオが読めないんだよな。何であんな役になるんだよ!」と思われ二度と、依頼は来ない。

こんなケースもある。撮影直前に親が入院した。命に関わる病気だ。気が気で無い。でも、俳優は役作りをし、撮影に臨まなければならない。「親の死に目に会えない」といわれるのが俳優業。親が死んでも、その日の撮影や舞台は行われる。多くのスタッフ&キャストや観客が集まるので、自分の都合で欠席はできない。小さな役でも、その1人が現場に行かねば撮影も、舞台もできないからだ。

だから、親が危篤でも俳優は病院に駆けつけられない。

見た目は派手な仕事に見えるが俳優業というのは、過酷な仕事なのである。自分1人がいないだけで、皆が迷惑するだけでなく、多額の費用も飛んでしまう。映画撮影でも、舞台でも、個人で賠償できる額ではない。また、何よりも舞台ならお客さんを裏切ることになる。芝居を楽しみに時間を割いて来たのだから公演中止にはできない。撮影なら、共演者にも迷惑をかける。相手がいなければ芝居はできない。

だから、親が危篤であることを隠して現場に行く。しかし、そこで演技に集中できず、台詞を思い出せなかったり、気持ちの入らない芝居をしてしまったら大変なことになる。監督はからは厳しい注意を受ける。それでも集中できず芝居ができなければどうなるのか? 黒澤明監督なら「撮影中止!」そう怒鳴って現場から帰ってしまう。が、それならラッキー。別日に撮影ができる。が、ほとんどの映画撮影は延期なんてありえない。その日の撮影はその日に撮らないと巨額の赤字になるからだ。

芝居が駄目でも撮影はせねばならない。

だが、俳優が集中できない状態では監督が何をいっても駄目だ。特に役作りが中途半端で撮影に来ていたらもう終わり。駄目な演技を撮影するしかない。あとでスタッフが悩む。ラッシュを見る。やっぱり駄目だ。使いものにならない。「俳優***さんは駄目だ!」では済まない。映画自体のクオリティを落としてしまう。そうならないように監督はその俳優の力量を把握し、信頼して依頼するのだが、ときは親の病気、彼氏に振られたという理由で、芝居ができなくなる役者がいる。そのために映画自体がとんでもない危機に見舞われるのである。

撮り直しをするには多額の予算がかかるので駄目。他の俳優のスケジュールも全て調整せねばならない。実質的に無理なのだ。できるのは、その俳優のシーンをできる限りカットすること。物語が壊れない程度(それが難しい)に切る。小さな役ならそれが可能だが、それなりの役だと厳しい。が、1人だけ素人のような芝居をしている場面があると、映画全体を駄目にしてしまうのだ。

カットするということは、

その俳優と共演した、同じ場面に出ている俳優の演技もカットせねばならない。その日の撮影や照明の努力も無駄になる。その場面にしか出ていないエキストラの人もカットされる。もの凄く多くの人が犠牲になる。

さらに、その俳優を応援している人たちも悲しむ。「***ちゃんの出番を楽しみにしていたのに、ちょっとしか出て来ない。どうして?」家族が病気で演技に集中できなかったと知れば、同情するかもしれない。でも、他の俳優だって多くの人が応援している。がんばって演じた場面が、1人の共演者のためにカットされる。その俳優にとって一生で一度のチャンスだったかもしれない。償うことはできない。その人の人生を潰すことにもなる。絶対に許されないこと。多くの人に迷惑をかけ、映画自体を駄目にすることに気づかないようでは俳優失格。もう仕事を続けてはいけない。

親が危篤ということだけでなく、

撮影の日に高熱が出て動けないでも同じ。彼氏に振られたなんて理由にもならない。つまり、何があろうと撮影日には最高の状態で、役作りを完全にして臨まなければならないのだ。見た目にカッコよく、可愛く、皆にキャーキャーいわれて、気楽な商売だな?と思えるかもしれないが、俳優たちは多くの人の期待と、もの凄い責任を背負っている。裏切ることなく、それに応えねばならない。人生を賭けねばできない大変な職業。それが俳優業という仕事なのである。


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