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「51歳でデビューしたのは遅すぎない!ちょうどいい時期」と言った伊丹十三監督の言葉。今、重く受け止めてしまう? [映画業界物語]

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「51歳でデビューしたのは遅すぎない!ちょうどいい時期」と言った伊丹十三監督の言葉。今、重く受け止めてしまう?

本日のブログで2回も登場したので、あれこれ思い出す。伊丹監督、元々は俳優である。確か「コメットさん」(1代目)のお父さんとして僕らの世代は出会っていた。監督デビューしてからダウタウンの番組に出た時、浜ちゃんからこう言われていた。

「監督ほど関西人にとって親しみのある名前。ありませんで〜」

というのも伊丹(空港がある)と十三(じゅうそうーあの映画館、シアターセブンのある街)両方とも大阪の有名な地名だからだ。そんな伊丹監督は1984年の「お葬式」で監督デビューしている。そのとき彼は51歳。遅すぎるデビューだったが、本人曰く。

「俳優業をやり、雑誌編集、デザイナー、作家、エッセイスト、といろんなことをやって来た。その全ての経験が活かせるのが映画監督。遅すぎたというより、ようやくその時期が来たんだよ」
というようなことを言っていた。当時、僕は22歳。日本映画界はどんどん20代の若手監督がデビューしていて、めっちゃ焦っていた。ハリウッドではスピルバーグやルーカスも30代。コッポラでさえ40代。年寄り監督の映画はもう通用しない!くらいな感じだった。もちろん、日本では60代70代のベテランが頑張っていたが、時代錯誤甚だしい映画を撮り続けていた。

それらを見るたびに、やはり監督も若くなければならない!感性が枯れた老人の映画は詰まらない!と当時は思っていた。が、僕はプロになるチャンスも掴めず自主映画を続けていた。当時、日本映画で注目を浴びていたのは大森一樹(ヒポクラテスたち)石井聰互(狂い咲きサンダーロード)ら若手だった。ベテラン監督たちとは違う若い感性で

「これまでの日本映画とは違う!」

と若い映画ファンは支持した。彼らに続けと、多くの学生たちが8ミリカメラを手に自主映画を製作。そんな中からさらに若い監督たちがデビューして行く。だが、そこで伊丹監督の言葉が心に刺さった。

「いろんなことを経験してこそ、映画監督業ができる!」

実は近いことを感じていた。当時、僕が作った8ミリ映画。シナリオも自分で書いていたのだが、そのベースは高校時代の経験や思いを物語にしたもの。3本目を完成させた時、次はどうしようと思った。もし、幸運にもプロになれたとして、70歳まで監督できたとして、2年に1本撮れたとすると、35本だ。

「オリジナルのシナリオで監督したい!」

という思いがあったので、そうなると35本の物語を考えねばならない。高校時代3年間の経験で作ったのは3本。それをセルフリメイクしたとして、あと32本。「そんなに物語が作れるだろうか?」ということを考えた。通常、デビュー前にそんなことは考えないだろう。あと35本も撮れるとなると、若い映画監督志望者なら大喜びするところだ。

でも、自主映画でたった3本を作るだけで血を吐くような思い。5年で高校時代を消化してしまった。そのあとは何をベースに作ればいいのか? 同じことが漫才の世界であった。当時、大人気のB&B。10年修行して作ったネタを1年で使い切ってしまった。そのことを島田紳助が指摘。

「兄さんはもう何もないので、ただただ早口で喋っていただけ。聞いてて辛かった。でも、テレビの世界はすぐに使い切られてしまう」

その話も感じるもの多かった。監督生活に入ってしまうと、作り続けなければならない。いろんな経験ができない。もちろん、原作ものという手はある。が、オリジナルシナリオにこだわった。僕は「監督がしたい!」というより「物語が作りたい」という思いがあったからだ。

さらに思い出すのは当時の漫画家たち。「少年ジャンプ」や「少年マガジン」に連載する若手。大ヒットを飛ばしても1本で消えていく。対してベテランたちは何本ものヒット作を持ち、代表作が複数ある。ある編集者はいう。

「若手の多くは漫画少年で、漫画を読んで育ってきた。その知識で漫画を描く。若い感性だけで勝負している。だから、続かない」

それは映画監督志望の専門学校生にも言えた。映画はよく見ている。評論家のように詳しい。でも、自分の体験がない。映画以外のことを知らない。そんな時に伊丹監督の発言。51歳の監督デビュー。他にも色々あって、僕はアメリカ留学を決意する。

20代で監督デビューを目指すのではなく、遠回りすること。映画の知識しかない者が監督になっても、多くの作品を作ることはできない。そう感じた。同じ夢を追いかける友人で、こう言う奴がいた。

「経験がなくても、才能があればやっていけるはずだ!」

そうだろうか?当時から「才能」と言うものには懐疑的だった。そんなものは本当に存在するのか? 僕は経験が大切だと考え、アメリカへ行く。

その後、80年代にデビューした若手監督たちは1−2本撮って消えていった。あるいは30代になり、40代になり、無難な作品しか撮らなくなる。20代の頃のキラキラした感性を失い、普通の映画しか撮れなくなっていた。人はどう足掻いても歳を取る。若い感性だけで勝負していると、いつかそれは失われるということなのだ。これも漫画家と同じだった。「才能あれば」と言う友人も監督業を諦めカタギの仕事に就いていた。

僕は結局、6年留学して、帰国。それか5年かかって脚本家となり、さらに10年かかって映画監督デビューした。43歳になっていた。一時期は20代監督デビューに憧れたのに、倍の40代。それでも伊丹監督の51歳より早い。それから5本の映画を撮った。皆、評判がいい。「毎回、感動して泣ける...」と言ってもらえる。もし、20代で監督デビューしていたら、そんな作品が作れただろうか? 5本も作り続けることができたか?

伊丹十三監督の言葉を思い出し、自分の道を振り返る。自主映画時代。アメリカでの経験、帰国してからのアルバイト生活、人生で出会った様々な人たち。踏みつけられ屈辱だった体験。それが僕の映画を作っている。若くしてデビューすることに憧れていたが、時代が過ぎ去れば大したことではないと分かった。

「俺は20代で監督デビューした」

と言えば、その時は賞賛されるが、40代で撮れなければ

「最近は撮ってないのね〜」

と思われるだけ。大事なことは短期間でデビューすることではない。若くして夢を掴むことでもない。良質な作品をいかに長く作り続けるか?なのだ。監督業以外でも同じ。俳優業でも、作家でも、歌手でも、若くしてデビューして消えることではなく、長く続けること。それには何が必要か? そんなことも若い人たちに伝えたい。



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申告時期になると、いつも思い出す伊丹十三監督と「マルサの女」そして映画製作日記のこと? [映画業界物語]

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申告時期になると、いつも思い出す伊丹十三監督と「マルサの女」そして映画製作日記のこと?

申告準備ができたので税理士さんの事務所へ。Excelに打ち込んだリスト。領収書。そして貯金通帳を提出。確認をしてもらう。監督業は儲かる仕事ではないので、多額の税金を払うことはないが、それでも幾らかの税はかかってくる。

そして間違いがあると税務署から調査される。そうならないように税理士さんが事前に確認してくれる。それで問題がなければ、後の複雑な作業を引き継いでくれる。が、数字に弱い僕は二つほどミスをしており、記載忘れがあった。それを後日、修正して提出。

申告となるといつも思い出すのは伊丹十三監督のこと。彼の監督デビュー作「お葬式」は大ヒット。だが、その収益の多くを税金として持って行かれショックを受けた。

「何でそんなことになるの?」

と調べていき、国税庁査察部という存在を知った。そこから「マルサの女」が生まれるのである。先輩がスタッフの一人だったので、色々と当時のエピソードを聞かせてもらった。伊丹監督が書いた制作日記「マルサの女日記」も読んだ。映画企画時から撮影、編集。完成までを監督自身が綴った本。

そんなのそれまでなかった。監督の視点で映画製作を見つめ、記録するなんて凄い。伊丹監督は「マルサ」だけでなく「お葬式日記」「大病人日記」も書いている。それらは当時、監督志望だった僕にはとても勉強になった。そんなことがあるので、僕もデビュー作「ストロベリーフィールズ」から製作日記を書いている。

企画時から撮影、完成、公開、DVD発売。その後まで。監督作5本。全て記録。自身で書いた。もちろん「明日にかける橋」日記もある。出版はされていないが、ネットで今も全部読むことができる。僕が伊丹監督の日記から学んだように、若い映画監督志望の子たちの参考になれば!と思っている。

それも伊丹監督の日記があったからだ。そのことも申告時期になると思い出す。とりあず、その内の2つのアドレス。以下に記載。

●明日にかける橋」監督日記

https://cinematic-arts.blog.so-net.ne.jp

●「ドキュメンタリー沖縄戦」監督日記
これが最新作。春完成予定のドキュメンタリー映画。沖縄取材、沖縄戦勉強から、編集、この後は試写会、公開まで経過を詳しくレポートします。沖縄問題、戦争のことも綴ります。

https://okinawa2017.blog.so-net.ne.jp


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業界はフットワークが軽くないとダメ。でも、拘わってしまうのだ! [映画業界物語]

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業界はフットワークが軽くないとダメ。でも、拘わってしまうのだ!

映像業をしている人。特にディレクターと呼ばれる人。例えば沖縄戦の番組を作るとなると、こんな行動をする。まず、本屋に行き「沖縄戦」関係の本を探し、2−3冊購入。(今ならネットで検索して詳しいHPを見つける)それらの本を斜め読み、良さそうな1冊をベースに番組を構成する。あとは現地取材。そして沖縄戦に詳しい先生を見つけ監修。それで番組を作ってしまう。

僕が「青い青い空」と言う書道映画を作った時。書道ブームで何本もの書道ドラマが作られた。そんな1本。脚本家は書道のことをほとんど勉強せず、スポーツドラマの公式でシナリオを書いた。。本来なら書道の魅力を織り込んで物語を作るべき。だが、映画を見ても書道の知識をうまくすり、ストーリーが展開する抜けて展開していた。

ドラマとしては成立しているが、これでは書道を題材にする意味はない。先のテレビディレクターといい、その脚本家といい、やっつけ仕事だ。しかし、業界でやっていくにはそれが必要なのである。真剣に題材を勉強していたら最低1年はかかる。それに見合うだけの給料やギャラはもらえない。仕事は次々にやってくる。

だから、その手の本1冊で済ませる。題材をほとんど勉強せずにシナリオを書く。だが、沖縄戦なら記録映像。書道なら筆を持ち書を書く生徒が写っていれば、題材に詳しくない観客や視聴者はそれなりに納得してしまうことが多い。適当なものでも「へーそうなんだ」と思ってしまう。

書道の映画でいえば、その作品。企画スタートから撮影まで3ヶ月。多分、シナリオは1ヶ月。調べたり学んだりしている時間はない。執筆だけで1ヶ月は必要。でも、ドラマとして面白い必要はある。だから、スポーツドラマのパターンを持ち込み。書道関係者に話だけ聞いて、書道を勉強しなくても書ける物語を作ったのである。

「酷いなあ〜」

と思う人もいるだろうが、テレビ映画の世界はそんな仕事をする人が多い。ただ、今***がブームと呼ばれてから勉強したのでは遅い。素早く、適当に仕上げることが業界的は大事。ただ、中身はないし、ブームが去れば誰も見ない。思い出すこともない。

僕がライターをしていた頃。雑誌に記事を書いていた。脚本家デビューする前。その時、編集者に言われた。

「太田くんは拘りすぎる。ライターはフットワークが軽くないとダメ。W杯があればサッカー。恐竜映画が公開されれば恐竜。と、身軽に動けないと読者の興味はすぐに次に行く。1つに拘り時間をかけていると、時代が変わってしまうよ」

その通りなのだ。そんなことで僕はフットワークが軽くないことを自覚。映画監督になってからは本当に自分が興味を持ったことだけをすることにした。書道は3年以上勉強。原発も徹底して取材した。今回の沖縄戦も2年かけて勉強、取材。

それだけではダメと思えて太平洋戦争、日中戦争も勉強。過去だけでなく現代も知らないといけない!と思え、日米地位協定、基地問題、日米合同委員会、トランプ大統領についても勉強した。それらは今回の作品には持ち込めない。が、それを知っていて作るのと知らずに作るのでは、まるで違うものになるのだ。

ただ、そこまですると、かけた年月に相応しいギャラにはならない。もともと監督料は安い。時間をかけるほどに日給、時間給は下がって行く。皆、それが嫌で、ほどほどにして本1冊で、別のジャンルの方法論を持ち込んで対応してしまう。そして悲しいことに、多くの観客はその違いに気づかない。

とは言え、見る目のある人には伝わる。感動のクオリティが違う。そしてブームが去っても、数年して見ても、時間をかけて作ったものの感動は変わらない。

と言うと、物凄いこだわりで仕事をしているようだが、僕の場合。フットワークが軽くないと言うことがある。今日はサッカー。明日は恐竜。と言うことができない。こだわると、その題材に2年でも3年でも執着する。と言うか執念深い。

山崎豊子さんの小説は大好き。その執着の権化のような作家だ。「白い巨塔」「二つの祖国」「沈まぬ太陽」「華麗なる一族」と徹底した取材で書いている。黒澤明監督の映画が時代を超えて愛されるのも同じ理由だろう。

そんなことで毎回、入れ込んでやるので生活が大変。過労で毎回倒れる。でも、だから、観客が感動してくれる作品ができるのだと思える。「沖縄戦」もそんな作品にしたい。



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編集は苦しい。でも、作品を見てくれる人たちの期待に応えるべく頑張る。 [映画業界物語]

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編集は苦しい。でも、作品を見てくれる人たちの期待に応えるべく頑張る。

このところ部屋に篭り編集。外出も近所の食堂とマーケットのみ。友人にも会わない。テレビも新聞も見ない。そんな生活をしていると、クリスマスであることや祝日であることも分からない。流石に師走であることは知っているが、このまま行けば大晦日、元旦も編集だ。

3月下旬に完全完成させねばならない。その上、2月末までに申告。さらに2月に「朝日のあたる家」上映会がある地域で開催され、上映後のトークショーに出ねばならない。どれも代わりにやってくれる人はいない。それらを考えると今年の内に少しでも編集を進めておきたい。

なのに数十時間に及ぶデータ変換を1からやり直し。さらに、編集ソフトもFINAL CUT Xにしたので使い方から覚えなければならない。こんなことなら「7」でやればよかったとも思うが、こう言う機会がなければ新しいものを把握することはできないだろう。

そういえば昨年の今頃は「明日にかける橋」完成披露試写会だった。その日に合わせるために、かなり苦しい編集作業をした。が、どうにか間に合い試写会。3000人も方々が詰めかけ、大盛況だった。

その9ヶ月後、つまり今年の9月に今度は地元の映画館で公開。再び大ヒット!9週間のロングランを達成した。そして来年1月には地元ららぽーと磐田で1日限りのアンコール上映も予定されている。本当に凄い!

毎回、編集は時間がかかり大変だが、そんな感じで半年後、1年後には凄い展開が待っていることが多い。その日を夢見て、映画を見てくれる人たちが感動してくれることを期待して作業を続ける。


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【Amazonプライム。ステックを購入! これでテレビで見られる=そこから感じたまさかの劇的な未来。時代が変わる?】 [映画業界物語]

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【Amazonプライム。ステックを購入! これでテレビで見られる=そこから感じたまさかの劇的な未来。時代が変わる?】

これまでAmazonプライムはパソコンで見ていた。が、やはり音がよくないし、画面も小さい。そこでファイヤースティックというのを買ってテレビに付けるーという話は以前にもう書いたが、今はそれで見ている。

要はWi-Fi電波をテレビで受けて映像を見るシステム。凄い。画質も音質もいいし、もの凄い数の映画やドラマを見たいときに見れる。TSUTAYAと違って返却なし。それもほとんどが無料(年間費は払うが)新しい作品は500円とか別途払うが、無料作品もどんどん増える。

前々から知ってはいたが、体験すると痛感する。もう、TSUTAYAは要らない、全国でどんどん潰れるのは当然。店員の態度が悪くなるのも分かる。でも、恐怖のどん底はTSUTAYAだけではない。テレビも危ないだろう。

今の日本テレビ。未だに局の都合で8時からバラエティ、9時からドラマ、10時からニュースと、その流れに視聴者が合わせる形。子供の頃は見たい番組があると、時間までに帰宅。テレビの前に座っていた。が、ビデオデッキの登場で、録画すればいつでも見れるようになった。

この話も以前書いたが、いちいち録画しなければならない。これもテレビ局の都合だ。なぜ、もっと努力して、見たいときに見たい番組を見れるようにしないのか? 韓国ではかなり前から番組の再放送をネットで当日に見られるようになっている。日本でも有料では見られるが、なぜ、スポンサーがつき、ペイしているのにさらに視聴者から金を取るのか?だから、そのシステムはまだまだ普及していない。

ネットの報道番組「オプエド」は放送されたあと、1日は無料で再放送が好きな時間に見られる。そして会員になれば、いつでも見ることができる。それもテレビでは伝えないリアルな情報がいっぱい。そう考えると、テレビというメディアがもう時代に着いて来ていないと言えそうだ。

魅力のない番組。フェイクニュースの報道。未だに1クール12話のドラマ放送。全てが時代遅れ。それがネットを使えばテレビでできないことがあれこれできる。Amazonプライムも同じ。今はドラマと映画。音楽。その他だが、テレビで放送中のドラマが放送されたところまで全部見れるとかなると、もう誰も放送時にオンタイムでは見なくなるだろう。

ニュース番組だって仕事から帰り、風呂に入って0時からAmazonで見ることができたら、テレビニュースの視聴率はさらに下がるだろう。そんふうにAmazonが独自の連ドラマやニュース番組を手がける。或は提携したら、テレビ局もTSUTAYA同然に存在意味がなくなる。これはたぶん、ホリエモンがかつて、フジテレビを買収してネットとテレビの融合を目指した形なのかもしれない。当時、フジの社長は

「ネットとテレビが1つになんてならないよ!」

とインタビューで憤慨していたが、それが現実になる1歩手前まで来ている。そして、DVDソフトもなくなっていくだろう。個人がソフトを所有しなくても、見たいときに見たい映画が見れる。よほどマニアックな作品のみがソフトで発売されるという形に進んで行くはずだ。

今、SoftBankがトヨタと目指している(もう、技術は完成している)レンタカーシステムは、同じ発想。車を個人が所有するのではなく、全て無人の自動運転の車。それを呼んで移動。つまり「ガンダム」のスペースコロニーの自動車と同じ。そのメリットは個人が駐車場を持たず済む。路上駐車がなくなる。そのために町の敷地を有効活用できる。孫正義凄い。

AmazonプライムもSoftBankも、それら展開は新しい技術の上に成り立つ。今、第4次技術革命と言われているが、これらの革新は人の生活スタイルそのものを変えてしまう。価値観も変わる。人の考え方も変わる。今までとは違う新しい時代になる。そうなると旧体制にどっぷりと漬かって、新しいものを受け入れにくい大人たちは、大変なことになるに違いない。

そんな時代を目前に控え、映画作家はどんな作品を作り、伝えて行くべきか? 考えねば成らなくなるだろう。



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【小沢一郎の選挙手法。大事なのは仲良しゴッコではなく、党が勝つこと。興味深い=映画の世界も同じ】 [映画業界物語]

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【小沢一郎の選挙手法。大事なのは仲良しゴッコではなく、党が勝つこと。興味深い=映画の世界も同じ】

沖縄の知事選。デニーさんが立候補。対する自民側の候補には官房長官、小泉進次郎と実力者たちが応援に駆けつけた。その上、与党はあれこれ裏でも画策しているはず。デニーは大敗か? と思いきや大勝利だった!

与党に頼りがちな他の地域と違い、沖縄の人たちの熱い思いが勝因と言える。が、もうひとつ。デニーさんは自由党。小沢一郎の党だ。「選挙の神様」と言われる人。二度に渡り自民党から政権を奪った政治家。彼の功績も大きいはずだ

ただ、世間での評判は悪い。多くの人が「嫌い」という。でも、誰に聞いても「彼が何をしたから嫌いになった」といえない。要はメージだけ。おかしい。その辺から自分なりに小沢研究を始めた。

現在のトランプもそうだが、あまりに批判を受ける人は何かある。本人の問題ではなく、別のところに背景があることが多い。そんな小沢一郎が先日、BS番組に出演。選挙について語っていた。

ずっと野党が負けているのは、選挙区に野党が何人も候補者を立てるから。そのために票が分散し、それなりの票しか取らない自民候補にも負けるという。さらに

「候補者は同じ党から同じ地区に2人立てる。必ずどちらかが勝てる。ただ、それをやると候補者に嫌がられる。どちらかが落選することがあるから。でも、党のことを考えるとそれが大事なんです」

候補者としては嫌だろう。そんな危険なことをするより、1人に絞った方が安全だと思うだろう。その地区は自分しか立候補しない。それで負けたら諦めもつく。けど、2人が立ち。片方が落ちる。

「あいつが立たなければ、俺が当選したのに...」

と思えるだろう。そうなると

「小沢さんがあんなことを言うから!」

と恨まれるという話のようだ。確かに候補者側は、そう考えるだろう。でも、選挙ということなら小沢の考え方が正しい。候補者個人の気持ちより、党として全国で何人勝てるか?ということが大切だ。政治は数。多くの議員を抱えている党が発言を持つ。もし、そこで党首が

「候補者に辛い思いをさせたくない...」

と、2人候補を止めて、各位地域1人ずつにする。各候補はやりがいがあり、落ちても「努力不足だった」と諦められるかもしれないが、党としては後悔どころではない。

数の力があるから、法案を通したり、悪法を反対したり、政治を動かすことができる。それが国民のためになる。小沢一郎の思いはそこにあるのだろう。だから、その戦略で落ちた候補が小沢を恨むというのは筋違い。自分が当選することしか頭にないと言える。

同じ党なら、同じ志を持つ者同志、誰かが犠牲になっても党としての志を果たすには多くが当選すること。そして政治を動かすこと。それが大事。それを実践しようとする小沢を恨むおはどうなのか?と考えていて、映画業界にも似たようなことがあるのを思い出す。

監督がキャスティングする。Aさん。これまで毎回出演してもらったが、次回作はカラーが違う。だからオファーしない。多くの役者はそれを理解する。寂しい思いもするが、意図を汲む。だが、それを逆恨みする役者もいる。

「見捨てられた...」「嫌われた...」「今までがんばってきたのに!」

と監督を恨む。そんな役者は出演することだけに囚われ、作品の完成度を考えていない。学生映画時代にもあった。以前も書いたが、集合時間に遅れる友達が1人。「先に現場に行き、撮影しよう」というと、

「**君が可哀想だ。待って上げよう!」

と言い出す奴が出て来る。そのために撮影スタートが1時間遅れる。日が沈むまでに取りきれないシーンが出る。別の日に撮影せねばならず、全員に迷惑をかける。これも1人の友達が可哀想という発想が、全体にとって大きなマイナスとなる。

この2つ。先の小沢一郎を恨んだ候補者と同じ。目先のことしか考えていない。いい映画を作ることより、自身が出演すること。学生映画を作るより、遅刻した友人が可哀想と考えること。いずれも全体を考えていない。

人はそんなふうに全体を見ることができず、自分のこと。身近な人のことを大切にしてしまう。それが全体としてマイナスになることが分からないことが多い。政治も映画も、いや、いろんな世界でそんな近視敵視野の人が、大局を妨げているように思える。

ただ、そのBSニュースを見ていて、もうひとつ感じたことがある。小沢一郎の考え方だ。実は、僕も似たことをする。仲のいい俳優だからとキャスティングしない。お世話になっているプロデュサーの頼みでも、作品にプラスにならないことはしない。(よくPは癒着しているプロダクションの俳優を無理やり入れようとする)

地方で映画を撮るときも、お世話になっているからと、地元の有力者の店でロケしない。物語に相応しければ使うが、そうでなければ無理に使わない。

もし、Pのゴリ押しを素直に聞けば、また仕事をまわしてくれる。その俳優とも今後も仲良くできる。地元の有力者も喜んでくれる。でも、そのことで映画のクオリティが落ちれば意味がない。観客が見ていて「何でこの俳優がこの役?」と感じる。「この店、この場面で使う?」そう思われたら作品にとってマイナス。だから断る。

するとPは二度と仕事をくれない。地元の有力者は「応援してやったのに、裏切られた」と言い回る人もいる。俳優は「信じていたのに...」と思う。皆、自分に正義があるようなことをいう。が、彼らは自身のプラスしか考えていない。作品のマイナスを想像していない。そんな人たちとは山ほど出会った。

小沢一郎に近づいて来た政治家たち。

最後は去って行くという話も聞く。自身の利益を求めて小沢に近づく、彼に従えば選挙で当選できる。そんな輩は落選すれば「ダマされた」「裏切られた」と自分たちが正しく、小沢が悪いというかもしれない。それを聞きかじり「だから、小沢一郎は嫌われる」という人もいるはずだ。でも、彼は目先のことに縛られないから、政権を2度も奪うことができた。

世界は違うが、映画を撮るというと、利益を求めて近づいて来る人たちがいる。先のようにPや地元の人が、あれこれ頼み事をしてくる。俳優たちが「出たい!」と言って来る。でも、作品にプラスにならない提案は断る。すると「偉そうに」「失望した!」「何様だ!」「応援してやったのに!」と嫌われる。いい触れ回る人もいる。だから、分かる気がする。

でも、選挙で大切なのは何か? 

党が議員を増やすことだ。みんなが仲良くすることではない。ー映画制作で大切なのは、みんなと仲良くすることではなく、素晴らしい作品を作ることだ。そう考えると、嫌われても突き進む小沢一郎という人。さらに興味を持ってしまう...。



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俳優業ーもの凄い責任と期待に、応えなければならない人生を賭ける仕事。 [映画業界物語]

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俳優ーというとかっこ良くて、

或いは美形の人たちがお芝居をする仕事。多額のギャラをもらい、皆にチヤホヤされる存在と羨む人が多いだろう。でも、現実は違う。恵まれているのは本当に一握りの人たちうであり、ほんとんどはアルバイトをしながら俳優業を続けている。

オーディションで合格すると、或いは出演依頼が来るとアルバイトを休み。撮影に参加する。1週間の撮影であっても時間をかけて役作りをせねばならない。台詞を完璧に覚えるのは当然。その役はどんな性格の人で、どんな経験をして、なぜ、そんな行動を取るのか?その背景や心理を徹底して考える。シナリオには書かれていない部分まで想像しないと、役を演じることはできない。

これが舞台なら何ヶ月も練習があり、

その間に演出家から指導を受けて役作りができる(とは言え、舞台も映画も俳優の責任がとてつもなく重いのは同じだ)。が、映画の場合は監督と会えるのが衣装合わせのみということが多い。そこで衣装を決めながら、短い時間、役について話をする。質問をする。説明を受ける。それだけで次は撮影なのだ。

もし、俳優が役の解釈を間違ったまま撮影に臨んだ場合。監督に「全然違う!」と言われる。その段で役柄を直すのは至難の技。まず不可能だ。だからこそ、真剣に役作りをし、撮影に臨む。そこで勘違いな役を演じたら、「あいつはシナリオが読めないんだよな。何であんな役になるんだよ!」と思われ二度と、依頼は来ない。

こんなケースもある。撮影直前に親が入院した。命に関わる病気だ。気が気で無い。でも、俳優は役作りをし、撮影に臨まなければならない。「親の死に目に会えない」といわれるのが俳優業。親が死んでも、その日の撮影や舞台は行われる。多くのスタッフ&キャストや観客が集まるので、自分の都合で欠席はできない。小さな役でも、その1人が現場に行かねば撮影も、舞台もできないからだ。

だから、親が危篤でも俳優は病院に駆けつけられない。

見た目は派手な仕事に見えるが俳優業というのは、過酷な仕事なのである。自分1人がいないだけで、皆が迷惑するだけでなく、多額の費用も飛んでしまう。映画撮影でも、舞台でも、個人で賠償できる額ではない。また、何よりも舞台ならお客さんを裏切ることになる。芝居を楽しみに時間を割いて来たのだから公演中止にはできない。撮影なら、共演者にも迷惑をかける。相手がいなければ芝居はできない。

だから、親が危篤であることを隠して現場に行く。しかし、そこで演技に集中できず、台詞を思い出せなかったり、気持ちの入らない芝居をしてしまったら大変なことになる。監督はからは厳しい注意を受ける。それでも集中できず芝居ができなければどうなるのか? 黒澤明監督なら「撮影中止!」そう怒鳴って現場から帰ってしまう。が、それならラッキー。別日に撮影ができる。が、ほとんどの映画撮影は延期なんてありえない。その日の撮影はその日に撮らないと巨額の赤字になるからだ。

芝居が駄目でも撮影はせねばならない。

だが、俳優が集中できない状態では監督が何をいっても駄目だ。特に役作りが中途半端で撮影に来ていたらもう終わり。駄目な演技を撮影するしかない。あとでスタッフが悩む。ラッシュを見る。やっぱり駄目だ。使いものにならない。「俳優***さんは駄目だ!」では済まない。映画自体のクオリティを落としてしまう。そうならないように監督はその俳優の力量を把握し、信頼して依頼するのだが、ときは親の病気、彼氏に振られたという理由で、芝居ができなくなる役者がいる。そのために映画自体がとんでもない危機に見舞われるのである。

撮り直しをするには多額の予算がかかるので駄目。他の俳優のスケジュールも全て調整せねばならない。実質的に無理なのだ。できるのは、その俳優のシーンをできる限りカットすること。物語が壊れない程度(それが難しい)に切る。小さな役ならそれが可能だが、それなりの役だと厳しい。が、1人だけ素人のような芝居をしている場面があると、映画全体を駄目にしてしまうのだ。

カットするということは、

その俳優と共演した、同じ場面に出ている俳優の演技もカットせねばならない。その日の撮影や照明の努力も無駄になる。その場面にしか出ていないエキストラの人もカットされる。もの凄く多くの人が犠牲になる。

さらに、その俳優を応援している人たちも悲しむ。「***ちゃんの出番を楽しみにしていたのに、ちょっとしか出て来ない。どうして?」家族が病気で演技に集中できなかったと知れば、同情するかもしれない。でも、他の俳優だって多くの人が応援している。がんばって演じた場面が、1人の共演者のためにカットされる。その俳優にとって一生で一度のチャンスだったかもしれない。償うことはできない。その人の人生を潰すことにもなる。絶対に許されないこと。多くの人に迷惑をかけ、映画自体を駄目にすることに気づかないようでは俳優失格。もう仕事を続けてはいけない。

親が危篤ということだけでなく、

撮影の日に高熱が出て動けないでも同じ。彼氏に振られたなんて理由にもならない。つまり、何があろうと撮影日には最高の状態で、役作りを完全にして臨まなければならないのだ。見た目にカッコよく、可愛く、皆にキャーキャーいわれて、気楽な商売だな?と思えるかもしれないが、俳優たちは多くの人の期待と、もの凄い責任を背負っている。裏切ることなく、それに応えねばならない。人生を賭けねばできない大変な職業。それが俳優業という仕事なのである。


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俳優残酷物語③ー俳優業は人生を左右する素晴らしい仕事 [映画業界物語]

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俳優は出演依頼があればまず、シナリオを読み、自分の役を把握する。どんなキャラで演じようか? どんなふうに台詞を言おうか? あれこれ考える。そして台詞を覚える。どんなに長い台詞でも、覚えなければならない。ベテラン俳優になると、撮影現場にはシナリオを持って来ない人がいる。それでは現場で「あそこ何だっけ?」とシナリオ台詞を確認できない。

だが、それは「完全に覚えている!」という自負であり。自分を追い込んでいる人たちなのだ。黒澤組の俳優は皆そうだったと聞く。驚いたのは僕のデビュー作「ストロベリーフィールズ」の主人公4人も現場にシナリオを持って来ていなかった。恐るべし天才4人少女!と思ったものだ。

事実、彼女らは10年経った今も第1線で活躍している。本物は若い頃から違うことを痛感する。台詞を覚え、演技プランを考えるだけではなく、体調管理も大事。撮影の日に「風邪を引きました」なんて言えない。そのために多くの人に迷惑をかけるし、撮影できないと、何百万という製作費が無駄になる。

メンタルコントロールも大事。撮影直前に恋人と別れて、塞ぎ込んでいても撮影では全力を出さなければならない。会社員なら上司に「落ち込んでないで仕事しろ!」と叱られただけで済むかもしれないが、撮影ではそうはいかない。

親が危篤でも撮影があれば会いに行けないのが俳優。「その日は欠席させてください」なんて絶対に言えない。そのためにどれだけの人が迷惑するか? 大変なことになってしまうからだ。これが舞台なら、その日の何百人という観客はどうすればいいのか? 個人の事情で休んだり、落ち込んだりできないが俳優業である。

俳優というと奇麗で可愛い存在と思いがちだが、実は人生を賭け、魂を削り芝居をする仕事なのだ。いや、自分の人生だけでなく、人の人生も左右する仕事だ。例えば、親が病気で心配しながら地方ロケに参加した。だから、集中できない。いい芝居ができない。結果、耐えられない芝居と判断されカットとなる。

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本人は自業自得である。が、その場面で共演した他の俳優のシーンもカットされる。俳優ならまだいい。その種のことは覚悟している。が、エキストラの人はどうか? 僕の映画なら市民俳優の人たちも、その俳優のせいで一緒にカットされてしまう。もしかしたら、人生で一度限りの映画出演かもしれず。たぶん、そうであることが多い。よほどでないと映画に二度三度出演する一般の方は少ない。

なのに、その俳優のために、人生で1回きりの映画出演を奪うことになる。友達や家族に「俺、映画に出たんだよ。俳優の**さんのそばにいたから絶対に映っている!」楽しみに映画館に家族と行くと、その場面がカットなっていた。ということもある。

その俳優が親が病気で心配と、力を出せなかったせいで、その人が人生で一度きりの映画出演を台無しにしてしまったのだ。自分の人生だけではない、人の人生まで壊してしまう。おまけに、その人は「自分が素人で下手だからカットされたのかも?」と悩むかもしれない。でも、原因はプロの俳優であることは分からない。

そんなふうに俳優の責任というのは、もの凄く重い。恋人に振られた、親が病気だというのは個人にとっては大きなことだが、それで芝居ができなくなるのなら、役者を辞めるべきなのだ。その苦しみと痛みに耐えて芝居をするのがプロの俳優の仕事なのだから。自分が潰れるのは自由だが、一般の人の人生まで巻き添えにしてはいけない。

その意味で僕は俳優には厳しい。でも、それは同時に監督である僕にも言えることだ。親が危篤でも、恋人と別れようが、いや、自身の体がボロボロで過労死寸前でも、詰まらない映画を撮ったときの理由にはならない。何があろうが、最高の作品を作り上げるのが監督の仕事なのだ。


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俳優残酷物語①ー素晴らしい演技をしても撮影後にカットされることがある? [映画業界物語]

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一般の人は「撮影された場面は全て使われる!」と無意識に思っていることが多い。だが、実際は苦労して、時間をかけて撮影した場面でも、映画館で上映されるときはカットされることがある。

「それは演技が酷かったからでしょう?」と思うかもしれないが、そればかりではない。素晴らしい演技をしても映画本編に使われない幻のシーンとなることもあるのだ。映画はリズムは大切。トントントン。トトトトン!というように、理屈ではなく、リズムで見せて行く事も大事。だから、シナリオ上では重要なシーンでも、撮影をして繋いでみると、そこだけテンポが悪いと、その場面ごとカットすることもある。

他のシーンにも出ている俳優はいいが、その場面しか出ていない俳優もいる。その場合。撮影に参加したにも関わらず、映画には登場しない。という残酷な結果となる。その俳優の演技が下手でカットされたのなら、本人の責任でもあるが、何も罪はないのに出番が完全カット。映画には出ていないことになる。

リズムやテンポだけではない。映画の上映時間も関係する。2時間を超える映画は映画館が嫌がる。1日4回上映ができなくなるからだ。2時間を超えると1日3回上映となり、儲けが減る。当然、映画会社も儲けが減る。だから、編集時に2時間以内にするように会社は指示することがある。

2時間10分の映画なら「10分切れ!」と言われたりする。完成版が2時間10分だとすると、すでに無駄なシーンやテンポの悪いシーンはなかったりする。演技の酷い役者のシーンも、すでにカットしている。そこから10分を切るのは本当に厳しいのだが、そんな理由でバッサリといくつかの場面がカットされることこともある。

となると、それらシーンに出ている俳優も映画に出ていない事になる。真夏に暑い日に撮影したシーンでも、体調が悪い日に無理して参加していても、一世一代の素晴らしい芝居が出来た場面でも無惨にカットされる。

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そして、それら場面に参加しているエキストラ。太田組なら市民俳優の方々も一緒にカットされることになる。そのときは本当に辛い。「あーー、この場面で後ろにいる***さん。何度も差し入れくれたなあ〜。県外から参加してくれたのにカットしなきゃいけない....」ということがある。

もし、それが映画館の都合で、上映時間を短くしろというのなら戦うが、映画のテンポを失わず、完成度を高めるためのカットなら、涙を飲んで切らねばならない。その場面を残せば、映画のリズムが失われ、或はダラダラとして観客を退屈させることになるからだ。クオリティも落ちる。そんなときは涙を飲んでカットする。

俳優さんはカットされることがあることを承知している。かなりショックを受けるが、理解してくれる。が、一般の方は撮影に参加すれば自分は絶対に映っていると思い映画館へ行く。でも、映っていない。それを考えると、本当に辛いが、それもまた映画作り。

主役だろうが、大物俳優だろうが、それは同じ。バッサリとカットされることがあるのも映画。でも、それはより良き作品を作るために大事。分かっていても毎回、胸を痛める。

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ロケ地を好きなるーそこから素晴らしい映画が誕生する。 [映画業界物語]

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【ロケ地を好きなるーそこから素晴らしい映画が誕生する】

東京や大阪のような都会を舞台に映画撮影をしたことはない。大学時代をアメリカで過ごしたときに、日本の地方がいかに美しいか?世界的に見ても貴重だと痛感。そんなことがあり、もっぱら地方を舞台にして映画を撮っている。

が、単に地方を舞台にすればいいというものではない。まず、その町を知ることからスタートする。ロケハンということではない。撮影をしない場所であっても、その町のいろんなところに行ってみる。とにかく歩く。今日は西に向かってひたすらまっすぐ歩く。翌日は東。そして、地元の食堂や喫茶店に入る。地元名物だけでなく、地元の人々が日頃どんなものを食べているか?同じものを食べみる。

もちろん観光地も行くが、観光客が行かない住宅街や工場地帯。裏道。商店街。川、海、池。とにかく歩いてまわる。そうすると、素敵な場所と出会う。それは古い廃墟かもしれない。地味な路地かもしれない。でも、観光地にはない、美しい佇まいを見つけることができる。

次に歴史。町のヒストリーを勉強する。社会科の授業ではない。その町に以前あった映画館はどこにあり、どんな映画を上映していたか? ホールはどこにあり、どんな歌手がコンサートをしたか?も調べてみる。スーパーマーケットは? 大手の百貨店は? バブルで作られたもの。なくなったもの。現代だけでなく、過去も知ることで町の輪郭が見えて来る。

そして地元の人と話す。どんな生活をし、どんな言葉で話し、どんなものを食べ、どこで酒を飲むか? 若い人は学校を出るとどこに行くのか? 戦争中はどうだったのか? いろんなことを聞いていると、さらに町が身近に感じるようになる。

いろんなことを知ると、その町が好きなる。そこが大事なところ。好きでない町で映画を作っても、素敵な作品にはならない。俳優と同じ。その俳優がいかに有名であっても、好きになれないと、映画の中でその俳優は輝かない。同じように、舞台となる町も好きになることが輝く。だから、まず、知ること。そして好きになることがとても大事。どこで撮影するか?はそのあとで構わない。

通常の企業映画ではここまでしない。ロケする町はたいてい有名な観光地。そこに製作部が行き、シナリオに書かれた場所に近い撮影に相応しい場所を探す。メインロケハンで監督が同行。その場所を確認。OKを出す。監督がその町を次に訪れるのは、撮影時。たった2回しか行かない。ロケ場所以外は行かない。当然、町のことを知る機会はない。地元の人の交流もほとんどない。

それが通常の映画。だから、映画の中に美しい風景のシーン出て来ても、それは美しいだけであり「愛」はない。観光地で売られている絵はがきのようなもの。心に残らない。本当にその町が好きで、愛がある人がその町を撮れば、美しいだけでなく心に残る風景になる。でも、企業映画はそんな努力はしない。有名観光地の人気を利用して、見た目に綺麗な風景をちりばめただけで映画しか撮らない。町を好きになる努力や時間。費用を出すことはない。

でも、それでは町の魅力を映し出すことはできない。だから、僕はまず個人で町を訪れる。何度も何度も行く。そして先に書いたように、毎日歩き回り、町を知り、地元の人と交流し、地元のものを食べ、観光地以外やロケしない場所に行ってみる。そして町を知り、好きなった上で撮影に臨む。

その町の魅力をスタッフや俳優に話す。写真を見せ、映像を見せ、地元の食材を食べてもらう。そうやってスタッフ・キャストにも町を好きになってもらう。時間と予算が許す限り、メインスタッフを事前に地元に連れ行き、一緒に町を歩いてもらう。美味しいものを食べてもらう。高価なものではない、地元ならではの食事。町の人と話をしてもらう。酒を酌み交わしてもらう。そうすると、スタッフもその町が好きになる。

好きな町で撮影すると、「よーし、この町の魅力が溢れる作品にするぞー」と皆、がんばってくれる。いつしか、スタッフの中で、その町は故郷になっている。不思議なことにその町を好きなると、撮影時に町が微笑んでくれる。晴れのシーンでは晴れ。雨のシーンでは雨が降る。美しい夕陽を見せてくれる。青空を広げてくれる。いろんな面で映画を応援してくれるのだ。

そして、好きなった町で撮影した映画を観た人もまた、その町を好きになる。「素敵な町だなあ〜。一度、行ってみたい!」と思ってくれる。風景が心に残るだけでなく、町の魅力が溢れる作品になる。映画としてもクオリティが高くなる。なのに、企業映画はこれをやらない。メジャー映画の方が予算があり、規模も大きいのに、撮影以前の努力をしない。

だから、僕は企業映画はなるべく受けない。時間をかけて町を好きなることができないで、素敵な映画はできないからだ。もちろん、企業からドカンと制作費のでない低予算映画は大変。無駄使いせず、高速バスで地元を訪ね、ビジネスホテルに泊まり、食事代もなるべくかけない。町を何日も何週間も、何ヶ月もかけて勉強してもギャラは出ない。その上に他の仕事もできないので、生活は厳しくなる。映画が終わって残るのは借金だけ!ということも多い。でも、大事なのは町の魅力が溢れる素敵な映画を作ることだ。それが監督の仕事であり、僕のやり方なんだ。



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