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「ムラ社会ルール」に縛られる日本人=崩壊までに気づくだろうか? [ムラ社会ルール]

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「ムラ社会ルール」に縛られる日本人=崩壊までに気づくだろうか?

ここ数ヶ月の収穫は「ムラ社会ルール」を把握したことだ。この歳まで本当に気づかなかった。誰も教えてくれなかった。まあでも、多くの人が

「私はムラ社会ルールを遵守しています!」

とは思っていない。知らない内に縛られているのだ。子供の頃から親の行動や発言の影響を受け、近所の人たちの対応を見て

「あーこんなことしちゃいけないんだ...」

「こうすれば揉めないんだ...」

と感じ、学んで行くのだろう。元々は江戸時代あたりからの、狭い村で穏便に生きていくための知恵だったのだろう。それが無意識のルールとなり、今もしっかりと生きている。特に地方社会ではそのルールが現代もしっかりと根付いている。

僕よりずっと若い友人。田舎町で頑張っている。故郷のために努力している。そんな彼なのにトラブルがあると沈黙。「俺が何とかする」というのだが、何ヶ月経っても報告がない。なぜ、説明責任を果たさないのか? 問題解決をしないのか?と苛立つ。

問題の主と裏取引しているのか? その相手は村の黒幕なのか?と思っていたが、これもムラ社会ルール。トラブルは見て見ぬ振り。彼の場合は「自分が何とかする」と関係者にいい、何もせず、皆が忘れるのを待つという手法を使うのだ。僕よりずっと若く、故郷愛もある彼が何で?と思ったが、ムラ社会ルールを実践していたのだ。

ただ、彼の村ではそれも通用するだろう。

政府も原発問題を同じ方法で忘れさせる努力をしている。が、映画制作では通用しない。問題が起こっているのに、知らないふりをしていたら大変なことになる。僕の場合でも、以前は監督業より、そちらに多くの時間と労力を必要としたほどだ。最近はあれこれ考えて、トラブルはほとんどなくなったが、他の組ではどうなのだろう?

会社はどうか? やはり「ムラ社会ルール」が機能する。製作会社でも可能だ。ロクに仕事もせずに肩書きを利用して利益を得るプロデュサーは多い。それを同僚は知っていても何もしない。気づかない振りをする。問題が起きているのに誰も指摘しない。そんな会社で何度も仕事をした。

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部外者の僕が気づいているのに、社員連中が知らない訳がない。意見しても「まあまあ」と言われてしまい、不正や癒着、誤魔化しが続く。そのことで作品のクオリティが落ち、スタッフがやる気をなくす。でも、誰も問題解決をしようとしない。バブル時はそれでも良かったが、不況になりその製作会社は潰れた。

社長は借金を抱え、行方不明になった。小さな会社なので、数年で結果が出たが、大企業や役所だとすぐに倒産、崩壊ということはない。大いなる無駄、癒着、誤魔化しをしながらも継続していく。だが、それも近い内に崩壊しそうな気もしている。

少し事情は違うがアメリカ合衆国も同じだ。

10年に1度戦争をすることで大儲けしてきた。が、ベトナム戦争以降、金持ちは豊かになるが、貧しい国民がどんどん増えた。一時は属国である日本にさえ経済的に脅かされた。(その日本に莫大な国債を買わせて凌いで来たのだけど)金持ちと政治家が組んで、やり放題をしてきたせいで、国が腐っている。

でも、そこが「ムラ社会ルール」の国ではない。負の連鎖を断ち切ろうとする勢力が台頭。「世界の警察」という名の元に侵略を繰り返した方針を転換し、アメリカ・ファーストを打ち出している。「他の国はどうでもいい!」ということ。逆にいうと「他の国をかまっている内に自国が崩壊寸前。それを立て直す」ということだ。

今の日本は少し前のアメリカに似ている。

自国で様々な問題を抱えているのに、首相が海外で金をばらまいている。金持ち優遇で、貧乏人がどんどん増える。そんな政権を支持するのは有権者の20%少々。その人たちが投票するから継続してしまう。後の70%と言わない、40%がある野党に投票すれば簡単に現政権を倒すことができる。

それをせずにいるのは「ムラ社会ルール」に縛られているからだ。政治家たちがどれだけ悪行を続けても見て見ぬ振り、知らん顔。解決しようとしない。先の製作会社の社員と同じ。この先にあるのは日本国の崩壊。それに気づき声を上げる人たちもいる。が、多くが今も目を閉じて、プロパガンダのテレビ番組を見て

「日本は今も経済大国。世界に愛される国なのね〜」

と思い込んでいる。あるいは思い込もうとしている。「ムラ社会ルール」からの脱却が今の日本の最大のテーマではないか?と思えている。また、あれこれ考えて書かせてもらう。


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ムラ社会ルールで、問題に気づかない振りをするのではなく、原因を究明し解決することの大事さ。考えてみる。 [ムラ社会ルール]

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ムラ社会ルールで、問題に気づかない振りをするのではなく、原因を究明し解決することの大事さ。考えてみる。

同じ地方に長い年月住んでいたことがないので、この歳まで実感がなかったが、地方には「ムラ社会ルール」が存在すること。記事にした。その後、あれこれ考えて原発問題もムラ社会ルールでなかったことにしようとしていることに気づいた。地方だけではない、政府も企業も同じルール。つまり、日本人全体がムラ社会ルールに縛れているのだ。

その原因は以前に書いた。狭き地域社会で揉め事を起こすと、その人と何十年も顔突き合わせて行かねばならない。だから、トラブルがあっても知らないふりをする。関わらない。さらに責任者を被害者が追求したら被害者を叩き、泣き寝入りを強要する。その被害者さえ黙っていればトラブルにはならないからだ。それがムラ社会ルール。

そのルールは役所や大企業でも通用する。ことなかれ主義にも近い。市民や消費者にプラスになることをするより、何もしないことが一番大事。トラブルが起これば同じ対応。見ない振りして、なかったことにしてしまう。だから、腐敗して行く。汚職がはびこる。

映画の世界で生きる僕にとっては、見て見ぬ振りをすることはできない。正義感が強いてなことでもない。トラブルを解決しないとプロジェクトを前に進めることができないからだ。役所や企業ならプロジェクトが潰れても大きな問題ではない。それどころか新しいこと、面倒なことを潰して回る役所も多い。

だが、映画製作は1本1本が勝負。時間も、お金も、労力もかけて準備する。それが潰れれば多くの人が傷つき、落胆する。全てが無駄になる。だから、トラブルが起これば見て見ぬふりをするのではなく、原因を究明して解決せねばならない。そのためには人集めの段階からトラブルを起こしそうな人材を見抜きブロックすることも大切だ。

とは言え、監督デビューした初期の頃はそんな輩が必ず入り込んで来て、製作費を抜いたり、作品を歪めたりした。ノミ、シラミのような連中が映画界には多い。また、協調性がない。批判ばかりしている。主導権を奪いたがるという困ったちゃんもいた。

しかし、作品を作るごとに素晴らしいスタッフと出会い、問題ある者はブロック! 二度とチームにはいれない。あと、様々な対策をして今では邪魔をするだけの者はおらず、素晴らしい作品を作ろう!という思いのある素敵なメンバーばかりだ。

ただ、以前はトラブルの連続。何度も崩壊の危機があった。実際、そんなことで映画のレベルが低くなってしまった友人が何人もいる。トラブルを起こす人間がいると、その人自体ではなく、巻き込まれ、利用され、トラブルに加担する者も出てくる。

隠れて危険なことをする輩。トラブルの原因が見えなこともある。その原因を探り、誰に問題があるか? なぜ、問題が起きたか? その動機は何か?を考えることが大事。単にみんな仲良く仕事するだけではダメだ。トラブルに気づかない振りをするのは一番ダメ。問題を解決し、皆が作品作りに専念できる環境作りは絶対だ。

以前は映画を作る以上に、そちらに時間と労力を取られることが多かった。本来はPの仕事だが、そのP自身がトラブルの張本人ということも多かった。「ムラ社会ルール」で対応するのではなく、問題を解決するとはどういうことか?を考えるには過去の映画製作を思い返すことも有効ではないか?と思えている。


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原発事故を取り巻く状態も、ムラ社会ルールそのもの!=日本人はトラブルを見て見ぬ振りをし、そして無かったことにする。 [ムラ社会ルール]

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原発事故を取り巻く状態も、ムラ社会ルールそのもの!=日本人はトラブルを見て見ぬ振りをし、そして無かったことにする。

映画製作ではよくトラブルが起こる。これを「ムラ社会ルール」(以前に何度も記事にしたあれー島国根性とも言えるもの)で対応すると、大変なことになり、多くの関係者が困り、傷つき、落胆する。そして製作中止なることが多い。

ただ、これが役所や企業だと、それでも成り立ったしまうことがある(一つのプロジェクトが潰れても大きな問題にはならない)が、僕が参加するような独立プロ系の、あるいは実行委員会方式だと、「中止」は全てを失うことであり、関係者の努力が全て無になってしまう。

基本、地元の方々は「町の魅力をアピールしたい!」という熱い思いで参加するが、中には「金儲けで利用できそうだ」「有名俳優と仲良くなれる」という別の目的で近づいてくる人たちもいる。魂胆を隠して「何か協力したくて」とか「共感しました!」とか言って入り込もうとする。

その種の人が参加すると必ず揉める。つまり「素晴らしい映画を作ろう。町の魅力が詰まった作品にしよう!」という目標なのに、その人たちは「金儲けに繋げよう」「有名女優に近づこう」が目的なので、他は二の次、三の次になる。時には嘘をついたり、筋の通らぬことを無理やり進め自分の利益に繋げる。

それがトラブルの始まり。だが、その種の人々はなかなか尻尾を出さない。隠れていけないことをしたり、裏で根回しして真面目なメンバーを引き込んだり、脅したり、透かしたり、自分の目的が達成できる方向に持って行こうとする。「素敵な映画を作ること」「町の魅力を伝えること」なんて考えていない。

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そんなことをしていると必ず、歪みが起き、トラブルとなる。が、地方では先の「ムラ社会ルール」が発動され(?)真面目に頑張っている地元の人たちが黙ってしまう、トラブルを見て見ぬ振りをする。犯人が誰だか分かっていないも触れない指摘しない。

「同じ町でこの先何十年も生活するので、注意して揉めたくない」

そんな思いがあるからだ。そのことは「町の魅力を発信しよう」という思いを超えることが多く、トラブルを解決できない。映画製作が崩壊する可能性があっても黙り込む人たちもいる。非常に日本人的な対応をする。

多分、同じことは地方社会だけでなく、役所や企業の中でも起こっているだろう。地元や自治体、会社のために大きなプラスになることでも、一部の人間がトラブルを起こすと止めようとせず、黙り込み、皆で無かったことにする。そのいい例が原発事故だ。未だに収束できず。放射能を出し続けているのに、それをしっかりと伝えないマスコミや政府。被害はなかったかのように振る舞う。

「平成の出来事」という番組でも事故に触れず、原発事故はなかったかのように思わせようとする組織と人々もいる。事故は現在進行形なのにこう思う人たちが増える。

「結局、大した被害はなかったよね」「無事に収束してよかったね」「原発事故はもう過去のことだしさ」「福島の人はみんな故郷に帰れたし」

まさに「ムラ社会ルール」の見本である。地方映画でも同じように進行形のトラブルを見て見ない振りをする人たちが出る。タイタニック号のようにこのままでは沈むというのに、多くが知らない振りをしていることがある。それでも近作でいうと「明日にかける橋」の時の地元メンバーは本当に頑張った。いろんなことがあったはずだが、様々なトラブルを超えて完成させた。

が、それは特殊な例かもしれず、多くはトラブルを解決しようとせず、プロジェクトが崩壊。地元の有志の努力が無駄になる。にも関わらず、トラブルの主はこういう。

「残念だったなあ。僕も応援したんだけどね〜」

なのに誰も責める事はせず、問題に触れることもしない。原発事故と同じ構図だ。「ムラ社会ルール」は地方だけでなく、企業や国にも蔓延しているのである。まだまだ書かねばならないことあるが、長くなったので今回はここまで。別の形で続きを書かせてもらう。

ムラ社会ルール記事=>https://okinawa2017.blog.so-net.ne.jp/2019-03-08-2


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